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六甲1号の出撃にっき

撮影ロケの出撃模様のほか、日々の雑感なんかも綴ったものです。

4年ぶりの南東北へ(2日目-1・福島交通編)

2024-01-07 |  出撃 at 東北地方
 .南東北3県をぐるっと回る
 前編では名古屋から会津若松までの往路の様子を書きましたが、次は2日目の様子として、福島編をお送りします。
 2日目は早朝に会津若松を出発して、福島・宮城県内の乗り残している区間を乗り潰して、夜に会津若松に戻ってくるという予定です。
 青春18きっぷを使う方法もありますが、南東北エリアを回るのにちょうど都合のよいきっぷがあるのでそれを使うことにします。

 それが左にある「小さな旅ホリデーパス」で、宮城県を中心に山形・福島の一部がフリー乗降エリアになっていて、1日乗り放題で値段も2,720円と、関東圏や東海圏のホリデーパスと変わらない値段なので十分に使えます。
 しかも福島-新庄間では特急券を買うだけで山形新幹線にも乗れるので、青春18きっぷよりも効力が強い1枚です。
 ホリデーパスなので土休日しか使えない筈ですが、学生利用を考慮して、夏休みや冬休みなどの期間中は平日でも使えるよう便宜を図っているので、今日は1/4平日ですが、この切符を買って1日回ることにします。
 なお未乗区間はいずれも私鉄・第三セクター・公営交通などのJRではないため、実際の乗り潰しにはそれぞれの区間の乗車券が別途必要になります。JR東海や九州のように管轄区域の16私鉄もまるごと1枚で乗れる切符があればいいのですが、東北地方も昔一時的にそのようなきっぷを企画されていましたが、今はありません。




 6:36 会津若松発 朝2番の郡山行き列車に乗ります。
 朝の通勤時間帯ということで、4両編成だったのですが、まだ学生が休みなので、電車は空いていました。

 異常ともいえる暖冬で、全然雪景色が見られません。
 ここは磐越西線の中でも標高が高い猪苗代周辺なのですが、全く雪がありませんね。こんな光景見たことないです。スキー場とか悲鳴を上げてるかも知れません。

 郡山に朝8時前に到着、福島方面行きの電車の接続が悪くて、磐越西線の列車が到着する数分前に出る意地悪ダイヤを組んでいるので、50分程度郡山で待つ羽目になります。(急ぎたいなら新幹線に乗れという誘導施策には乗りません、しかもぼったくり価格ですからね)
 時間があるので駅から外に出てみます。

 駅前のアーケード通りを歩いてみます。
 郡山には何度か寄っていて、駅を出て正面にあるローソンや、ヨドバシの入っているビルなどに入る事はありますが、こうして通りを歩いたのは東日本大震災の翌月、ちょうど最大余震に見舞われて再び鉄道がストップしてしまった日以来の約13年ぶりとなります。あの時に夕食で入った洋食屋のお店はもうなくなっていました。
 正月休みがまだ長めに取っているのか、人通りも全然ありません。

 郡山8:42発の福島行きの電車を待っていたら、あーあ、やってきました。
 「東北本線大嫌い」となる元凶の車両、701系です。これも4両編成でしたが、福島方の2両が1500番台だったので、クハの便所横の壁にもたれられる席を確保。少しは楽に移動できます。
 
 電車の中で朝食にしようと、パンとカフェラテを買ったのですが、電車が出発するまでにパンはさっさと食べて、コーヒーはゆっくり飲もうかと思っていたのですが、この駅カフェの上蓋が優秀で、紙製のため唇当りが熱くなくて、すぐに飲めてしまいました。薄いプラスチックの蓋って、口当たりが熱くてなかなか飲めないんですよね。この改良をマクドでもなくセブンでもなく、JRのコンビニがやってしまう所が凄い!


 .まずは福島交通から 
 福島県内で残っているのは福島交通全区間と阿武隈急行の丸森-福島、あとは野岩鉄道の3区間で、今日は全社の2区間の乗り潰しを行います。

 福島駅でJRの改札を出て、北側の飯坂電車と阿武隈急行の窓口が並んでいるのですが、阿武隈急行の窓口でこの切符を購入。
 1,500円で福島交通と阿武隈急行の2路線ともに乗り放題となる切符なのでお得です。
 福島→槻木の片道だと980円ですが、福島→飯坂温泉の片道だけで370円するので、往復すると740円ですから、この時点で元が取れています。

 福島駅の私鉄ホームは、それぞれの鉄道が片側だけを使用するので、両鉄道ともに単線行き止まり区間となっています。阿武隈急行の場合はすぐにJRの線路に合流するのでいいですが、福島交通の場合は2駅手前の美術館図書館前駅から単線終端駅となるので、福島駅では比較的早く折り返していきます。

 元東急1000形は18m3扉の車体なので、地方私鉄には引っ張りだこのお手頃車体になっていて、相互乗り入れしていた営団日比谷線の3000形や、03形ともども人気車両でrす。

 電車は福島市の市街地の中を進む、これと言って何の見どころも無さそうな沿線ですが、最後の2駅ほどで急に辺たりの景色が広がるようになってきます。

 住宅街が切れて、パッと果樹園の景色に変わります。
 桃の木かな?

 景色が広まったのも束の間、電車はスピードを落としてまた街の中へ入っていきます。
 まもなく終点の飯坂温泉に着きます。

 飯坂温泉駅の構内
 電車が到着した時だけ、改札口に係員が立ちますが、乗車時はICカードを持っていなければ窓口で切符を買うだけなので、入場時に係員は立ちません。

 改札内には貸自転車が置いてあり、中には温泉娘のボードが取り付けられた痛自転車もあります。
 この痛自転車で温泉街を回る兵はいるかな?

 飯坂温泉駅は道路より1階分低い場所にあり、改札を出たら階段を上がって、駅前に出ます。
 ここでも温泉娘の看板が観光客を出迎えます。

 駅がある建物の一角には、このような温泉娘をモチーフにしたミニ神社なるものがあって、狭い一角なので見逃してしまいそうですが、見つけた人は中に入ってみるのもよいでしょう。

 飯坂温泉といえば、東北を代表する温泉街の一つですが、結構営業していなさそうな建物も見られました。
 インバウンドの外国人客からしたら、フクシマの宿とかまだまだ抵抗があるのかも知れませんね。社民党や立憲共産党・れいわなどのゴミクズ国賊政党が未だに福島の風評加害してますからね。
 さて今日はゆっくり温泉に漬かっている時間は無いので、次の電車で折り返します。

 10:49 途中、福島の2駅手前にある「美術館図書館前」駅で下車しました。
 東北本線と住宅地に挟まれた狭い空間に行き違い交換用のスペースがある狭隘な駅です。

 小さいながらもキレイな駅舎がありますが、座れる椅子はありません。
 寒いときはここに入って待つと良いでしょう。

 11:11 美術館図書館から飯坂温泉方面へ逆戻りして泉駅で下車します。
 昼からの阿武隈急行の列車本数が少なく、乗り継ぎ時間まで1本余裕があるので、こうやって逆戻りすることで、2駅分下車駅を増やすことができました。

 この後、阿武隈急行の乗り潰しになりますが、続きは次の記事で。
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さよなら南東北のキハ40系

2020-03-17 |  出撃 at 東北地方
 先日のダイヤ改正で、南東北地方に残っていたキハ40系気動車が全て置き換えとなり、北は酒田から南は只見に至るまでの広範囲にわたって走っていた国鉄型気動車が完全に駆逐されてしまいました。
 羽越本線には以前から何度も出撃していましたが、昨年からは会津方面にも久々に出没しておりました。今年に入ってからは1月と2月にそれぞれ1度ずつ訪問し、3月にも最後の撮影を計画していましたが、武漢肺炎のため出撃を見合わせ、結局行かず仕舞となりました。
 2月と3月の訪問分を合わせて記事を書こうと思っていたのですが、3月の訪問がなくなったので、2月に訪問した分だけですが、記事を書く事にします。

 .暖冬の中、数少ない降雪にあやかる
 この冬は例年にないほどの暖冬で、雪不足に悩むスキー場が今期の営業を諦めるほどでしたが、2月も10日頃になって一級の寒波がやってきました。低温が心配でしたが、1月に18きっぷで旅行した行程に近いルートで今度はレンタカーを使って出撃します。

 まずは信越本線長鳥駅の東側の踏切にてスタンバイ。
 115系の長岡行き快速を待つ間に、上りの貨物が通ります。ごらんの通りの雪景色。

 貨物が通過した数分後に下りの快速電車がやってきました。
 先月は全く雪がなかったので、今回は満足です。
 撮影後はすぐに車を走らせて、先月同様に長岡から先の区間で再び快速電車を録ります。

 先月同様に押切-見附間で撮影場所を探します。
 前回は刈谷田川の堤防から撮りましたが、今回は降雪で視界が悪く、線路脇でスタンバイしていましたが、列車通過の10分ほど前に雪がやんで、上空が晴れてきました、しかし時間がないため、そのまま線路脇で録りました。

 13:07 その後は磐越西線の五泉-猿和田間の早出川鉄橋へ行き、置き換えになる気動車の撮影をします。
 最初にやってきたのは、新潟行きの快速〔あがの〕 キハ110系3連。 こちらは改正後もそのままのようです。

 14:13 その後は川の右岸(猿和田寄り)に移動して、津川行きの区間列車を撮影。
 陽が差してきたので、このまま晴れてくれればありがたいのですが。

 16:33 16時台になって、お目当てのキハ47運用の会津若松行きがやってきます。
 残念ながら夕方が近づいてきて雲が流れてきてしまいました。

 16:49 もう少し待って、会津若松からやってきた下り列車も録って撤収します。
 車はそのまま49号線を会津方面に走らせます。

 .会津坂下を起点にキハ40三昧
 五泉から2つの峠を超えて会津盆地に入ってきました。
 国道49号線経由で会津若松を目指すと、途中に会津坂下の町を通るので、まずはここで撮影をすることにします。

 20:43 会津坂下駅構内を見下ろす歩道橋が撮影スポットになっており、既に3人ほどが待機していました。
 そんな中やってきた上下列車の交換風景を撮影します。

 翌朝、氷点下8℃まで気温が下がり、会津盆地は一面のモヤに覆われてしまいました。
 当初予定していた根岸駅南側の直線場所もひどいモヤで、多摩ナンバーの車が既に待機してましたが、これは晴れないと踏んで移動することにしました。なるべく日の出後の気温上昇に期待するため、会津高田方向へ移動してロケハンしてましたが、遂に時間切れに、

 7:02 根岸に比べればかなり晴れている方ですが、厳しい状況は変わらず、そんな中やってきた4連の会津若松行き。

 カメラをパンして後方狙い気味に撮ります。
 こちら側は幻想的な映像になりました。撮影後はまた会津坂下駅に向かいます。

 8:20 朝8時台に上下列車の交換シーン。ここは2つの高校がある関係で、多くの通学生がここで下車します。
 昔ながらの構内踏切というよりかは、駅舎側は欠き取り階段を登るタイプで、昭和の名残を楽しめます。
 
 10:03 朝10時ごろの 425D 会津若松行きを新鶴駅の北側で撮影します。
 この時間になるとモヤは完全に消えて、快晴のコンディションの中、2両の列車が走っていきました。

 11:45 車を一旦野沢方向に走らせて、昼前の快速〔あがの〕を録ります。
 野沢駅の東側にある鉄橋を行く列車。

 13:18 再び会津高田方向に戻り、先の会津本郷駅東側の鉄橋で午後1の427D 会津川口行きを録ります。
 バックに磐梯山が見えるのですが、車体に被ってしまいました。
 
 14:00 大勢の撮影者が列車中心狙いで踏切近くで待機する中、特撮の関係で私は真横の田んぼから 428D を狙います。
 午後の日差しを浴びて、磐梯山をバックに走る姿はもう二度と見られません。

