つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

小品、桜花爛漫の候。

2024年04月07日 09時30分00秒 | 草花
                      
桜の代名詞といえる「染井吉野(ソメイヨシノ)」が江戸時代に誕生した栽培品種で、
明治以降、接ぎ木苗により普及したクローンなのは有名なハナシだ。
その花を基準にした桜前線は北陸に到達。
今まさに盛りを迎えようとしている。





きのう(2024/04/06)撮影した、本津幡駅前の「一本桜」は5~6分咲きといったところ。
程なく枝一面に鈴生りの景観が拝めるだろう。
当駅は明治31年(1898年)春の開設。
周辺発展を祈念して植樹されたうちの唯一の生き残りだ。
毎年、その咲きっぷりを鑑賞するのは僕の楽しみの1つ。
個人的な「春の標準木」と捉えている。

また、大西山で咲く桜も見栄えがいい。
かつて花の背景にあった母校の校舎がなくなってしまったのは寂しいが、
忠魂碑やグラウンドとの取り合わせは昔のままだ。





さて、平安時代前期の歌人「在原業平(ありわらのなりひら)」が、こんな歌を詠んだ。

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

『世に桜がなかったら、春を過ごす人の心はどんなにのどかだろう』
裏を返せば『桜が咲くのを待ちわび、人心は気もそぞろ』--- となる。

染井吉野の隆盛以前、江戸時代までの花見の対象はヤマザクラ。
1200年前の京都遷都当時から残る日記などまとめた年代記の中から記述を拾い上げ、
ヤマザクラの満開日を調べた大学教授によれば、
およそ1000年間は、太陽活動による気温への影響などから、
満開日が周期的に早くなったり遅くなったりしていたとか。
ところが、ここ100年は温暖化の気温上昇が要因となって、
満開日は10日~2週間程度早まっているとの事。

桜の木は、気温5℃以下の日が1ヶ月は続かなければ、
暖かくなったときに満開にならないという。
人為的な気候変動が冬を短くすれば、花の咲き方に差し障るかもしれない。
春の「桜花爛漫」は変わらずにいて欲しいものだ。
                             

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