ヒマヒマノキ ~歩いて、見て、楽しんで~

庭園・街の花、まつり・名所。いろいろな出会いを,その時々の想いを交えて、皆様にお届けします。

日本の城 7 ~石神井城址~

2014-10-26 | 公園・庭園・名所
石神井城址は、東京都の西武線石神井駅の南側にある三宝寺池に面したところに
あります。

          
     
          

案内板によると、平安時代末期から室町時代中期にかけて、現在の練馬区から
台東区にかけての地域一帯を領地としていた豊島氏の居城の一つとのこと。

                    

城は小高い丘陵地につくられ、周囲は土塁と壕(空堀)がめぐらされていた
ようです。残念ながらその状況をよくみることはできません。

          

                   
         
城は、上杉氏と対立した豊島氏(泰経)が上杉氏の重臣太田道灌に攻められ、
室町時代中期(戦国時代初期)の1477年(文明9年)に落城しています。

太田道灌は、皆さんがご存知のとおり「七重八重花は咲けども山吹の実の一つ
だに無きぞかなしき」の伝説で有名な武将。
その伝説は、埼玉県越生町の「山吹の里歴史公園」にも紹介されています。

道灌は、1457年(長禄元年)に江戸城の築城を行った他、埼玉の川越城の
築城もてがけています。

また、道灌が江戸城築城の際、長禄2年に城内鎮護のため祈願所(現在の皇居の
平川門のあたり。本住院)を設けましたが、それが後に移転し、現在の墨田区の
法恩寺となっているようです。

                 

法恩寺に、太田道灌の伝説を記念した碑が建てられていました。
ところで、この伝説については議論があるようですが、それにしても「歌道」
とまではいかなくとも、短歌(和歌)や俳句について少しは知っておく必要が
あるようです。学びの道は遠いです

                 
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埼玉の秋祭り ~川越まつり その6~

2014-10-22 | まつり・イベント
通りを行く山車。

          

この山車が辻などで出会うと、お互いの「囃子台」を向き合わせ、「曳っかわせ」が始まります。
川越まつりの最大の見せ場が、この「曳っかわせ」。
それぞれの山車が伝統の「技」と「芸」を、演じ、競い、興じます。

          

辻辻で次々と「曳っかわせ」が繰り広げられます。お互いの
舞、囃子が激しくなります。そして「曳き手衆」が掲げる提灯が乱舞します。

          

          
           
          

ここでも、同じように「曳っかわせ」が。

          

          

またここでも。もうまつりは最高潮です。

          

          

まつりの興奮は、やがて次第に元に帰っていきます。
日常の生活から、心浮き立つ世界へと導いてくれるまつり。様々に生きる私たちを、
一瞬一瞬に元気づけ、後押ししてくれているような気がしています。(完)

          

          
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埼玉の秋祭り ~川越まつり その5~

2014-10-22 | まつり・イベント
山車の台座の上にあるのが「囃子台」。囃子は「大太鼓1」「締め太鼓2」
「笛1」「鉦1」で構成されます。つまり5人囃子です(「川越専科」秋だより)。

ここに「舞い手」が登場し、正面で舞います。

羅陵王の山車
          

家光の山車
          

小狐丸の山車
          

舞い手は様々。囃子も様々。流派によって違っています。
          

          

          

          

          

そして、この舞、囃子が大いに盛り上がるのが、まつり二日目、
夕暮れからの「曳っかわせ」です。(続)

          

          




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埼玉の秋祭り ~川越まつり その4~

2014-10-21 | まつり・イベント
ソーレ、ソーレの掛け声で、通りを曳き交う山車。

          

          

その山車の曳き方には、伝統的なやりかたがあるようです。
駅前で配られていたフリーペーパー「『川越専科』秋だより」によると
次のようです。

まず先頭を切るのが「先触れ役」。次いで金棒を持った「露払い役」。
その後に町名が書かれた高張り提灯が続きます。

           

                             

そして次を行くのは、あでやかな着物で着飾った女性や子どもたち、「手古舞衆」。

          

          