 14:57 一旦車を北へ走らせ、山都の鉄橋に来ました。
 会津若松発新津行きの 233D を狙います。ここではこの1本のみで撤収。

 15:55 本日昼間最後の撮影は、会津宮下駅の東側で430Dを撮影。
 時間がギリギリで場所も良くない上に、曇ってしまいました。


 17:35 会津坂下に戻り、入場券を買って再びホームで列車を撮ります。
 会津川口行き431Dで、若松市内に通っていた高校生が少し降りてきました。

 撮影後は町のはずれにある温泉へ行くことに。

 糸桜里の湯ばんげという町営?の温泉センターで、20時までの営業だったので、あまりゆっくりは浸かってられませんが温泉を楽しみます。

 入湯料を払って、ポイントカードなども一応もらいましたが、次いつ来れるのかは分かりません。
 受付のお姉?さんが東北独特の艶っぽさで、再び来たいと思うのであります。

 公衆浴場につきものの牛乳・コーヒー牛乳。
 「べこの乳」とストレートなネーミングの自販機が置いてありましたが、閉館時間が迫っていて、掃除の人が待機していて、早く帰れの空気を感じたので(どや、空気読める関西人やろ?)、写真だけ撮ってここは出ることにしました。

 .雨の会津にお別れ
 最終日は昼前から雨予報のため期待できませんが、朝のうちに少し録って帰路に就きたいと思っていたところ、残念ながら夜中のうちからザーザー雨が降ってきました。落胆の気持ちだったのですが、夜が明けると雨がやんでいたので、何とか6時台の2本だけでも録れないものかということで、坂下駅の西側へ行って、カーブ手前でスンバイ。

 6:39 雨はやんでましたが暗い中、上りの4連気動車がやってきました。

 反対側へ振った画像、こちらの方が東の空になるので幾分かは明るいです。

 6:45 会津坂下で交換となる下り1番列車の 423D。
 まだモヤが取れていません。
 撮影後しばらくして雨が降ってきました。今度は止みそうにありません。

 最後は昨日も着た会津坂下駅で録ることにします。
 昨日は駅のホームからでしたが、今日は歩道橋の上からにします。

 8:20 昨日同様に列車交換と高校生たちの下車風景。
 雨は小降りになりましたが、時より風で飛んできた雨粒がレンズに付いて画像がぼやけてしまいます。連続で録画中なので、途中で雨粒を拭くわけにもいきません。これがスチル写真と違って条件が厳しいところです。
 こうして車体の色は違いますが、昭和の国鉄風景が残る会津の駅での撮影を終えて、帰路に就くことしました。このあと10時頃まで雨が強くなり、会津に別れを告げました。
 さようなら南東北のキハ40系。 あと東日本に残る国鉄型気動車は北東北の3線区になりましたが、これも時間の問題です。
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信越~磐越ぐるり1周回りの旅

2020-01-12 |  出撃 at 東北地方
 正月休みは前半の3日間と後半の4日間に分かれて、前半については前の記事で東京・横浜でのことを書きましたが、後半の4日間はようやくというか、本来のというかの鉄道趣味の遠征に出掛けることにしました。
 行き先は東北地方と言っても福島県なので南東北という方がよいでしょうか? 目的はもちろん、キハ40系気動車の主に乗車と、往路に新潟県内の信越本線での115系のこちらは撮影を兼ねた乗りメインの遠征となります。

 .往路は中央~信越ルート
 磐越西線で会津若松へ行く方法は幾つかあります。このうち今まで使ったことがあるルートは、
 ①中央西→しなの&トキ鉄・直江津→信越本線→新津→磐越西線
 ②中央西→飯山線→長岡→信越本線→新津→磐越西線
 ③東海道→東京(又は新宿)→東北本線→郡山→磐越西線
 ④東海道→東京~夜行高速バス~会津若松
 この他に北陸本線経由、や只見線経由でも乗ったことがありますが、この2つは今は通常は使わないルートになっていて、最近はほとんど①か②のルートで名古屋~新潟間は抜けます。
 今回は朝に直江津発の115系快速を撮るため、直江津に朝居るためには、①のルートで前拍にするか、東京経由で西武の夜行バスに乗って朝5時台に着くか、②のルートで長岡泊で、朝1番で直江津方向に戻る手もありますが、順当に①のルートとしました。 青春18きっぷ+しなの&トキ鉄分が必要です。

 出発がだいぶ遅れて、名古屋で快速に乗り継げなかったので、多治見→中津川間で特急に乗って、中津川17時発の塩尻行きに乗ります。世間では正月休みは明けてる筈なのですが、意外と旅行者がいて、2両編成の座席は一杯でした。

 松本で211系に、長野でしな鉄115系に乗り換えて、妙高高原でアンカーのトキ鉄E127系に乗り継ぎます。
 今夜の滞泊地は終点の直江津ではなく、1駅手前の春日山駅で下車です。


 翌朝直江津6時台の長岡行きに乗り、初めて長鳥で下車しましたが、全く雪がありません。
 今年は異常なほどの暖冬です。何せ越後湯沢のスキー場で30cmしか積もってなくて、オープンできないという状況ですから。
 長鳥で直江津発長岡行きの115系爆音快速を録って、もう1か所長岡市内で長岡発新潟行きになった同じ115系を撮って、その後新潟に向かいます。

 新潟駅に14時頃に到着します。
 既に地上ホームは8-9番線のみが残っているだけで、他は全て高架ホームに上がっていました。

 8月以来の新潟駅前に出ます。
 ちょうどバス乗り場にBRTの2両連接バスが止まっていて、撮ろうとしたら、前に別のバスに被られてしまいました。
 さて磐越西線の列車ですが、昼間は五泉や津川までしか行かないので、夕方の16時8分まで列車はありません。
 時間潰しのため、一旦信越本線で東三条まで乗って折り返して新津まで来るとちょうどいい感じです。

 .キハ47乗り収めになるか? 磐越西線

 新津駅で改札口を出て、歩道橋から気動車区を望みます。
 何編成か停まっていますが、どれが出てくるのかな? よく見てみると、同じ線路上に在来車と新型のGVとを並べていますが、連結できるのかな? そろそろホームに戻ります。

 ホームに入って来たのは、赤と青の新旧新潟色のキハ47コンビでした。磐越西線には片引戸のキハ48は確か入らないので、多分これが来るだろなとは思ってました。いつの間にかホームは下校の高校生などで一杯になっていました。

 ちょうど私が座る車両中央の場所にサボ受けがあるので、座ろうとした時に、サボ入れのために、窓を開けて落とし込んでいました。国鉄型一般気動車ならではの光景ですね。

 乗客もだいたい乗って、あと数分で出発です。まだ尾灯が点いたまま。運転士は乗ってたはずですが。

 列車は小雨の降りだした新潟平野をゆっくりと走ります。快速あがのとは走りの差を付けてるのか、老体をいたわるようにしているのかは分かりません。

 新関と北五泉で30人近くが降り、五泉でごっそり降りて、車内は半分程度まで空きました。お約束のショットということで。更に猿和田・馬下でほとんど車内は空いてしまいます。

 五泉を出てSL撮影でも有名な鉄橋を渡ります。
 既に在来車の3連・4連運用が置き換えられてしまったので、ここで在来車を撮ることは無いかも知れません。

 途中の津川で7分間の小休止があり、最後まで残っていた高校生は全員降りて、車内は旅人が数人と老人2人だけとなります。
 外は雪ではなくて雨。こんな山間部まで来て、全く雪がありません。雪見列車の旅を期待していたのに。
 結局車窓に雪が見えたのは福島県に入った徳沢あたりでしたが、野沢に着くころにはもう雪は消えていました。異常です。

 新津車のいいところは、座席のモケットが国鉄時代から変わらぬ青色モケットであることで、これだけでも国鉄時代の汽車旅の雰囲気を味わえます。もう少し車内を撮りたかったのですが、のぼせた乗り鉄の兄ちゃんがうろうろしてて目障りなので、これだけにしています。まぁ去年も撮ってるからね。

 喜多方に到着。割と乗ってくるかなと思いきや、2・3人しか乗ってきませんでした。
 この列車は1日に5本しかない、喜多方~会津若松間の全駅停車の便で、途中の小駅の停車も味わえます。

 19:00 定刻に会津若松に到着しました。
 すぐに尾灯を付けて折返しの向きにしてますが、発車まで42分もあるのに。

 この列車は折返し19:42発の野沢行きとなって下って行き、また会津若松に2時間ほどで戻ってきます。
 3月改正で全て置き換わってしまえば、この乗車で最後になるかも知れません。

 .只見線も乗り&録りする
 会津若松に19時ちょうどに着いたのですが、まだ宿に行くには勿体ないですから、その時間を使って、只見線の列車に乗ることにします。
 昼間は何時間も列車の間隔が開くのですが、夕方以降は2時間毎ぐらいに列車があります。
 時刻表を見ると会津若松を出た列車が、ちょうど会津坂下で交換するダイヤのパターンなので、そこで折り返すべく、只見線のホームに行きます。

 3番線のホームには4連のキハ40が停まっていました。行き先表示は会津川口。
 尾灯が点いてますが、こちら側が先頭です。出発まではまだ40分近くあるので、改札の外に出ます。

 駅弁はもうなくなっていたので、駅南側のスーパーで弁当を買って車内でいただきます。誰も乗っていない4両目を占領してましたが、弁当を食べ終わった頃に1人乗ってきました。
 列車は郡山からの接続列車が遅れたため、4分遅れで出発しました。これでは会津坂下での交換時間3分を利用した折り返しが出来なくなってしまいました。

 ということで、1駅手前の若宮駅で下車、な~んにもない駅です。もちろん初下車。
 10分後にやってきた会津若松行きに乗って、また会津若松に戻りました。

 会津若松に到着すると、隣のホームにもう1編成の東北地域色のキハ40が停まっていて、「野沢」の行先表示が出ています。喜多方までの間合い運用は知っていましたが、野沢まで入るとは知りませんでした。

 跨線橋を上がって、上から2編成の並びを撮ります。
 これも3月の改正までなのでしょうか? もしかしたら、キハE120の転属準備期間のため、運用開始がもう少し遅れるかも知れないという期待を込めて駅を出て滞泊地へ。


 翌朝5時半に滞泊地を出て、6時発の会津川口行きに乗って、途中の会津本郷で下車しました。
 ここで下車するには理由があります。

 そうです、会津坂下で交換して上ってくる4連気動車を撮るためです。
 昨日の晩、19時台に若宮まで乗った会津川口行きが、翌朝会津若松に戻ってきます。これは平日限定で4両編成になるので、壮観な姿を撮りたかったのですが、冬場で夜明けが遅く、画質も荒いものになってしまったため、リベンジしたいところです。

 撮影後は7時台の会津川口行きにまた乗って、会津坂下で交換するパターンになりますが、これも大事を取って、手前の駅、今度は2駅手前の新鶴駅で下車します。

 新鶴は若宮と違って、駅の近くに郵便局があったりして、少しは人も居そうな雰囲気でしたが、婆さんが1人いただけでした。
 折り返し列車の乗車間際になって女学生が来たので、お約束ショット(非公開)を撮って列車に乗り込みます。

 その女学生もすぐに2駅先の会津高田で下車し、西若松でも下車の方が多くて、会津若松に着いた時は数人しか乗っていませんでした。そしてこの列車も磐越西線の間合い運用として、9:53発の喜多方行きになるので、一旦改札の外に出て朝食を調達してから車内に戻ります。

 9:53 喜多方行きに乗って会津若松を出たとたんに、嫌な光景が目に飛び込んできました。
 キハE120の2連、「試運転」の表示です。 これはダイヤ改正当日から置き換わることを示していると思われます。

 30分弱で喜多方に到着しました。これで会津若松区のキハ40にも今回が乗り収めになる可能性が出てきました。

 10分後にやってくる新潟発会津若松行きの、快速〔あがの〕に乗って、会津若松にとんぼ帰りです。このキハ110も磐越西線からは押し出されるので、どこへ転属するのでしょうかね。

 .ぐるっと遠回りで東京へ
 これで会津若松界隈で、只見線や磐越西線のキハ40に乗って録ってした朝業も終わりました。天気予報も良くないため、会津の地はこれで離れます。会津だけでなく東北地方自体が今日も明日も予報が悪いため、今日中に関東に戻って、明日は18きっぷ5日目の最終日で適当に過ごすことに。

 11:08会津若松発の郡山行き快速に乗ります。会津盆地は全く雪が無かったのですが、磐梯町を過ぎた辺りからようやく雪景色になってきました。それもそのはず、磐越西線内では新潟・福島の県境の山間地よりも、磐梯町~猪苗代の方が標高が高く、更にその先の中山峠が最大のサミットになるためです。
 そのため、東日本大震災後の燃料輸送列車も、会津若松から郡山までの間の勾配で雪の中で失速して立ち往生という事がありました。

 1時間ほどで郡山に到着します。
 郡山ではかなりの本降りの雨になっていて、一応駅前には出たものの、何もすることなく駅に戻りました。
 うわぁ、東北本線のホームは列車までまだ時間があるというのに、もう並んでます。そして折り返しの新白河からの電車が到着して椅子取りゲームが展開されています。

 さて郡山から東京方面へ戻る方法ですが。
  ①東北新幹線経由
  ②東北本線経由
  ③水郡線・常磐線経由(災害による不通区間・バス代行あり)
  ④磐越東線・常磐線経由
の4つの選択肢がありますが、さてどれを選ぶでしょう?

