「美しい歌声」とはどんなものか?
一般的には、聞いていて気持ちがいい、耳当たりがいい、
伸びやかな高音、豊かな低音---などを連想するかもしれない。
また、ハスキーな声(だみ声)、裏声、枯れた声などに魅力を感じる人もいる。
嗜好は様々で、美の基準は主観的。
民族や言語、時代やジャンルによっても異なるだろう。
万人が認めるそれを決めるのは困難と言える。
だが、概ね多数が納得することは無きにしも非ず。
定冠詞付きの声---「The VOICE」と呼ばれた男のそれは、その1つだ。
ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百三十二弾「フランク・シナトラ(with bunnys)」。
かつて歌手の必須条件は「大きな声」だった。
舞台から客席へ肉声を届けるには、バックバンドに負けない声量が求められた。
目いっぱい声を張り上げると、迫力はあるものの表現に制約を及ぼす。
しかし、アンプ・マイク・スピーカーなどが発明され状況は一変。
歌唱の幅が広がった。
「シナトラ」は、いち早く巧みに音響装置を活用した1人である。
まだワイヤレスやハンドタイプの登場以前、
彼はスタンドを鷲掴みにしてマイクと口元の距離を変えながら歌ってみせた。
更に、憧れの先輩「ビング・クロスビー」の歌い方を学び、イタリア・オペラを研究。
低い声で囁くように歌うスタイルを確立する。
努力を重ね磨き上げた2オクターブの軽やかなバリトン。
天賦の甘いマスクにブルーアイズ。
細身のダークスーツと小粋な中折れ帽。
絵になる伊達男は全米の黄色い声援を集め、元祖アイドルになった。
その後、長いキャリアの中で数々のミリオンヒットを記録。
銀幕では2度のオスカー受賞。
ラスベガスのカジノホテルオーナー。
政財界にも太いパイプを持ち、20世紀後半のショービズ界に君臨した帝王。
「The VOICE」は「The BOSS」でもあった。
彼の眩い成功譚には、暗黒街との黒いウワサがつき纏う。
それはルーツがイタリア(シチリア)だったからに他ならない。
最初に新大陸へ入植しアメリカを建国したイギリス系、
WASP(White Anglo-Saxon Protestants)を頂点にしたピラミッドの中で、
ヨーロッパ組最後発のイタリア系移民は最下層に位置し、迫害の対象となる。
特に肌が浅黒い南イタリアのシチリア人は、非文明的で下等と見下された。
伝統校への入学や映画館への出入りを禁じられ、
教会で座るのは白人席ではなく、有色人種用席の隣が定位置。
不慣れな土地、不慣れな言語、不慣れな文化、そして苛酷な環境。
シチリア人たちは居場所を確保しようと、同族によるコミュニティを創る。
そのうち闇社会でのし上がろうとした集団が「マフィア」だ。
「フランク・シナトラ」の父親はシチリア、母親はイタリア北部ジェノバ出身。
この投稿のほゞ108年前、1915年(大正4年)12月12日に誕生する。
生まれ故郷はハドソン川を挟んだニューヨークの対岸、ニュージャージー州ホーボーケン。
ここはアメリカが第一次世界大戦に参戦した折、出兵の主要港となり、
「風紀を守るため」という理由で200軒以上の酒場の閉鎖が命じられた。
それから3年後、全米に「禁酒法」が施行。
酒の醸造と提供はご法度になり地下に潜行。
それを取り仕切り、富を得たのがマフィア。
密造酒と一緒に客へ提供した娯楽がジャズ。
戦争が禁酒法を生み、禁酒法がマフィアを育み、マフィアはジャズの親になったのだ。
港町の裏通りで回る赤白青のサインポール。
表は大きな鏡の前にチェアが並んだ理髪店。
奥まった洗髪台の後ろには厚く頑丈な鉄扉。
合言葉を交わしてドアを潜った先は別世界。
ダウンライトに照られたウッドカウンター。
人いきれとタバコの煙が籠る「BarberのBar」。
ステージには黒人ジャズマンの演奏に合わせて歌う、若き「シナトラ」の姿があった。
マフィアとの距離が近いのは、ごく自然な成り行き。
親戚づきあいのようなものだったとしても不思議はない。
マッチョな男たちとの酒と薔薇の日々が声に艶を与え「The VOICE」を創り上げた。
僕は、そんな風に思うのである。
1998年(平成10年)「フランク・シナトラ」病没。
享年82。
波乱万丈の人生を送り天寿を全うした。
生前、栄光の影に隠れた犯罪、謀略、醜聞は公然の秘密。
いわば“パンドラの箱”だったが、死後、タブーではなくなった。
人々が“シナトラの箱”を開けてみると、やはり黒煙が溢れ出た。
それは時の風に吹かれ過去へと流れ去ってゆく。
今箱の中には「美しい歌声」だけが残っている。
Fly Me To The Moon (2008 Remastered)
VIDEO
Fly me to the moon
Let me play among the stars
Let me see what spring is like on
A-Jupiter and Mars
In other words, hold my hand
In other words, baby, kiss me
Fill my heart with song and let me sing for ever more
You are all I long for
All I worship and adore
In other words, please be true
In other words, I love you
Fill my heart with song
Let me sing for ever more
You are all I long for, all I worship and adore
In other words, please be true
In other words
In other words
I love you