つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

ゲーテとお口の恋人。

2023年01月14日 12時12分12秒 | 手すさびにて候。
                       
年齢を重ねると「好み」は変化するという。
確かに自分自身にも幾つか思い当たる事はある。
中でも顕著に現れるのは「食の嗜好」。
昔はよく口にしていたが、いつの間にかご無沙汰しているもの---
個人的な1つは「ガム」である。

子供の頃は、よく甘いガムに手を伸ばした。
例えば、細身のゴールドの箱に収められた香水ガム「イヴ」。
他には、柑橘の味わいが特徴「ジューシィ&フレッシュガム」。
また、香ばしいコーヒーテイストの「コーヒーガム」も忘れ難い。
各商品の名称表記はアルファベットで統一されていたから、
まるで輸入菓子みたいでカッコよく感じたものだ。

これらの製造販売元の社名が、
あの作品のヒロインに由来しているのは、つとに有名なハナシである。

ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百十八弾「シャルロッテ(愛称:ロッテ)」。



はじめに
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ」は、
1749年、ドイツ・フランクフルトに生まれた。
詩人であり小説家、法律家、哲学者、政治家。
地理や考古学、自然科学にも造詣が深い“知の巨人”だ。

その代表作の1つとされるのが「若きウェルテルの悩み」。
初刊行は、日本の江戸時代半ばにあたる。
今回は、250年前から今日まで読み継がれている古典を取り上げてみたい。

あらすじ
主人公は上流階級の青年「ウェルテル」。
中世の面影が色濃く残る小さな城塞都市に逗留していた際、
ヒロイン「シャルロッテ」と出会う。
美しい容姿、理智的で親切、大らかな母性、少女のような無邪気さ。
およそ世間一般に“女性の魅力”と言われる要素を併せ持つ才色兼備。
「ウェルテル」は、心を射抜かれてしまう。

--- しかし、彼女には将来を約束した許婚(いいなずけ)がいた。
泣く泣く恋慕にフタをして、新たな土地へ移り仕官したが、
役所の上司と反りが合わず、赴任先の生活にも馴染めずに退官。
傷心を抱えた男は、再び女の元へ向かった。
--- だが、やはり成らぬものは成らぬ。
絶望した「ウェルテル」はピストルを自らのこめかみに当て、引金を引いた。

波紋
小説「若きウェルテルの悩み」は、当時、衝撃を以て迎えられた。
18世紀後半のヨーロッパは「啓蒙思想」がスタンダード。
理性を重んじる風潮に対し、ロマンと衝動に殉じることは十分に異質だった。
また、人間の命は原則的に神のものとする信仰に基づけば、
「失恋して自殺する話」はタブーと言えた。
ところが、主人公に触発されたファンによる後追い自殺が頻発する事態に。
危機感を抱いた著者は、重版の扉にメッセージを掲載して自殺賛美を戒める。
それは「自分を含めたウェルテルたち」への警告だった。

若きゲーテの悩み
大学を卒業した「ゲーテ」は、弁護士事務所を開設した折、
当時、最高裁が置かれたドイツ中西部の田舎町で、3人の人物と親交を持つ。
法曹界を目指す同志で友人「ケストナー」と「イェルーザレム」。
そして舞踏会で出会った女性「シャルロッテ・ブッフ」である。

「ゲーテ」は、15歳の美少女に一目惚れしたが、
程なく彼女が「ケストナー」の婚約者だと判明。
成就しない恋と知りながら、何度も相手宅を訪問し、手紙や詩を贈り愛を告白した。
たっぷり悩み悶えて4ヶ月が過ぎた頃、
ついに「ゲーテ」は、独り故郷へ帰って行くのだった。

弁護士業にいそしみ、痛手を紛らわせていたある日、
2人の結婚が成立したと便りが届く。
たちまち身を裂くような苦しみが再燃。
あまりの心痛に耐えかね、ベッドの下にしのばせた短剣を胸に刺そうと試み、
眠れない夜を過ごしていたところへ、今度は訃報が飛び込んできた。
「イェルーザレム」が、人妻への失恋からピストル自殺したという。

--- この時、突如、彼の心に物語が生まれた。

友人の死と、報われぬ愛。
自身の失恋と、冥府魔道に取り込まれかけた経験。
それらを重ね合わせ書き上げたのが「若きウェルテルの悩み」だった。
文学史に残る一作は、若き「ゲーテ」の心血であり、
主人公「ウェルテル」は、若き「ゲーテ」の鏡像。
猛烈な創作意欲が天才を死の淵から救い、
天才のペンに刻まれたことで「シャルロッテ」は永遠の恋人になったのである。