 答えはコレです。①は余分な出費が要るのと、特に急いでいないので必要ない。 ②は地獄の東北本線の最も嫌いな区間だから乗りたくない。 ③は災害バス代行で乗り継ぎが悪い。 以上のことから④の磐越東線経由で帰ることとしました。

 ワンマン運転のキハ111+112の2両編成なので、後ろの車両に乗れば、ドアが開く事もなく、ポカポカの暖かい至福の汽車旅もどきを味わえると思います。
 この時間帯なのに高校生などが結構乗り込んできて、意外と混雑した中発車します。

 4分ほどで阿武隈川の鉄橋を渡ります。5年ほど前にここの河原で撮影したことがありますが、今日は意外にも雪で白くなっています。この先も要田辺りにかけて車窓が白いので、会津が全く雪がないのに、中通りが雪景色という逆転現象のような感覚です。
 車内はポカポカを通り越して、赤ら顔になるほど暖かい車内で、お昼も食べた後だし、乗ってる高校生はどこかの部活の野郎ばっかりだし、強烈な睡魔が襲ってきます。
 小野新町まで結局高校生たちは乗っていて、車内は混んでいましたが、そこでごっそり降りて、車内はだいぶ空きましたが、これといった風光明媚な景色も展開せず(冬以外なら多分良さげ)、ぼーっとしたままいきなり市街地が車窓に展開して終点のいわきに到着です。

 終点のいわき駅に着きました。
 前回いわきに来た時は、春先で明るかったので、駅前に出て、ミスドで時間を潰しながらJ〇ウォッチングしたりしてたのですが、冬場の東北で15時だと結構暗いので、もう東京方面に戻ることにしました。

 ホームで待っていたのは走ルンですの初期のボロ電・しかもシーメンス機器を外された何の面白みもない車両でしたが、次の列車が短い5両編成なので、10両だから空いているだろということで、この電車で勝田でE531系の上野行きに乗り継ぎ東京まで戻りました。
 東京では翌日残念ながら体調を崩しそうになったので、大事を取って何もせず東海道を下って帰るだけの最終日となりましたが結局風邪をひくこともなく、あのまま朝から撮影してたら良かったかなと杞憂に終わりました。

 以上でこの冬休み期間中は青春18きっぷは1枚使っただけで、大した撮影もする事なく、過ぎていきました。天候に恵まれないことも要因で、会津地方については3月の改正までにリベンジしたいので、再度の東北遠征を計画しております。
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ババヘラ も楽しんでおこう

2019-10-01 |  出撃 at 東北地方
 秋田県を中心に一部は青森県や山形県内でも販売している国道脇のアイス売りのパラソル。主に農家のおばさんなどが売っていることから、付いた呼び名が「ババヘラ」
 私も1990年代から何度か秋田県にはくるまでをしゅつげきしておりますが、大概が非常にタイトな行程で、道端に車を停めて、道端に車を停めてアイスなんて余裕は無かったのですが、ようやくよゆうが出てきたというか、撮るものがほとんど無くなってきている現れかもしれません。

 今回はきらきらうえつを小砂川-上浜間で撮影し、酒田方面に戻る途中で有名撮影ポイントの駐車帯にちょうど見つけましたので、買ってみることにします。

 9月後半なのに30度を超える暑さの中、ひたすらお客さんを待つおばさん。本でも読んで気長に待ってられるんでしょうか?携帯の電波とバッテリーがあれば、家でゴロゴロしてるよりは有効活用できるかも知れません。

 それでは1つたのんでみます。値段も200円と手頃です。

 やったー薔薇花に盛ったババヘラ!
 ソフトクリームのコーンにシャーベットをヘラで盛り付けるスタイルで、アイスクリームだとどうしても早く溶けてしまうんでしょうね。
 ということで、発見から実に四半世紀ぐらいの時を経て、ようやく食したババヘラですが、高齢化とともに成り手が減って、以前の頃の半分かそれ以下に減っているので、この昭和チックな風景も見納めにならないうちに体験しておいた方がいいと思います。
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さよなら きらきらうえつ

2019-09-24 |  出撃 at 東北地方
 先週の東北のキハ40系夏季お別れ乗車に続いて、9月末で運行を終える新潟の485系の生き残り車両である「きらきらうえつ号」の撮影に行くことにしました。
 きらきらうえつ号は既に数年前に急行〔きたぐに〕のお別れ乗車に続いて、新潟から乗り継いで乗車しました。ちょうどその日に新潟駅ホームで「よろしく、きらきらうえつ」みたいなセレモニーをしていたので、相当前の話ですが。
 既に青春18きっぷの利用期間は過ぎているので、というか最初からそのつもりでしたが自動車での出撃として、2泊3日の行程で新潟~山形の海岸線へ出向きます。

 .只見線のキハ40系も合わせて撮る
 名古屋起点で自動車を1日走らせて、新潟に夜着いたのですが、きらきらうえつは朝9時過ぎに新潟を出るので、それまでの間に何か別の撮影を入れることにします。既に8月頭に羽越本線の気動車はある程度撮ってることから、磐越西線や只見線の列車を撮ろうということで、車はそのまま国道49号に入り、会津坂下に夜半に到着。朝ロケをして何処かで只見線だけ撮って新潟県に戻ります。

 結局以前来たことがある会津高田ー根岸の直線で2本撮って終わり。
 6時台に上下列車が通ると、その次を撮っていたら間に合わないので、2本だけで切り上げます。
 会津坂下を7時に出て、2時間半ほど走って村上に到着。撮影地の選定に入ります。

 光線の関係で海を入れて下り列車を撮るのは、この時間帯では難しいので、サイドから撮れる今川の畑の俯瞰場所から撮りました。
 この場所も草木が相当生い茂ってしまっており、以前いなほを撮った時のようにとても7両までは入らなくなっていますが、4両編成なら何とか収まります。

 撮影後は庄内平野まで繰りだし、上りの普通列車が来るまで時間があるので鶴岡市内までやって来ましたが、観光するには時間が足りないので、羽前大山の直線撮影地に向かいます。
 鶴岡の駅付近は電柱が無く、スッキリした街の風景でした。鶴岡・酒田ともにじっくり観光で回ってみたい場所ですが、いつになることやら。

 羽前大山-羽前水沢の田んぼに寄って、ここで上り普通と貨物列車の2本を撮って撤収。
 ちょうど稲刈りが始まっていて、農作業の邪魔になるので、長居はできません。また海辺の区間に戻ります。

 今川の海岸に戻ってきました。
 さて順当に山肌に登って撮ろうか、それとも少し小細工をしてから登ろうか迷いましたが、結局他の撮影者の邪魔になるので小細工はせずに、順当に山に登ることにしました。

 山の上からは海岸を横に入れたロングの画面と、岩に望遠で寄って撮るアップの2アングルが撮れます。
 そして待つこと約2時間

 日が傾いてエロ光気味になった光線を浴びて、きらきらうえつがやってきました。
 晴れで撮れるのも、もう残り少ない状況です。
 日が高い時間帯とは海の色も空の色も全く違います。

 いっぱいにズームを引いての構図。
 下に少し電柱などが被るので、完全に一杯引くと少しうるさいかも知れません。
 これでこの名勝での撮影は終えました。

 山から下りてきて、少し佇むと、美しい日本海の日の入りが見られました。
 9月下旬に晴れていれば、きらきらうえつの車内から、こういう光景が見られるかも知れません。
 今夜は新潟市内で一っ風呂浴びて滞泊。

 .酒田以北でも撮影する
 今週末のきらきらうえつの運行は数少ない酒田以北への延長運転となるため、現地2日目は、酒田以北で1発狙うことにします。
 朝1で磐越西線の猿和田付近の田んぼで撮ったのですが雲が出て撃沈、すぐに羽越本線に向かいます。
 今日はトライアスロンの大会が開かれており、村上-越後寒川間の国道345号が通行禁止になるため、そこでの車による移動で撮影は出来ません。そのために朝の上り1本だけ撮ることにします。

 やってきたのは笹川流れのS字俯瞰場所。
 ここで上りの4連普通を録ります。通行止めの時間まで間もないので急いで車を出して酒田方面へ向かいます。

 酒田以北で海をバックに撮る場所は、午後はあまり光線が良くないので、下り列車を追い撮りの1本だけにとどめます。

 やってきたのは小砂川-上浜のS字南側。
 ここは12時台後半なので、追い撮りながらも何とか順光で海バックで捉えることができました。
 誰か来るかと思いましたがここで撮影したのは私1人だけでした。ここから北側にある、陸橋脇から撮る場所には数名が出ていたようですが、そこだと正面が影になるのでこちらで正解ではないでしょうが?
 もう海バックで順光で撮れる場所はなく、海サイドで釜磯の海岸がありますが、そこで撮るとなると、帰りが大変遅くなってしまうので、また新潟県内まで戻ることにしました。

 昨日同様に庄内平野の区間で上りの普通気動車を撮ることにして、羽前水沢の南側の築堤を上っていく列車を撮ることに。たわわに実った庄内米の稲穂を入れて、秋らしさを演出しています。
 国道345区間に入って、越後寒川に到着。
 先に昨日の蓬莱山付近で気動車を2発撮って、その後越後寒川駅の北側の海岸にきました。

 ここで今回最後となる撮影でしたが、本命のきらきらうえつの撮影ではメイン機材で録画トラブルがあって、撮れておらず痛恨の撮影失敗に終わりました。こちらは海岸に立てっ放しにしておいたサブカメラの画像です。
 そのため次の普通列車まで撮って今回の撮影終了。最後ちょっと心残りになった撮影でした。

 帰りは延々と信州中野まで下道、途中の信州中野からは尾張一宮まで高速で飛ばして、結局朝4時頃帰宅しました。あぁ疲れた。でも2日とも快晴で撮れて最高に景色が良かったので満足です。

    さようなら きらきらうえつ

 なお、きらきらうえつはさよなら運転のため、いろいろと走行区間を変えて年末まで走るそうです。


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東北の国鉄気動車 最後の夏旅 その4

2019-09-16 |  出撃 at 東北地方
 東北遠征4日目の前半は朝から男鹿線を往復して、キハ40系とEV-E801系にも乗りましたが、明日の帰路へ向けて、ある程度戻っておく必要があります。
 本日後半の行程は、秋田12:08→13:56酒田14:33→18:47新津19:19→19:39新潟20:07→22:51会津若松 で、会津若松で滞泊とし、明日の最終日は会津若松からの延々帰路になります。

