つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

古代への招待状。

2015年12月06日 14時33分37秒 | 日記
巻末の奥付には「昭和五十六年 29版発行」と書いてある。
つまり、今から36年前に製本されたという事だ。
また、定価3,500円となっている。
当時、高校1年だった僕にしては、かなり思い切った散財だったはずだ。
「フラッシュダンス」を観た後に立ち寄った書店で、
タイトルに惹かれ衝動買いした分厚い本の背表紙には、明朝体でこう印字されている。

【背教者ユリアヌス  辻 邦生】

ご存知の方は多いだろうが「辻 邦生(つじ・くにお)」氏は、日本の小説家。
「背教者ユリアヌス」は、氏の作品中でも傑作の呼び声高い一冊である。

主人公は、古代ローマ帝国 第49代皇帝「フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス」。
血塗られた粛清を逃れ、幽閉先でギリシア哲学に親しんだ少年時代。
ガリア(現在のフランス)を統治する「副帝」に任じられ活躍した青年期。
運命に導かれ「正帝」の座に就き、戦場となった砂漠で命を落とすまでの短い治世。
その30余年の生涯を描いた大作だ。
別称の「背教者」は「反キリスト教政策を行った者」という意味。
キリスト教を禁教にした訳ではないが、キリスト教聖職者の既得権益を取り上げ、
ギリシャ・ローマ伝統の宗教を復活させるなどしたため、後にそう呼ばれた。

長編でボリュームはあるが、美しい文体のお蔭で滞らずに読み進められる。
的確な描写に誘われ、1600年の時を遡る旅ができる。
史実を元にしたフィクションだけに、登場人物も魅力的だ。
哲学者のシンボルである顎ヒゲを蓄えた「哲人皇帝」は言うに及ばず、
個人的には、取り分け2人の女性に魅せられた。
ほんの一端を紹介したい。

1人は先帝の皇后「エウセビア」。
筆者は、主人公との邂逅シーンを次の通りにつづった。
『ユリアヌスは、そのとき、自分の目の前に、
 ふたたびアテナ女神が美しい眼を輝かしながら近づいてくるのを見たのだった。
 彼は、半ば呆然とし、半ば恍惚として、女神の幻影に見入った。
 女神の茶色い明るい眼には、どこか涼し気な、甘やかな感じがあり、
 ほっそりとした綺麗な顔立ちは、
 エフェソスで見た時よりは、ずっと柔和で親しみ深い感じがした。』


もう1人はローマ帝国ナンバー1の軽業師「ディア」。
主人公を弁護するため法廷に立つシーンは、以下の通り。
『たしかにディアはニコメディアで別れた頃のような少女じみた娘ではなかった。
 軽業で鍛えられた身体は浅黒く引きしまってはいたが、
 細くしなやかな腰や、しっとりと成熟した美しい二の腕には、
 以前には見られなかった、匂いのいい果実のような甘い豊満さが漂っていた。
 その横顔にも、落着きと自信と注意深さがのぞき、
 浅黒い卵型の可愛い表情に、ある柔らかな分別臭い輪郭が加わっていた。
 しかし、その黒いきらきらした眼は、
 プロポンティス湾の青い入り江で、彼をじっと見ていた眼であった。』

            (※原典:背教者ユリアヌス-辻邦生/抜粋、原文ママ)

語ればキリがない。
ここで語り尽くせるものでもない。
好き嫌いは否めない。
しかし、お薦めしたい。
未読の方は一度手に取ってみてはいかがだろうか。

ところで、棚から古い本を引っ張り出し、長々とこんな投稿を書いた理由は2つ。
今日・12月6日が「ユリアヌス帝」の誕生日(らしい)である事と、
今朝の散歩中、とある裏庭で一体の「ビーナス」に出逢った事に起因している。
 
コメント
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