山車は曳き綱で、曳き方衆に曳かれ、辻を曲がるときなどは鳶と呼ばれる
職方が台車を回します。

          
          
川越の夜は どんどんと熱気にあふれていきます。(続)
          
          

          

                    
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埼玉の秋祭り ~川越まつり その3~

2014-10-21 | まつり・イベント
川越まつりの各町の山車は29台ですが、山車を持たない町は通りに
設けられた仮設舞台で、舞や囃子でまつりを盛り上げます。
(植木行宣:「旅ゼミナール 山鉾」。ジパング倶楽部より)

これが「会所」と呼ばれているようです。囃子や舞も様々です。

            

この会所の舞い手を見ているだけでも心が浮き立ちます。        

           

           

           

           
    
           

会所の前では、山車が台車の上の「舞台」をくるっと回して
あいさつします。

           
           
「鳶」の組合前でも山車があいさつしていました。
      
                   

そうした通りを、山車が曳かれていきます。

                     
         
さて山車はどんな風に曳かれてるか、その模様はー。(続)

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埼玉の秋祭り ~川越まつり その2~

2014-10-20 | まつり・イベント
川越の旧城下町の通りをいろいろな山車が巡行します。

                    

その山車の最上段に乗っているのが、それぞれの山車の主題になっている
御神像(人形)です。

                   

山車は江戸期に始まって、明治・大正につくられたもののようですが、
江戸期から何代にもわたる名工の手になるものとか。

この見事な人形が川越の特色の一つでしょう。明かりに照らしだされた
人形をごらんください。

子狐丸(稲荷明神の化身である霊狐)
          


          

鈿女(天鈿女命)
          

頼光(源頼光)
          


仙波二郎(鎌倉時代の武将・仙波二郎安家)
          

鈿女(天鈿女命)
              

牛若丸       
          

川越まつりは、まだまだこれからです。(続)

          
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埼玉の秋祭り ~川越まつり~

2014-10-20 | まつり・イベント
今年も絢爛、豪華におこなわれていました。そうです川越まつりです。
何と言っても、まつりの中心は、山車(だし)の巡行。

         

蔵の街の通りは明かりに照らしだされ、祭りを楽しもうという
人・人・人の並み。

                  
     
普段賑わいをみせる、蔵の街のシンボルの時の鐘も、

                  

りそな銀行の建物も、それぞれライトに浮かび上がり、今日ばかりは
脇役に徹している感じです。

         

山車がやってきます。蔵の街の旧城下町を曳かれる山車は29台あるのだそう
ですが、うち8台は今年はお休みなんだそうです(パンフレット「川越専科
秋だより」)。

             

でも、お囃子の笛が流れ、鉦が響き、太鼓が鳴れば、台数などのうんちくは
消えさり、もう体が浮いてきます。

         

         

         

そーれ! そーれ! どうしてこうも祭りは私たちを興奮させるのでしょうか。
通り沿いの熊野神社の八咫烏も浮かれているようです。(続)

         

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埼玉の秋祭り ~所沢まつり その2~

2014-10-15 | まつり・イベント
所沢の駅前は、以前は人通りも多かったように思いますが、
最近ちょっと少なくなったような気がしていました。

ところがです。祭りのため車両が通行止めになった通りに、
何と人が溢れかえっているではありませんか。一体どこから人が
押し寄せてきているのか。

びっくりしてシャッターを押したせいで、ちょっとぼけて
しまいました。(ホントはカメラのせいでなく、腕に問題が
あったのですがー

         

やっぱり街の活力はにぎわいです。加えて子どもたちが元気なことも
大切です。

                

屋台は、派手ではありませんが、踊り手のおもしろさはなかなか
のものでした。

         

         

         

         

他にも、いろいろ出し物があったようですが、それは来年の
お楽しみにとっておきます。

        

所沢まつり、がんばってました。
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埼玉の秋祭り ~所沢まつり~

2014-10-15 | まつり・イベント
祭りの太鼓、鉦。神輿の掛け声。「セイヤッ、セイヤッ、セイヤッ!」
心がはやります。足が浮いてきます。

          

          
     