 .再び羽越本線の気動車旅
 秋田を12:08発の羽越本線上りの酒田行き普通電車で上ります。701系なので写真は省略。

 酒田に到着したところ、何やら見慣れぬ車両が。車体側面には「海里」と書かれています。
 どうやらこれが10月にデビューする、きらきらうえつの後継車両のようです。ハイブリッド車両なので、非電化区間にも乗り入れできる便利物ですが、JR東日本独特の何となく窓に色が付いてるような感じで、こんな色付きの窓で日本海なんか見ても感動しないのでは?と疑念が。デビュー前なので窓に保護シートが貼っていて、それの色が出てるだけで、実際には透明ガラス窓であればいいのですが。

 酒田駅0番線ホームに移動します。
 既に14:33発の828Dが停まっており、乗客を待っていましたが、まだ出発30分前なので、誰もお客は乗っていませんでした。
 その後列車は2割ほどの乗客を乗せて酒田を発車し、庄内平野を走りだします。
 この列車は、14時台ということで、高校生の下校時刻にしては早いため、18きっぷや週末パスの旅行客がいなければ、村上まではガラガラで走ると思われます。新津まで通しで走るので、乗り換えなしの便利な列車です。

 列車は淡々と羽越本線を上ってきます。
 途中の鶴岡で下りの貨物列車との交換待ちが遅れた以外は、退避など全くせずにやってきたのですが、ようやく村上の1駅手前の間島で上り貨物列車に道を譲るために11分間停車します。

 そして次の村上駅で待望?の下校輸送に突入し、車内に一気に高校生が流れ込んできます。
 キハ47の2両編成では裁けるのかなというとこですが、村上から先は何本も電車があるので、いいでしょう。

 村上で大量に乗せた高校生も1駅1駅で降りてゆき、徐々に車内は空いてゆきました。
 途中の中条で12分停車で上り特急いなほの退避をします。

 17:53 新発田に到着。ここで20分間の停車をします。
 新発田から先はまた単線になるのと、新潟からの白新線との接続待ちのための時間調整です。ここで新発田からの下校生を乗せて、また嬉しい(場所によっては鬱陶しい)混雑で出発、中浦・月岡とポツポツと下ろしてゆき、途中の水原でほぼ高校生はいなくなりました。

 18:47 定刻に終点の新津に到着。
 終着ということで、少し余韻を楽しめるかなと思いきや、ホームには大勢の乗客がまっており、私達の下車と入れ替えに、どっと乗り込んでいきました。列車はそのまま18:55発の津川行きの列車として運用されるようです。
 私は一旦新潟に行って駅弁を買って、新潟20:07発の最終の会津若松行きに乗ります。
 会社員の帰宅列車で混雑していたため、写真は省略。
 途中の五泉を過ぎると5両編成の列車はガラガラになり、会津若松までの夜汽車旅になります。

 22:51 会津若松に到着。このキハ110・120も置き換えでどこかに転属になるものと思われます。磐越西線内では最後の夏になるかも。
 明日は朝が少し遅いので、ゆっくりできます。

 .磐越西線のキハ47お別れ乗車
 東北遠征最終日となる8/30は、会津若松から新津までキハ40系に乗車して、あとはひたすら信越線・長野・松本・名古屋経由で帰宅の途につきます。

 朝7時半の会津若松駅は、東北色のキハ40がホームを埋めて嬉しい光景です。
 右側は喜多方行きとの事で、只見線用の車両が磐越西線で間合い運用されているんですね。これも必撮です。

 右側の喜多方行きが発車してゆくと展開した光景がこれ。4連のキハ40は壮観です。
 一番奥の1両を切り落として、3両編成で会津川口行きで発車してゆきました。

 8:04 津川発の222Dが到着。この列車が10分の折り返しで、新津行きとなります。
 ホーム上には高校生らが、こんな時間から通学で間に合うの?喜多方到着は8:30なので、駅近くなら大丈夫か。

 しかし、喜多方でも彼らは降りません、一体どこまで乗るの?
 それどころか、喜多方からも追加で高校生が乗り込んできます。どういうこと?

 答えは次の山都駅でした。
 8:42 山都に到着すると、乗っていた高校生が全員下車。こんな所に高校があるのか?

 調べてみると駅から西へ1キロ程の所に県立の農業高校があるようです。
 山都駅が1日で唯一賑わう時間です。学校の始業時刻も汽車の時間に合わせて9時からなのでしょうか。
 山都で車内はガラガラになります。私が乗っていた1両目は乗客3名のみに。

 列車は雨の阿賀野ラインを下って行き、福島県の西の端の町、西会津町にある野沢駅で25分間のバカ停をします。
 雨も強くなってきて、一応改札を出てみましたが、飲料の自販機以外に何もなく、列車に戻って出発を待ちます。

 列車は福島県から新潟県の県境を越え、車窓には阿賀野川の景観が・・・今日は雨、しかも濁流です。
 途中の津川から喧しい関東弁の夫婦が私の向かい側のボックスに座ったので辟易して席を移動。
 更に猿和田からは、日本語を喋らない若い女性たちが大量に乗り込んできて、ここは東南アジア?と思わんばかり、そういうえば、JR東海所属だったキハ48がミャンマーに譲渡されて、こんな光景なんだろかなと思っているうちに次の五泉に到着し、ここからは新潟方面に向かう客が沢山乗り込んできます。
 午後の講義からの大学生や買い物か所用で新潟へ向かうおばさんなど多数で意外と乗車率は高いまま終着新津へ。

 11:33 列車は定刻に終着の新津に到着。新潟方面に向かう乗客はそそくさと4番線に停車中の電車に乗り換えていき、ホームはすぐに静かになりました。
 お別れ旅の余韻を楽しむため、1本電車を遅らせてホーム上で佇み、次の新潟行きの電車に乗るためホームを移動します。
 これで置き換えが進むと磐越西線のキハ40系は乗り収めとなります。もう1度ぐらいチャンスはあるかな?


 なお帰路は飯山線の列車の時間が不便なため、直江津から1,500円出して第3セクター経由で長野へ、あとは中央西線経由のいつも通りのルートで帰宅です。


 これで4泊5日の東北乗り鉄旅行が終わりました。今回使用したのはこの18きっぷ1枚と、第三セクター区間に加えて、松本→長野・木曽福島→中津川の区間で特急しなのを使ったので、その分の乗車券・自由席特急券と、交通費は全部合わせても2万円はいかないと思います。
 この夏は列車旅をしたのは結局この1回だけで、当然青春18きっぷも1枚しか使わずに終えました。一番の使い時にたったの1枚しか使わないなんて・・・
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東北の国鉄気動車 最後の夏旅 その3

2019-09-14 |  出撃 at 東北地方
 昨日は五能線の復路に乗って途中大雨による抑止などにも遭いましたが、結局秋田に着いた時点で雨は止んでおり、幸い傘を出すこともなくて済みました。
 4日目は男鹿線と羽越本線の上りに乗って、その後は磐越西線の最終で一気に会津若松まで行く行程です。

 .男鹿線の気動車に乗る
 男鹿線の気動車は何年か前に乗って以来、ロケ鉄ばかりだったので、今回久しぶりに乗ることにしました。朝は4両編成(1本だけ5両編成もある)なので、その列車に乗れば、朝の通勤通学風景が楽しめそうです。
 そのため、朝4時半起きで秋田駅に向かいます。

 秋田5:37発の一番列車に乗車。
 上り秋田行きの送り込みを兼ねるため、乗客数に不釣り合いな4両編成で男鹿まで走ります。両端2両はロングなので、中間の車両に乗ります。
 朝5時台の始発とあって、乗客などほとんどいないと思いきや、両端のロングシート車両こそ数名ずつ(これも驚き)だが、中間の2両は全ボックス全てに乗客が座るなど、意外に乗っています。
 秋田の次の土崎からも乗車があり、両端のロングシート車もそこそこ乗っている状況。この人たちは何処へ?
 そう思っているうちに、奥羽本線区間の最後の駅である追分で大多数が降りていきました。追分といえば、昨夏に一世を風靡した、金足農業高校の最寄り駅。他に秋田西高校と2校あり、追分までならこの汽車に乗らなくても奥羽本線の電車で十分事足りるのですが、朝練か何かでしょうか。

 列車は追分を出ると1キロ程奥羽本線と並走した後、90度近いカーブを描いて西北西に進路を取ります。
 途中の小駅で1人2人と高校生を拾って行くので、男鹿方面にも高校があるようです。昔なら当たり前ですが、統廃合が進んで、末端駅周辺の高校が消える事も珍しくない時代ですから。

 途中の天王を出ると、男鹿線随一の長い鉄橋で八郎潟を渡ります。ここ3年間に3度も撮影に来ている定番撮影地ですが、今回は車内から見ます。下り列車ということか、撮影者は誰もいませんでした。
 列車は次の船越に停車し、多分下り列車では最大の乗客である高校生を10名近く乗せていきます。ほとんどが女子高生で、最大の目の保養、しかも私のボックスの近くに座った娘らはより可愛くて、早起きの眠気も吹っ飛ぶ幸せ感。ええでええで。

 途中の脇本で上り列車と交換のために為に退避待ちをします。
 さすがに秋田方面への乗客は多いですね。

 6:33 男鹿に到着。
 女子高生たちと一緒に降りて、♪高校生気分・・・とはいかないか。
 
 男鹿駅では20分の折り返し時間があり、乗客は一旦全員下車にしてドアも閉めます。
 そのため一旦改札外に出なければなりません。

 男鹿駅で降りた高校生たちは2手に分かれて、真っ直ぐ直進(写真手前側方向)の徒歩組とすぐ右手(写真の左側)にあるバス停に横付けしたバスに乗ってすぐに消えてしまい、駅前はすぐに静かになりました。
 前回来た時は、まだ古い駅舎でしたが、電車の運転開始に合わせて、駅舎も移転し新しいものになりました。

 新しい駅舎の2階に上がると展望デッキがあり、そこから駅に停まる列車や、駅前の様子を見下ろすことができます。
 こんな平日の朝早くに展望台に誰もいないだろうと思いきや、隅っこで高校生のカップルが朝から何やらしておりました。おいおいさっさと学校行けよw

 改札が始まって、再び同じ列車に乗って秋田に戻ります。
 写真の右側が旧駅舎です。
 昔初めて男鹿に来た時は14系客車の夜行急行で、ホームから溢れて停まったものですが、もうそんな長い編成は来ないでしょうね。

 上りの秋田行きは、今度は二田で下りの男鹿行きと交換します。
 男鹿方面行きにも幾分かの高校生第2弾がおります。
 だんだん秋田方向へ進むにつれ乗客が増えていき、私が動画撮影をしているのを見て座るのを遠慮していた、私のボックスにもオバさんが座って満席になりました。

 8:03 秋田以南で発せられた防護無線をキャッチしたため、秋田駅の手前で列車が緊急停車し、列車は4分遅れて終点秋田に到着。
 既に乗客の3割近くが1駅手前の土崎で下車しており、少し空いた車内でした。
 これで男鹿線のキハ40系お別れ旅が終わりました。

 .男鹿線唯一の電車にも乗る
 東日本版“デンチャ”として昨年から1編成が実用稼働している、EV-E801系が男鹿線でひっそり走っており、まだ少し時間があるのでこれに乗ってみることにします。
 秋田から再び男鹿線の気動車に乗って男鹿方面へ行き、途中の出戸浜で下車し、二田で交換して上ってくる電車を待ちます。

 10:54 男鹿からやってきた秋田行きのバッテリー電車に乗ります。
 運転席上の額縁といい、前面の色が白なら完全に見た目はJR九州の車両です。

 運転室の部分はユニット式で、まるまるJR九州のデザインそのものです。
 JR東日本エリアでこの九州式デザインが見られるのは、この車両だけ。

 車内のようす。
 窓のデザインは、東日本標準の走ルンですっぽいですが、座席については819系に似た感じのものになっています。

 3たび秋田駅に到着。
 EV-E801系の2両編成は秋田寄りと男鹿寄りで車両の色が青と赤の異なった2色の編成となっています。
 このEV-E801系は、これ以上増えないのでしょうか? と思いつつ、羽越本線の上り列車に乗って秋田を後にしました。
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東北の国鉄気動車 最後の夏旅 その2