LOTTEの栄光と憂い
--- さて「株式会社ロッテ」のHPには、以下の記述が掲載されている。

<ロッテの社名は、ドイツの文豪ゲーテが著した名作
 「若きウェルテルの悩み」の中に登場するヒロイン「シャルロッテ」に由来します。
 「お口の恋人」というメッセージには、「永遠の恋人」として知られる彼女のように、
 世界中の人々から愛される会社でありたいという願いが込められています。>

そう考えたのはロッテグループ創業者、故「重光 武雄(しげみつ・たけお)」氏。
本名「辛 格浩(シン・キョクホ)」。
昭和17年(1942年)、自らの意思で玄界灘を渡った在日韓国人一世である。
当初は石鹸、靴墨、化粧品などを手掛ける油脂関連製品の事業を興し、
戦後、進駐軍が持ち込んだチューインガム人気を見て、ガム製造に乗り出す。
その際、社名の暁光となったのが愛読書のヒロイン「シャルロッテ」だった。
(※尚、同社のキャッチ“お口の恋人”は公募がキッカケ。
 「ザ・ドリフターズ」のメンバー、故「仲本工事」氏のご母堂が発案者と言われている)

ロッテはガムで日本一になると、チョコレート⇒キャンディ⇒アイスクリーム⇒ビスケット、
立て続けに新規参入を果たし、総合菓子メーカーへ変貌を遂げ確固たる地位を築く。
「重光」氏は、韓国籍ながら日本プロ野球球団オーナーとしても君臨した。
祖国においては、流通、観光、金融、建設、化学分野などにも事業を拡大。
五大財閥の1つとなったのはよく知られるところ。
そして、経営を巡る親族骨肉の争いから悩み多き晩年になったのも周知の通りである。
             
日韓の狭間に立ち奮闘した稀代のカリスマは生涯読書を好み、
片時も本を手放さなかったとか。
故人が「若きウェルテルの悩み」を読み返す機会があったとしたら、
「ゲーテ」が編んだこんなセンテンスに何を思ったのだろうか?

「人の心はおかしなものだね。
 道を同じくして、ずっと一緒にいようとしていた仲間から離れられるだなんて」

「幸せが同時に不幸の源になるなんて---
 頭のどこかではわかっていたはずなのに、何もかも過ぎ去ってしまった」


                                   

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4 コメント

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りくすけさんへ (Zhen)
2023-01-15 12:20:33
こんにちは。

手すさびにて候。シリーズ、あいかわらずの読み堪えありますね。

僕のようなエコノミックアニマルからすると、女々しい男の話としてスルーしてしまいますが、味のあるストーリーだと思います。

ロッテ社の繁栄の陰には、我々には見えないドロドロしたものがあったのだと思います。それを後継者は、見せられ、その結果が、骨肉の争いかと思います。日本企業でも後継者の争いは、ありますが、世界的に見ると少ないと思います。その辺は、誇るべき日本社会だと思いますね。

では、また。
返信する
Zhen様へ。 (りくすけ)
2023-01-15 13:43:51
コメントありがとうございます。

お返しの際、よく書いていますが---
拙ブログがひと時でも楽しめるものなったり、
何かしら思案するキッカケになれば、
それなりに手間をかけた甲斐があるというもの。
とても嬉しく思います。

「若きウェルテルの悩み」は、
ルネサンスに続く新しい文芸運動---
“シュトルム・ウント・ドランク”
(疾風怒濤)の端緒となりました。
停滞した中世的な空気が残る中では、
かなり刺激的だったのではないかと推測します。

ロッテ繁栄の闇。
戦中~戦後の日韓が舞台ですから、
さぞ得体の知れない混沌が隠されていそうです。

骨肉のお家騒動。
今の日本社会からすると「潔くない」印象ですね。
一方、江戸以前~戦国期の日本では、
血で血を洗う政権交代は珍しくありませんでした。
そんな経緯を踏まえたうえで、
穏やかにふるまう日本文化は、
確かに「いいもの」だと思います。

では、また。
返信する
Unknown (さくらもち)
2023-03-09 08:29:25
はじめまして。「若きウェルテルの悩み」は20歳頃に読みました。それよりも絵が凄いです!
返信する
Unknown (りくすけ)
2023-03-09 13:14:02
さくらもち様へ。

初めまして。コメントありがとうございます。
若きウェルテルの悩み、
僕も今投稿にあたり久しぶりに再読しました。
年を取ってから読み返すと、
また違った感慨があるものです。

もし拙作イラストをお気に召したとしたら、
同カテゴリー「手すさびにて候」にて
他のイラストも公開しています。
よろしかったら覗いてやって下さいませ。

では、また。
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