子どもよりも大人の方が熱が入っているようですし、とりわけ所沢のまつりは、
熟女の方々でもっているんじゃないでしょうか。
男衆が担ぐ上の神輿は少々元気がなく、見物客から「声、出して」などと
気合をかけられていました。

駅前では、神輿だけでなく、パフォーマンスの「ソーランよさこい」と「太鼓の
演舞」。
女性のパワーには、とにかくもう圧倒されます。もはや地域は女性に支えられて
いるんです

          

          

          
                   
最近はいろいろなイベントに、東北の復興を願って被災地域の名産品の店がよく
出ています。所沢駅前でも、大槌町や石巻市のテントに、多くのお客様が
名産品を買い求めていました。

          
          
          

これからも祭りの地元と共に、東日本大震災の被災地にも引き続き温かい応援を
お願いします。

          

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東京散歩 ~田無神社の例大祭 その2~

2014-10-13 | まつり・イベント
福島県立好間高校のフラダンスチーム名は、「ウィラニ オーラパ」
(Uilani Olapa)だそうです。

         

チーム名の意味をネットで調べてみましたら、どうやらハワイ語で
「明るく陽気なダンサー」という意味のようです。
言葉どおり、笑顔が素敵なオーラパたちでした。

ダンスを始める前に彼女たちはまず、御嶽山で亡くなった方々に追悼の
言葉を述べました。
次いで、東日本大震災にかかわって寄せられた多くの方々の支援に感謝する
とともに、今なお放射線の問題などがある中で、私たちは元気にやっています
と話していました。実に立派なあいさつです。

        

チームは、スパリゾートハワイアンズのフラガールの活動に感動して
昨年結成したとか。仮設住宅や老人ホームの慰問などにも取り組んでいるそうです。

ダンスは、とても高校生のチームとは思えないほど、素晴らしい表現力
でした。
       
途中でバックの音量が小さくなったり、舞台にフラとはどう見ても無縁の
物がいろいろ置かれていたり、ちょっと気の毒ではありました。
それでも、すばらしいダンス。

        

        

「花は咲く」の曲にのせたダンスには、思わず目頭が熱くなりました。

今年の夏には、いわき市で行われた第4回全国高等学校フラ競技大会
(フラガールズ甲子園)にも出場しています。

        

これからもがんばってください。 皆さんに、マハロ(ありがとう)!
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東京散歩 ~田無神社の例大祭~

2014-10-12 | まつり・イベント
創立は鎌倉時代という大変に由緒ある田無神社に行ってきました。田無神社は
西東京市に位置しています。

          

                

10月は、重要な神事である例大祭が行われる月ですが、12日は御神輿の巡行等が
ありました。

巡行の先頭は、おそらく世話役、宮司、天狗様、氏子代表の方々でしょうか、厳かに歩みを
進め、そのあとに大太鼓・御神輿と続きます。

         

         

         

         

         

         

         

駅前では、やや小ぶりな山車の中で、鳴り物入りで踊りが行われていました。

         

神社の境内こは露店が立ち並び、子どもも大人も食べ物・飲み物を買い求めて
楽しんでいましたが、ふと舞殿を見るとこんな張り紙が出ています。

                          

例大祭の祭儀(催し物)の一つとして、福島県いわき市にある県立好間高校の
フラダンスの演舞が行われるようです。
がんばれ福島の私としては見逃せません。声援を送らねばとしっかり見させて
いただきました。

さて、その模様は次回に
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日本の城 6 ~白河小峰城 その2~

2014-10-12 | 旅行
奥州の交通要衝の地にあった小峰城は、1868年の戊辰戦争で、奥羽越列藩同盟軍
と新政府軍の戦い(白川口の戦い)で大部分が焼失。
現在のお城は、1991年(平成3年)に復元ざれたものです。

        

                

しかし、2011年の東日本大震災で石垣が崩落するなどの被害を受けました。
その状況は、白河集古苑や工事現場のパネルをみると、かなりのものでした。

        

        

        

        

このため現在修復のための工事が進行中です。
地元紙が伝えるところによれば、来年度(27年度)には本丸と三重櫓
(さんじゅうやぐら)を見ることができるようになり、再来年度(28年度)
には修復工事が完了するようです。