2019-09-11 |  出撃 at 東北地方
 前回の記事は青森に行く所までの道中を掲載しましたが、続編となるその2では青森からの折り返しとして、昨日まで来たルートを帰って行く行程について記したいと思います。

 .1日がかりで秋田までの道のり
 昨日は朝4時起きで、新潟を5時前に出る電車でスタートして、7本の列車を乗り継いで青森まで到達したのですが、今日は夕方に秋田に着いて滞在するする行程で、秋田から先は明日の移動になります。

 弘前での宿泊予定場所があまり良い環境でないらしいとの情報だったので泊まるのをやめて、PC作業もあったため、急きょ青森市内で滞泊として、青森山田高校近くのネットカフェに泊まって(PC作業に埋没して4時間位しか寝てません)朝も少々寝坊して7時半に出発。青森市バスに乗るのは22年ぶり。
 この青森山田高校のある場所が青森駅からはかなり遠く、昨夜は青い森鉄道の駅から歩いて来たのですが、久しぶりのこともあるので市バスに乗ってみたのですが、朝の渋滞時間で青森駅に着いたら8時を回っていて、時刻表を見たらちょうど弘前方面行きの列車が出たばかりで、次の列車は9時台後半まで2時間近く列車はありません。何と不便なダイヤだこと。

 そのため今日も五能線の列車は弘前からでなく、川部から乗ることになりました。まぁ純粋に五能線区間だけを乗る形ではありますが。
 天気予報では曇りのち雨だったのですが、青森駅で待っている頃から意外と晴れてきました。いい感じです。

 川部で7分接続で五能線の気動車に乗ります。
 1分前に弘前から着いたばかりで、午前10時台とあって、2両編成の列車はガラガラでしたが、私達青森からの乗り換え客がぞろぞろ乗ってきて半分強ボックスが埋まりました。

 川部を出た列車はしばらくの間、りんご畑の中を快走します。
 所々に色づいた実を見ることができ、津軽の旅の醍醐味が感じられます。
 列車は途中の五所川原で乗客の大半を下ろして、またガラガラで鯵ヶ沢方面へ進みます。

 鯵ヶ沢に到着。ここで下りの〔リゾートしらかみ1号〕との交換待ちでしばらく停車します。
 青森からの同じ列車を乗り継いできた白人夫婦らしきバックパッカーもここで降りていきました。

 列車は終着の深浦へ向けて出発するのですが、1両目には老人が数人、2両目には私となぜか片田舎の汽車には不似合いと言ったら語弊がありますが若くてしかも美人のお姉ちゃんが1人の計2人だけ。このお姉ちゃんも途中の北金ヶ沢で降りて、迎えに来ていた漁師風の彼氏?と2人で街中に消えていきました。

 ということで、2両目は完全に私1人のための貸切列車になりました。(写真はそのお姉ちゃんが乗ってる状態)
 これで深浦までこの列車を独り占めできる!(内心は2人っきりの方がいいのですが)と思ったのも束の間、その先の千畳敷でホーム上に大量の乗客が、しかも原色系の派手な服を着て、角刈り頭も・・・もう乗客が日本人でないのは丸わかりです。予想どうり車内は一瞬にして座席の取り合いと、騒々しい状態で深浦まで見舞われることに。

 千畳敷を出たところ。
 車窓とは裏腹に車内は最果ての寂れた感などありません。一応昨日それを体験しておいて良かったです。

 列車は天気予報どおりにポツポツ降り出した小雨の中、深浦に到着。交換待ちをしていた下り列車が発車していきます。
 大量に列車から掃き出された騒々しい団体客らは、駅前に待機していた観光バスに早々に吸い込まれていきました。
 そして駅に静寂と雨音だけが響く時間が過ぎていきます。

 .最果てのローカル列車が単行でないワケ
 昨日と同じく深浦で列車番号が変わり、同じ車両ですが別の列車として仕立てるため、深浦で1時間半近く改札外で待って再び列車に乗り込みます。
 昨日は夕暮れの景色を撮ったり時間が過ぎたのですが、今日は生憎の雨模様になったため、もう駅の外には出ずに駅の中で過ごします。
 駅の中は昼間の駅員がいる時間帯なので、テレビが掛かっているのと、若くてかわいい観光案内所兼売店のお姉さんをデレデレ見てるだけで時間を潰せるかと思ったらそうでもなかったです。なお観光案内所のお姉さんはいつも同じ人がいるとは限らないので、この記事を見て期待して行ったのに別の人だったりしても保証はしかねます。

 さて東能代行きの列車は先ほどの鯵ヶ沢出発時よりも、更に少ない乗客3人のみで深浦を出発しました。
 いくら最果てのとはいえ、まだ夏休み中の大学生とかが乗っていてもおかしくないと思うのですが、そんな素振りもなく、2両目は私1人だけで東能代を目指します。
 静かな本州最果ての旅を楽しもうとボックスに腰を下ろしてものぐさに車窓を眺める至福の時間が過ぎようとしていました。

 ところが、深浦から2駅目となる艫作に着いた時に、ホーム上にまた大勢の乗客が。
 こんな観光地でも何でもない無人駅から何で大量に乗客が乗り込んでくるんだ?

 とにかく生憎の雨の中、ホームで並んでご苦労さんなことですが、車内は一気に全ボックスどころか、ロングシートまで埋まりました。
 次のウェスパ椿山からも中国語を話すグループが乗り込んできて、私の座っていた車両中央のボックスを境に、後ろ側が関西弁、前側が関東弁、車端部に中国語とそれぞれのエリアから別々の言葉が聞こえてきました。

 雨足が更に激しくなり、叩き付けると言うより滝のような雨になり、遂に松神で雨量が規制値を超えたとして抑止が掛かって運転見合わせになってしまいました。
 こんな何もない駅で抑止とかどうすんの?という状態でしたが、15分ほど止まった後に最徐行で運転再開となり、時速20キロ程度でノロノロ動かします。

 列車は20分遅れで岩館に到着。反対列車の下り〔五能線クルージングトレイン〕が更に遅れていたため、27分遅れの16時に出発したのですが、どこトレを見ていると、交換した下り列車は岩館に釘付けのまま、「大幅遅れ」の赤いマークになったまま動きませんでした。

 列車は徐行運転のまま走り出して、次のあきた白神駅に到着。
 ここで団体客が全て降りてゆき、車内はまたガラガラになりました。
 昔は昼間の県境越え区間などは1両の単行でも充分過ぎるほどだったのですが、こうやって途中区間だけ利用する団体ツアーが増えたため、2両或いは3両編成で走るのが今や日常となっているようです。団体ツアー客の付けているワッペンや添乗員の旗からすぐに阪急交通社と分かります。JRの増収のために阪急が協力して路線維持に一役買っているので、つべこべ言うな乞食18きっぱーというところでしょうか。
 大雨洪水警報が出て、下校風景も撮れないかと思ったのですが、能代から東能代へ向かう高校生は乗ってきたのですが、向能代・能代駅共に下り方向の乗客(生徒)の姿が見られません。警報が出たので親に迎えに来て貰ったのかなということを考えてるうちに終着の東能代に到着します。

 17:08 結局50分近く遅れて東能代に着きました。
 本来なら16:19に到着して、折り返し16:33発の深浦行きとして下るはずですが、どうなるのでしょう?

 到着した列車は折り返さずにしばらく停まったままでしたが、やがてサボが外され、ドアも閉められて、そのまま留置線に引き上げていきました。
 ホームの行き先表示も深浦の文字は消えて能代行のみの表示に変わりました。という事は、今日は能代から先は列車の運転は無いという事でしょうか?
 赤く「大幅遅れ」の表示になって岩館で停まったままの〔五能線クルージングトレイン〕は表示から消えていました。これは運転打ち切りという事でしょうか。結構乗客が乗っていたのですが、その人たちはどうしたのか気になるところ。
 私はまた明日が早朝の出発のため、滞泊地となる秋田へ向かいます。

明日は朝1番で男鹿線の列車に乗って、その後一気に新津まで上ります。 記事はその3に続きます。
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東北の国鉄気動車 最後の夏旅 その1

2019-09-09 |  出撃 at 東北地方
 JR東日本に残る国鉄型気動車のキハ40系の置き換えが発表され、その置き換えとなるGV-E400系の営業運転が磐越西線や羽越本線で8月19日から開始されました。
 今後順次新車に置き換えられると思いますが、順序としては2019年度に新津所属車を置き換え、次いで2020年度に秋田所属車を置き換えるようです。秋田車については全ての置き換えが済むのが2020年度末になれば、一部の列車はもう1回だけ夏を迎えられる可能性がありますが楽観はしない方が良いでしょう。
 ということで、8月上旬に全行程自動車で撮影にいったのですが、今回はお別れ乗車ということで、主な路線のキハ40系に乗ることにしました。
 例によって一眼レフは持ち出さず、ビデオカメラ・コンデジ、それに何かで活躍するかも知れない(結局ほとんど使いませんでしたが)新しいウェラブルカメラの3台を持って出掛けます。

 .いつもの中央西~飯山線ルートで移動
 今回は5日間で、そのほとんどを青春18きっぷで乗ることにして、鈍行列車で乗り継いで行きます。

 北陸本線を経由するルートが使えなくなってしまったため、名古屋以西から新潟方面に行くには中央西線・篠ノ井線経由で長野から飯山線か1500円出して妙高高原経由で行くしかありません。本当に不便になりましたが、頑張って移動します。
 今回は時間がなかったので、松本→長野間で特急を使ってワープして、飯山線経由の最終の越後川口行きに間に合わせます。

 長野から乗った飯山線の列車は、途中の戸狩野沢温泉止まりで乗り換えとなりますが、乗り換えた2両編成の気動車はほとんど空気を運んでいました。
 越後川口と長岡でそれぞれE129系2両編成に乗り継いで新潟に最終で着きます。

 翌朝新潟を4時台に出る村上行きの快速に乗ります。
 この列車は元々は新宿からの〔ムーンライトえちご〕だったのですが、夜行廃止後は新潟-村上間のみ生き残っていて、朝の上り列車としての送り込み回送の役目も果たしているのかも知れません。

 .第1任務の羽越本線下りに乗る

 村上からいよいよ目的の40系気動車に乗ります。
 なぜこの時間帯の一番列車に乗るのかというと、このまま下って行くと、夕方の五能線の列車に乗り継げることと、この列車では庄内地区で朝の登校時に掛かることと、夕方には五能線で下校時の時間帯になり、いずれも通学風景が期待できること、それも夏服で夏場の明るい時間帯ということで、絶対にこの乗り継ぎがベストと思います。

 列車は三面川の鉄橋を渡った後にトンネルとカーブを経て、一気に日本海側に出ます。
 車窓には日本海の青い海が広がり・・・というところですが、早朝で山影になるのと、朝の水蒸気ではっきりとした青い海は広がっていません。

 車両は元石巻線で走っていたキハ48の2連で、2+1の座席配列が特徴的です。
 新津寄りの車両が海側が1列席なので、眺望には最適です。

 列車は少し進んで、ようやく列車の影が出るほどに晴れてきました。
 今日の予報では北へ行くほど晴れ間が期待できるので、気分もどんどん晴れてくるでしょう。

 県境を超えて山形県内に入ってくると庄内地区の高校へ通う通学列車となり、車内は賑やかにという程ではありませんが、貴重な通学シーン1の幕開けです。

 山形県内に入って何駅かすると、日本海とはお別れして庄内平野に入ってきます。
 この列車での最も乗降客数が多い鶴岡駅で全部下車するのかと思ったら、鶴岡で入れ替えで結構乗ってきました。途中の藤島でほとんどが下車し、終着の酒田まで乗る高校生は数名だけでした。
 酒田まで通う高校生は村上始発の列車ではなく、途中の鼠ヶ関が始発となる列車があるので、それに乗ってくるものと思われます。

