この碑は新川1ー12越前堀児童公園にあります。今から400年前、江戸の城下町が開拓される
頃は一面の沼地でした。寛永元年(1624)に雄誉霊巌上人が「霊巌寺」を創建して土地開発の第
1歩を踏み出しました。
同11年(1635)には、寺地の南方に越前福井の藩主松平忠昌が広大な浜屋敷を拝領。屋敷の
北、西、南三面に舟入堀が掘られ、後に越前堀と呼ばれます。明暦3年(1657)の江戸の大火で
霊巌寺は全焼して、深川平河町に移転し、跡地は公儀用地となって、市内の町々が替え地として集団
的に移り、賑やかな街になりました。