         

                       

小峰城は白河市のシンボルですが、その修復の完了は、震災からの福島の復興
の大きな歩みになるでしょう。

                

一日も早く、東北の名城が福島に元気を与えてくれることを願うばかりです
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日本の城 6 ~白河小峰城~

2014-10-11 | 旅行
福島県白河市の小峰城を訪ねました。

       

鎌倉時代の1189年、源頼朝から結城氏の祖(結城朝光)がこの地を与えられ
以降結城氏の所領となり、室町時代(南北朝時代)の1340年から1369年頃に、
結城親朝が城を構えたのが小峰城の始まりといわれます。

その後江戸時代になり、初代白河藩主の丹羽長重が、1627年から約4年の歳月を
かけて石垣を多用して大改修を行い、完成を見た城が小峰城です。

       

後に幕府の老中として「寛政の改革」にあたった松平定信も白河藩の領主の一人
です。   
ところで、上の写真は城の修復現場等に貼られていたもので、城の三重櫓や石垣は、
東日本大震災で損壊した箇所の修復工事中で、実際には全体を見ることが
できませんでした。うーん、残念。

       

白河集古苑の職員の方が、「3・11では、白河の震度は6強で随分と被害が
出ました」と話してくれましたが、被害がこんなにもあったとはー。

城の周囲はきれいな公園になっていますので、修復が完成した際には、美しい姿
を見せてくれることでしょう。

       

       

       
       
       

       

まさに「がんばれ福島、がんばれ白河」です。

                          

修復の模様は、次回紹介します。



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福島散歩 ~一切経山の噴気と兎平の紅葉~

2014-10-05 | 旅行
浄土平からすぐ間近に、小さく細く、白い煙を上げている山が見えます。
それが一切経山(標高約1950㍍)です。
スカイラインの兎平からこの白煙を見やると、紅葉の静けさの中に、荒々しさ
を秘めた光景が迫ってきます。

         

この一切経山などからなる吾妻山は、有史以来の活火山です。日本全国にある
110の活火山の一つに数えられています。

         

御嶽山の噴火で多くの人が死傷し、今なお命がけの捜索が続けられているとき、
一切経山の噴気を目の当たりにして、悲痛な思いが込み上げてきました。

         

         

地球の営みという大自然の中では、人間は小さな存在であり、絶えず畏敬と
畏怖の念を忘れてはならない、そう思うのです。

         

兎平でも、ひっそりと木々が色づいていました。

         

         

                  


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福島散歩 ~浄土平の紅葉~

2014-10-04 | 旅行
磐梯吾妻スカイラインの中間ぐらいの地点に、吾妻小富士と呼ばれる
山があります。福島の市街地から、「小富士」という名称通りにその姿をみる
ことができます。

福島の市街地からは小富士のちょうど裏側になって見えないのですが、
「浄土平」と名付けられた平坦な地(標高約1600㍍)が、湿原のような感じで
広がっています。有史以来の火山活動でできた火口底のようです。

        

        

この浄土平に立って周囲を見回すと、吾妻小富士、東吾妻山、一切経山の
山裾一帯が実に見事に紅葉していました。

この写真は、吾妻小富士の裾のあたりで、山頂に向かって山道がのびて
います。

        

東吾妻山の山裾は紅葉のパノラマ。
紅葉というと真っ赤なカエデ・モミジやウルシがおそらくその代表格でしょう。

        

        
    
        

でも吾妻山の紅葉は、黄色の美しさが(黄葉)その特徴のように思います。

        

        

        

         

              

今回写真には収めることができませんでしたが、福島の土湯温泉から猪苗代
に抜ける道(国道115号線)の途中に土湯峠があります。
箕輪スキー場を過ぎてその土湯峠を下るあたりの正面に見える山(高森山かも
しれません)の斜面の黄葉は実に見事です。機会があったら是非探訪してみて
ください。

紅葉は自然がもたらす恵みともいえますが、それはまた日本の自然の厳しさの
一面なのかもしれません。
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