 8:16 定時に酒田に到着。
 2時間20分の旅が終わります。これで第1任務は終了。

 反対側のホームに回って回送シーンを撮ります。
 この車両は一旦引き上げて留置線に入るようで、10時台の上り列車の車両は別の編成が入るようです。

 .東能代までは糞電車の701系で移動

 酒田で1時間20分待ちで下りの秋田行きに接続します。酒田から北はJR東日本が誇る糞電車の701系地獄旅というところですが、
   1.景色が綺麗
   2.電車が空いている
   3.乗客の品がいい
ので、東北本線のような地獄感はありません。

 秋田に11時過ぎに到着。
 2時間程の待ち時間で再び701系に乗り継いで東能代へ向かいます。

 途中の東能代で下車して五能線に乗り換えになるのですが、東能代でも2時間近くの待ちがあるので、駅から少し歩いた所で五能線クルージングトレインを撮影。今回の旅の中での唯一の撮り鉄でした。

 駅へ戻って1時間ほど待って16時台になると帰宅風景が展開されます。
 16時台なので、部活に入ってないか、夏で引退した3年生だと思います。
 昔はこの中に藤色のスカートを履いた可愛い可愛い能代北高の女生徒がいたのですが、統廃合で廃校となり、全国的にも有名だった藤色のスカートは見られなくなりました。統廃合からだいぶ経ちますが。

 .第2任務の五能線に乗って夕陽を愉しむ

 こちらが本日の第2任務の五能線の列車で、途中の深浦で列車番号が変わりますが、この車両が長駆弘前まで走り通します。
 それではこの深浦行きに乗り込みます。

 始発の東能代から乗ってくる高校生は僅か数名で、メインは次の能代駅から乗ってきます。
 ホームには「バスケの町:能代」として、全国大会で何度も名を馳せる能代工業高校にあやかった町おこしでしょうか、ゴールポストが設置されています。

 能代で高校生を乗せた列車ですが、ここから先は下してゆくばかりかと思いきや、次の向能代駅でも数名の高校生を乗せていきます。
 駅の東側なのに能代西高校があって、そこの生徒さんでしょうか。

 列車は西日を浴びて北へ北へと進みます。
 たわわに実った田んぼの反射光がとっても美しい今の時期です。国鉄車両は窓に色が付いていないので、自然の景色をそのまま楽しめます。JR東の車両になると、色付きのガラスになるので、写真に撮ると緑色がかった写真になってしまいます。今のうちが最後の本当の車窓が楽しめる時です。

 列車は駅ごとにポツリポツリと下校の生徒を下ろしていきます。
 無人の小駅にエンジン音と女の子のバイバーイという声が響いて、静かに去っていきます。

 途中の八森駅で数名が下車して、車内はだいぶガラガラになってきましたが、まだ数名の生徒が乗っています。もうすぐ青森県に入るのですが、もしかしての越県通学でしょうか?

 秋田県最後の駅となる岩館に到着しました。下車客なし。という事は、降りずに残っている高校生は越県通学ということになります。
 ここでは上りの〔リゾートしらかみ4号〕と交換待ちのため、唯一ホームに下りられる駅です。

 岩館を出ると絶景地ポイントである大間越の鉄橋を徐行で通りながら岩場の風景を見下ろします。今月上旬にはあの岩場に下りて見上げるように撮影した場所です。

 越県通学で乗っていた高校生たちも陸奥岩崎と陸奥沢辺で全てが下りて、車内は私ともう1人の乗り鉄2名だけになりました。
 越県通学はこの辺りからぐるっと回って五所川原へ行くよりも、能代の方が圧倒的に近いので、行政区画に関わらずに通学できるのでしょう。実際の生活基盤に根ざした策と思います。
 途中のウェスパ椿山から中国人の若い女性とバックパッカーっぽい2人連れの3名が乗車して、そのまま深浦まで5人のみで走ります。

 夕日がいよいよ傾いて海に落ちそうな時間になり、五能線ならではの美しい車窓が展開します。
 定期列車でこの美しい海の夕日が見られるのは、残念ながら夏場だけとなります。

 そしてついに日の入りの時刻を迎えようとしています。
 海に夕陽が落ちる寸前の車窓を眺められて満足です。もう間もなく終着の深浦です。

 深浦に定時に到着。ホームの向かいには交換待ちえおしている〔リゾートしらかみ6号〕が、この列車到着を待って発車していきました。

 深浦に到着した列車はここで列車番号が変わるのですが、発車時刻まで1時間近くあるので、乗客は一旦全て下ろしてエンジンも止めてしまいました。寒い時期だとそのままかも知れません。
 列車を追い出されたので、駅前に出てみます。

 駅前から道路を挟んですぐに海になっていて、先ほど海に落ちた夕陽の光が美しいグラデーションとなって空を彩っていました。久しぶりに見る美しい海の夕焼けです。
 このまま時間が止まってほしいのですが、みるみる間に赤味が消えて夜の帳が下りて来ます。1分間とて同じ光景は続かないので、急いでシャッターを切る必要があります。

 さて夕陽を堪能して駅に戻ってきます。
 弘前からの上り列車が深浦に到着しました。今日はもう能代方面へ行く列車はありません。この列車は明朝の上り1番列車として東能代まで走ります。

 さて深浦から先は真っ暗な景色の中を走るので、車窓の画像はありません。
 車内はまるで空気を運んでいるが如くの状況で、ひなびた夜行列車の雰囲気が堪能できます。

 途中の五所川原で反対列車と交換待ちのため、かなり停車します。

 交換となる上り列車からは弘前方面からの通勤通学客がどっと降りてきます、また五所川原から鯵ヶ沢方面へ帰る人も乗り込むので、ここで入れ替えになります。
 下りの弘前行きにも野球バッグを持った部活に帰りの高校生や通勤者が幾分か乗せて出発。

 五所川原に次いで板柳でも上り列車と交換します。
 部活帰りの高校生たちも板柳まででほぼ降りて、上り列車との混雑の差を感じます。と言っても五能線の夜なんて混雑という程のものでもないですが。

 川部に到着。
 列車はここで進行方向を変えて弘前まで2駅走りますが、五能線区間の旅を終えたのと、急きょ滞泊場所を青森市内に変更したので、川部で下車して青森に向かいました。
 明日は天気予報でも雨予報なので、今日乗ってきたルートをそのまま折り返す予定です。
 その2へ続く

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40系気動車 最後?の夏 東北遠征

2019-08-08 |  出撃 at 東北地方
 いよいよ置き換えの動きが出てきたJR東日本所属のキハ40系気動車ですが、現在新津・会津若松・秋田の3か所に所属しており、今月まず新津所属の車両から新車導入の第1弾を投入し、徐々に置き換えていくという話です。
 車両数がそれなりにあるのと、会津若松所属の車両に触れた記事が見当たらなかったので、一部押し出されたキハ110系が転属するのかも知れません。いずれにせよ、最初に置き換えが始まる新津所属車にとっては最後の夏になる公算が高く、今まで何度か現地へ訪問していますが、昨年買った4Kビデオカメラや、まだ撮影していない場所での特撮をすべく、8月2~7日の日程で出撃することにしました。今回は全行程が自動車利用で、鉄道には乗りません。また撮影も基本的に動画のみになる予定なので、一眼レフも持ち出さず、動画系のカメラ3台+コンデジを持参します。


 .羽越本線の40系を撮る
 初日の8/2は丸々移動で、撮影を行うのは2日目である8/3からになります。
 村上側から徐々に北上していくスタイルで1日撮影し、夕方撮影が終われば移動して翌日の撮影に備えるものです。

 まずは村上-間島にて、海バックに走る110系気動車を撮影。
 新型車両に置き換えになった場合に、この車両まで押し出されて他区に転属という可能性もあるので、取り敢えず撮影。国鉄型ではないですが、ステンレス銀色じゃないので撮ります。

 次に来たのは前回も訪れた間島-越後早川間の小俯瞰で、こちらも海をバックに撮影ができます。
 40系の来るまでに貨物といなほもついでに撮影。

 3か所目は府屋駅の北側にある橋梁を渡る気動車を撮影。
 コンクリート橋で、上下線が離れているので、実質上り列車のみの撮影になります。
 これで午前中の撮影は終わり。午後は特撮メインで3か所ほどで撮って本日は終了。車を北へ走らせます。

 .五能線で追っかけ撮影
 五能線も何回か訪問してますが、今回が最後になるかも知れないので、既に訪問している定番ポイントの他に、今まで訪れていない場所も新規訪問してみることにしました。

 最初は能代-向能代にある米代川の鉄橋で、南側はトラスに隠れて撮れないので北側から撮るのですが、光線的に撮れる時期と時刻が限られるので、この機会にと訪れてみました。

 次に来たのはあきた白神-岩館間の鉄橋を国道から俯瞰するポイントで、今は駐車場も出来たので手軽に撮影できます。先ほど向能代で撮った2527Dを追い越して待ち受け撮影。
 更に追いかけます。

 つぎはぎ大定番ポイントである、深浦-広戸の岩場俯瞰場所。
 何度か来てる中でも最も天気が良いものとなりました。

 最後は新しいアングルで、陸奥柳田-陸奥赤石間にある鉄橋で、定番アングルは鉄橋脇のお墓から午後の上り列車を撮るのですが、まだ午前中なので鉄橋の南側から狙うことにしました。
 これでこの列車の追っかけ撮影は終わります。
 車を更に北へ走らせて今撮った列車が停まっている鯵ヶ沢駅を通り越して次のポイントへ。

 鯵ヶ沢駅で交換する上りの2826Dがやって来ました。
 おおぉ、オール国鉄色の3連です。こんどはこの列車を追いかけて能代方面に車を戻します。

 午前中にも来た陸奥柳田-陸奥赤石間の鉄橋で再度撮影。
 お墓脇のお立ち台に1人撮影者がいましたが、まだお昼前なのでそこからだと列車は影になるので、ここがベター。

 更に追いかけてきたのが、轟-風合瀬の駐車帯脇。
 ここは手軽に撮れるので、老夫婦などを入れて4人が撮影。深浦までにもう1か所追いかけられたのですが、広戸駅の南側のポイントでカメラの操作ミスで録画できていませんでした。

 その列車と深浦で交換して下ってくる列車を撮って移動。
 追っかけ対象の2826Dは深浦が終着で、1時間半後に列車番号も326Dと変えて東能代に向かうので、その時間を利用して深浦町内のマックスバリューで昼飯を買い込んでお昼休憩します。
 深浦以南は午後は光線が悪い場所がほとんどになるので、追っかけ撮影はせず、絶景ポイント1点に絞って撮影します。

 そして待つこと30分、岩館-大間越の岩場からの見上げるアングルで無事撮影。この岩場に上り下りするのに15分はかかる少々しんどい、かつ足を滑らすと海にドボンの危険な場所でもあります。
 無事に予定していた場所での撮影を終えたので途中の千畳敷で1本撮って、青森へ向かいます。

 青森に20時ごろに到着。1時間ほどの間、ねぶた祭を楽しみ、東北4大祭りの1つを味わえました。

 .五能線と津軽線を撮る
 昨晩青森へ寄って、結局滞泊地として鯵ヶ沢まで戻ってきました。津軽方面は濃霧とのことで、今日も朝から五能線の撮影とします。

 最初に来たのが千畳敷駅東側にある岩場からの撮影。
 ここも基本的に早朝しか日が当たらないので、朝一番の列車を狙います。

 車を一旦能代方面に戻して、追良瀬駅の南側のカーブで撮影します。
 この場所は一般撮影だと大した場所ではないのですが、特撮だともしかしての期待を込めて来てみました。
 撮影後はまた青森方に車走らせます。

 昨日も追っかけで来た鯵ヶ沢-鳴沢間の海沿いの場所で、少し雲が出てきたのでヌル晴れの感じです。
 撮影後は津軽半島へ向けてドライブです。

 津軽線の非電化区間で海をバックに撮れる場所はほぼ絶望的に無いのですが、津軽浜名-三厩間に少しだけ見える感じでしょうか?
 綺麗に晴れていれば列車の左側に津軽の海が広がる広がるのですが、今日は湿気が多くて海が綺麗に収まりません。
 ここでお昼に来る上下列車を撮影して津軽線を後にします。

 津軽線沿線での撮影はこれだけで、また五能線沿線へ向けてロングドライブです。この時間からだと狙えるのは東能代からの下り列車2本になります。

 最初に来たのが、あきた白神-岩舘間の鉄橋で、昨日の朝は国道からの俯瞰でしたが、夕方は海側から見上げる形で順光で撮れます。

 続いて能代方面に少し走って、田んぼの中を行く下り列車を撮影。
 18時半でギリギリの光量な感じでした。
 これにて本日の撮影は終了、車を秋田市内へ走らせます。

 秋田市内では、これも東北4大祭りの1つである、竿灯まつりが行なわれており、秋田の夏の風物詩となる光景を味わいました。

 .最終日は南下しながら撮影行
 最終日の8/6は、朝に男鹿線で特撮を行い、その後は一気に新潟県まで南下して羽越線内と夕方には磐越西線でも特撮を行って全部の撮影を終える予定です。

 男鹿線では1発目に定番の天王の鉄橋で撮影をした後、一旦男鹿方面に戻ります。

 2発目3発目は脇本駅の男鹿寄りにあるストレートの田んぼで撮影。
 列車の通過数分前になって、上空を農薬散布用の巨大ラジコンヘリが飛び回っていましたが、2分前位に飛び去ってくれて助かりました。

 さらにここから数百mほど男鹿寄りに行ったカーブ地点で4発目5発目を撮影して、男鹿線の全ての撮影を終えました。

 男鹿からは5時間ほどのロングドライブで一気に南下して村上市まで上がります。
 この近辺で午後に順光で撮るには海側から狙うしかありません。


 訪れたのは村上ー間島間の岩場のカーブを曲がり終えて直線になった所、つまり、今回の撮影行で最初の朝に撮影した場所を海側から狙ったもので、海岸から見上げての撮影になるので、足回りは隠れます。

 続いて来たのが、羽越本線の月岡-中浦間で、光線的には正面逆光になりますが、後追いで順光で撮れるのでまあまあでしょうか。
 ここで問題発生、列車接近確認のために無線機を確認しようとしたところ無い。2つの鞄の中や車の中も探したが無い。もしかして村上の海岸に忘れてきた? ということで確認のために村上まで戻ることに。片道1時間半ほど掛かりました。
 そして海岸に到着して岩場を探していたところ、地元の方が預かっていたようで、難無きを得ました。往復3時間も余計な時間を費やしてしまったことになりましたが、最後の撮影地である磐越西線まで急がないと時間がありません。間に合うか?

 何とか間に合いました。
 18時台に五泉から会津若松方面に上る4連の普通列車を無事特撮成功。少し待ってやって来る下りの2連普通も撮って、これで全ての撮影が終わりました。

 今回は全行程自動車利用でしたが、夏休み明けに今度は列車で羽越本線・男鹿線・五能線を訪れてみたいと思います。
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GW北東北遠征 おまけ

2018-05-11 |  出撃 at 東北地方
 GWの北東北遠征で3日半しか時間が取れないために移動はほぼ全行程車移動になりました。

 快速〔くびき野〕の廃止で、山形・秋田方面の遠征は鉄道でのアクセスが絶望的となり、車で行くしかないような状況ですが、男鹿線・五能線のキハ40系が置き換えになれば、行く事自体が無くなるかも知れません。
 GWでレンタカーのやりくりが逼迫してるのか、ヴィッツクラスで予約したのですが、ワンランク上のカローラが充てがわれました。このクラスになると本当に静かですね。

 東北遠征と半田屋・まるまつ 
 車移動で便利なのが道路沿いのレストラン・食堂に寄ることができる点で、車移動で東北に行ったら思わず入ってしまいます。

 4/30の夜はたらポッキ温泉を出て、新青森へ行って半田屋で夕食。
 おさいふに優しい東北価格。これで710円なので涙が出そうです。東北人じゃないので、ご飯は「ミニ」で十分。

 5/1は同じくたらポッキ温泉から秋田方向に走って、途中の浪岡でまるまつに入ります。
 2年ぶりぐらいに入ったので、やっぱり頼むのはこのメニュー。特選鶏五目御膳+ミニそば 1,380円也。
 まるまつに入ると、東北にいるのを実感できます。それもそのはず、このファミレスチェーンは東北にしかないもんね。

 まだあった秋田港の24系客車
 5/2男鹿線で撮影して帰路に就く際に、通ったのが、秋田港沿いの県道。
 当然あそこに置かれていた客車たちが気になります。あるかな・・・・

 ありました
 わき見運転は危険ですw

 状態も見た感じではそう悪くはないようです。
 何せ、落書きとかされていないし、部品とかも盗まれる心配も・・・ちょっとはありますが。
 この地でこのまま朽ち果てていくのでしょうか?輸出する宛てがないのなら、列車ホテルとかにして活用できないもんですかね?


 最後は羽後本荘から少し南東へ寄り道して由利高原鉄道のまごころ列車を撮影して、今回の北東北遠征を締めました。
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GW前半で葉桜だった津軽の春

2018-05-10 |  出撃 at 東北地方
 GW前半の北東北遠征は男鹿線の40系気動車と、もう一つの目的は桜が満開になるこの時季の津軽鉄道への訪問です。2008年4月に芦野公園の桜のトンネルでの客車列車は撮っていますが、今回は特撮目的での訪問です。強風など条件が悪い場合には一眼レフで普通に撮影でお茶を濁します。

 予報以上に天気が良くない
 天気予報では晴れマークはあったのですが、ほとんど晴れずに終わってしまいました。

 4/30の1本目は風が強いため、一眼レフで撮影。
 上空少し青空は見えていますが、ほとんど曇りで寒い春の一コマ。

 1本目の列車の返しも同じ川倉-大沢内の直線で撮影。
 こちらは少し俯瞰気味で撮影します。

 2本目は風が少し緩んだので、特撮を実施。
 一眼レフは仕舞って、4K動画用のコンデジで撮影。1本目よりは暗くなってきました。

 2本目の返しは深郷田のカーブで俯瞰をせずに特撮のためにサイドから撮影。
 晴れマークも虚しく、暗くて残念。
 本日の撮影はこれで終了。

 車を青森方面に走らせて、お気に入りの温泉である、たらポッキ温泉に入ります。
 ちょっと熱めのお湯なのですが、ここの温泉に入ると私は体調が良くなります。

 2日目も結局晴れず
 5/1も津軽鉄道の撮影とするのですが、天気見合いで動く予定です。

 朝からかなりモヤっていましたが、ここの桜のトンネルは平日ということもあって、私1人で撮影できると構えていたら、直前になってジジイが乱入してきましたが、何とか無事動画撮影終了。

 次いで、東側からも桜のトンネルの風景を撮ります。
 半分葉桜になっている上、日差しもなくて碌な条件ではない中、2本撮って終了。
 客車列車が来るお昼まで、別の場所へ移動することに。

 やってきたのが、五能線の鯵ヶ沢付近。
 ここもモヤっていて、何となく北海道にでもいるような雰囲気です。
 1本だけ撮って終了、また津軽鉄道へ戻ります。

 下りの1本目は金木の南側の築堤付近で撮ります。
 少し明るくなってきたのですが、晴れるところまではいきません。

 1本目の返しは、芦野公園の北側の築堤を走る風景を撮影。
 ここは線路脇の枝木が邪魔なのですが、特撮のため、この場所で撮ります。
 2本目は上下とも昨日とほぼ同じ場所で撮影。結局晴れずに津鉄の撮影は終了しました。

 深郷田で撮影を終えて芦野公園まで戻ってきたら、嘲笑うかのように太陽が顔を出してきました。
 有料駐車場も夕方になれば看板を倒して無料になるので、車を停めて桜を撮ります。

 葉桜・平日の夕方とあって、花見客もまばら。
 昨日までの渋滞がウソのようです。

 少し歩いた所にある小学校の校庭にちょっとだけ入って校庭の桜を。
 ここはソメイヨシノではなくて牡丹桜なので、強風にも耐えて散らずに残っています。
 あまり校庭の中に入るといけないので2mほどだけ入ります、多分学校側も観光客には慣れていて寛容です。

 これで今年の桜は見納め。
 昨日に続けて今夜もたらポッキ温泉に入り、青森県を後にします。
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男鹿線の5連気動車 リベンジ撮影

2018-05-05 |  出撃 at 東北地方
 今年のGWは前半が天気が良さそうという話なので、前半に遠征しようという事にしました。
 私は長い連休が取れないので、今回の出撃は4/29~5/2で、北東北(秋田・青森)へ行く事に。
 東北地方は3月上旬に八戸線の撮影で、ピンポイントで行きましたが、日本海側へ行くのは昨年9月以来の約7ヶ月ぶりとなります。

 今回の目的は去就が心配な男鹿線の40系気動車と、サクラ咲く津軽鉄道の客車列車をメインに、時間があれば、その近辺で気動車などの撮影を目論見ます。

 .4/30快晴の中でのリベンジ果たす
 男鹿線の気動車は2016年8月に来て以来の2年弱ぶりになりますが、前回は天気の回復が遅れて、暗い写真となってしまったので、再度撮るぞ(50系時代に2度来てるので再々々度ですが)とリベンジを誓っていました。

 6:15 まず1本目の下り1121Dを撮ります。
 朝の6時過ぎでもうこんなに陽が当たっているので、上々のの滑り出しです。撮影者は私を入れて4名。さらにこの下りは撮らずに上りの5連のみ狙う人が3名ほど加わって7名程が待機。さすが連休中ですね。そして

 6:31 上りの1122Dがやってきました。バリ順でいただき!
 これで秋田名物、男鹿線朝の5連キハ40系をリベンジで記録できて満足満足。
 この後特撮も行なおうとしましたが、撮影条件が悪くなったので急きょ移動することに。

 8:03 車を男鹿方面へ走らせていたのですが、脇本の手前でタイムアップ。
 脇本駅の東側の畑で上りの1124Dを撮影しましたが、足回りの草が残念です。
 撮影後は脇本駅の西側に移動します。

 脇本駅の西側の直線区間で下りの1125Dを撮り、それの折り返しとなる1126Dを狙うべく、更に西側に移動してカーブで狙います。
 8:00 アウトカーブの畦道から狙いましたが、線路に近い側は水を張っていなくて水鏡撮影はできませんでしたが、順光でゲット。
 これで男鹿線の撮影は終わりにします。

 4/30 午後は青森県に移動して津軽鉄道を撮りました。

 .5/2別角度で男鹿線撮影
 4/30午後と5/1を青森県内で撮影して、帰路となる5/2に再び秋田県内に寄るので、男鹿線の撮影をすることにしました。
 天気予報は 「晴れのち曇りで、夜に雨」既に九州では大雨らしいのですが、午前中なら大丈夫そうです。
 しかし

 朝からすごい霧というかモヤで船越-天王などは視界が50mもない状況でした。朝の上り5連は、先日も来た、脇本駅の西側の直線で狙うことにしましたが、肉眼で見るよりモヤった映りになってしまいました。
 少し晴れてきたので、男鹿方面へ走ります。

 7:55 羽立駅を出てカーブを曲がる列車を小俯瞰でゲット。
 ここまで晴れてくれば今日の天候なら致し方ないでしょう。

 撮影後は羽立駅の西側にあるローソンで例のババヘラ味バナナボートを発見したのです。

 秋田・青森の記事はこの後も続きます。
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さよなら八戸線のキハ40(乗車編)

2018-03-12 |  出撃 at 東北地方
 八戸線のキハ40お別れ訪問の2日目後半は名残惜し乗車をすることにしました。
 今日の予定は往路と同じく、盛岡発の東京行夜行バスに間に合う必要があるので、八戸を夜8時ぐらいが滞在の限界ですが、それで調べたところ、八戸-久慈間を2往復できることが分かりました。
 なお2往復目は久慈駅で1分しか余裕がないので、手前の駅で降りて折り返すことにします。
 写真枚数が多いので、ある程度まとめた形で掲載しました。

 .下り列車 433Dに乗る 八戸→久慈
 昨日八戸線沿線で1日車で回って撮影をしましたが、レンタカーの返却が朝9時なので、八戸発10時過ぎの下り列車から乗り始めることにします。

 レンタカーを朝9時に返却して本八戸駅にやってきました。
 青森県内では唯一の在来線高架区間でしょうか、ここと隣の小中野駅が高架駅になってます。

 9:32 鮫発八戸行きの列車が入ってきました。
 この列車に乗って、八戸10:07発の433Dに乗るために八戸へ向かいます。

 9:41 八戸に到着
 E130系は3両編成で運転されていますが、固定の2両+1両の増結で組んでいて、ダイヤ改正後は増結の1両を外して1+1に組み直すのでしょうか?


 9:53 2番ホームに433Dが入ってきました。
 ドアが開くと程なく窓側進行方向の席が埋まりました、平日の空いている時間帯なのに意外ですが、多くが久慈まで乗り通すようです。

 下りの1本目は動画撮影を主にしたため、写真は撮らずに気付くと久慈に近付いてました。

 11:51 久慈に到着 あっという間の2時間弱の旅でした。
 八戸で入線直後から車内に乗客がいたので、車内の写真は撮れず、久慈に着いてからも、直ぐに清掃?の係員が乗り込んできて下車を促されたので、降ります。

 ホームに降りてみると、撮影してる人は3人ほど。
 単に乗るだけの人も含めて鉄っちゃんは数名だけなようで、それ以外は一般の乗客でしょうか。

 久慈には朝撮った赤鬼の423Dが昼寝しており、乗ってきた433Dと並べて撮影。
 すでに改札内は撮影してる3人だけになっていて、早く出てくれないかなぁ~という空気を感じて出てきましたが、あとの2人は何時まで中にいたか分かりません。

 半年ぶりの久慈駅。
 前回来たのは昨年9月に車で撮影に来た時に寄ってるので、あんまり久々感はありません。
 その後駅内でそばを食べて、上り列車を待ちます。
 そばの件については前の記事を参照願います。

 .上り列車 442Dに乗る 久慈→八戸
 久慈で1時間ほどの滞在で折り返し上り列車に乗ります。八戸から乗ってきた列車がそのまま折り返しますが、2両編成なので違う方の車両に乗って折り返します。

 発車10分前に改札が始まり、再び駅構内へ入ります。
 右手を向くと三陸鉄道の車両たちが休んでいます。カラフルですね。

 久慈からの乗客は20名程でしょうか。先ほどの八戸からの下りに乗った時よりは幾分空いています。
 乗り通し客の半分は片道だけのお別れ乗車をして、そのまま三鉄方面に流れたのか、鉄っちゃんは5人もいない模様。

 窓に付けられたサボの部分。なぜ外側にサボを置かないのか分かりませんが、ここだけの措置でしょうか。
 最終日が恐いですね。
 列車は12:54定刻に発車、復路の旅が始まります。

 次の陸中夏井を過ぎると、列車はぐんぐん山の中に入っていきます。
 周りは一変して雪景色になります。ここから侍浜の近辺が八戸線内でも最も雪深い場所のようで、3月になっても雪景色が楽しめました。

 八戸線のサミットでしょうか、一番標高が高いあたりがこの辺になります。
 ここを過ぎると、どんどん下り勾配を下っていきます。

 陸中中野-有家間でようやく海辺に出ます。
 この場所は撮影で何回か来た、有家の砂浜の辺りです。

 13:29 陸中八木に到着
 3分ほど停車時間があるので、駅の外へ出て撮影。

 陸中八木では下り列車の交換待ちを行なうのですが、高い防潮堤が保護色になって、銀色の列車が近付いてくるのが分かりません。
 構内踏切が鳴り出したので車内へ戻ります。
 列車はその後も淡々と走り続け、お客を拾っていきます。

 一旦消えた雪景色が再び広がったら、もう長苗代を出て八戸に着く時間です。
 2時間って早いですね。これで復路の乗車も終わり、八戸に到着します。

 .2往復目の下り乗車 443D 八戸→侍浜
 上り列車が14:43に八戸に到着し、2回目の下り列車の発車までは20分。同じ列車が折り返すのかと思いきや別の車両になるようで、2番線に回ります。

 14:49 下り443Dとなる列車が入線してきました。
 幸いホームには私以外に3人しか待ってなかったので楽々撮影できそうです。

 左側が朝から乗ってきた433D~442Dの編成、右側がこれから乗る443Dの編成。
 八戸駅では1・2番線で停止位置が違うため、ぴっちり並んで止まりません。ちょうど1両分ずれている感じです。

 お客がまだ乗っていないので、この時間が車内撮影タイムになりました。
 車内見通し、これは乗客がいると顔や頭が映るので、こういう時しか撮れません。

 至福の汽車旅を提供してくれる紫のボックスシート。
 この色の座席が見られるのはこの車両だけ?秋田車の座席は薄緑色だったので、この色の座席に包まれるのは最後かも。

 窓脇の座席番号表示
 JR東日本の車両では多くが国鉄時代の仕様を残していて、このような座席番号の表示もそのまま残っています。これはイベント列車などで座席指定の必要がある場合に備えての措置と思われます。

 天井部分
 多くの車両が冷房改造されている中、盛岡車は未改造なので、製造当時の姿を彷彿される状態を保っています。扇風機のJRマークさえなければ。

 列車は青い森鉄道や新幹線からの乗り換え客が発車時刻近くになってなだれ込んできました。
 15:13 多くの乗客を乗せて出発、乗車率は7割ほどと割と乗っています。
 八戸駅で入線後すぐに車内を撮影しておいて良かった。

 四国~東海では大雨ということですが、岩手でも予報より2時間ほど早くついに空が泣き出してきました。
 まぁ列車に乗ってるだけなので、あなまり関係はないですが。

 16:47 侍浜で下車
 ここで下車したのは、このまま久慈まで乗って行くと、久慈到着が17:00となり、折返し乗車の450Dの発車が17:01発と僅か1分しかなく、仮に久慈到着が遅れた場合、2番ホームの出発信号機が青に変わって直ぐにドアを閉める可能性があり、間に合わない場合に備えて、手前の駅で降りますが、どうせなら、今後も寄る事がなさそうなこの侍浜駅で降りておこうというワケです。

 侍浜駅
 駅名に「浜」が付くのに、海までの距離は5kmと、八戸線内では最も浜から離れた山の中にある駅です。

 .2往復目の上り列車 450Dに乗ってお別れ 侍浜→八戸
 いよいよ八戸線のキハ40最後の乗車となる2往復目の列車に乗ります。
 昼間の目撃から2両編成の後ろの車両は赤鬼が来るはずなので楽しみです。(乗ってしまえば同じですけどね)

 17:20 雨の中、上りの450Dが侍浜駅にやってきました。
 線路がくねくねしてるのは、昔この駅が交換駅であった名残りです。2両目の赤鬼に乗ります。意外と乗っていましたが、3人ほど降車があって1ボックスだけ空いていてたので、何とか座れました。

 17:35 陸中八木に到着
 昼間と同じく、ここで下り列車との交換待ちになります。各ボックスとも埋まっていたのですが、途中の陸中中野・有家で下車があり、この時点で半分が空席になりました。
 列車がその後も宿戸・玉川・種市と乗客を下ろしていきます。制服を着ていないので分かりませんが、部活の高校生でしょうか、駅ごとに2人・3人と降りていきました。

 種市を過ぎると車内はご覧の通りのガラガラ
 平日の帰宅時間帯なのですが、やはり岩手・青森の県境にかかる区間だからでしょうか。車内は私と茶髪のお姉さんと前の方に1人の計3人だけになりました。これこそが汽車旅の贅沢な瞬間(とき)の流れといえましょう。“車で撮り鉄”では絶対に味わえない至高の空間が広がります。

 18:03 階上に到着
 ここでも下り列車の交換待ちで4分停まるため、駅を出て撮影します。

 雨はかなり本降りになり、濡れながらの撮影。単に傘を出すのが面倒なだけですが。
 「水もしたたるいい男」ならぬ、雨もしたたるいい赤鬼。
 列車は青森県内に入って、駅に停まる度に、こんどは乗車客を拾っていき、鮫に着くとかなり席は埋まりました。

 18:37 陸奥湊到着
 ここでも交換待ちのため3分ほど停車。通路を塞いでる見るからに野球部な高校生たちを押しのけて(女子高生だったらそんな事はしませんよw)階段をダッシュで上がって改札口を出て跨線橋から撮影して車内に戻ってきます。
 その後車内は帰宅時間帯らしく通路まで立ち客が出るほど乗り込んで終着の八戸まで走ります。

 18:56 八戸に到着 赤鬼君はそのまま車庫へ引き上げていきました。
 その後八戸駅ホームで452D・455Dの2本を動画撮りして全ての撮影を終了、これでもう最後の別れです。


 八戸からの帰路は行きと同じく盛岡-東京間のドリーム盛岡らくちん号を使うため、盛岡まで戻るのですが、青い森&IGRを使っても3,040円かかるのと、八戸駅での乗り換えが5分しかないので、八戸の滞在時間が+460円で確保できる新幹線を利用しました。

 盛岡から乗車した〔ドリーム盛岡らくちん号〕、今回は国際興業バスの車両だったのか、リクライニングが大きく倒れて王子到着前に車内灯が点くまで爆睡で過ごせました。東京からはまた青春18きっぷで帰るのですが、三島-静岡間だけ新幹線で飛んで静岡地獄を短縮し、夕方からの出勤に疲れが残らないよう帰宅しました。

 これで2015年から毎年1回訪れていた八戸線の訪問ですが、今回のキハ40の引退を機に、もう行く事がなくなるかも知れません。でも八戸線には美しい景色と、みんな大好きな岩手の可愛い女子高生もいるので、また行き・・・やめとこか。
 さようなら八戸線の国鉄型気動車(改造車を除く)
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さよなら八戸線のキハ40(撮影編)

2018-03-10 |  出撃 at 東北地方
 八戸線のキハ40が今月のダイヤ改正で運用を離脱し引退するため、最後の記録に行くことにしました。
 既に八戸線は3年前から毎年のように訪問していましたが、これが最後になります。
 地上での撮影はある程度していますが、運が良ければ撮っていない雪景色が撮りたいのと、最後の名残惜しでの乗り納めもしたいところです。
 3月に入ったら青春18きっぷで行くべく、その心積りもしていたのですが、2週間前になって職場にて他の研修に出る同僚の替わりに3/9に当直勤務に入ることとなり、その日は有休を取って3/7~3/9の3連休にするはずだったのですが、通常の週休日のみで予定を組まざるを得なくなりました。

 .東北本線を一切使わない旅程
 毎年春は東北に行く事が恒例になっていて、だいたい4月上旬に岩手・宮城の被災地域を見物に行ったり、福島第一の放射線の状況を見に原発の近くの最寄駅まで行ったりしていて、往路か復路に必ずと言ってもいい程、大嫌いな東北本線を使っていましたが、今回は旅程が厳しく、のんびり行き来ができないので、東京-八戸線沿線をダイレクトに夜行バスで往復することにしました。
 しかし残念ながら東京-八戸を結ぶ「シリウス号」は閑散期の平日なのに関わらず、数日前から既に満席で取れなかったため、東京-盛岡間の「ドリーム盛岡号」を利用するして盛岡を起点にするしかありません。こちらは全然余裕があったので、出発前日に予約を押さえていざ出発。
 何でもっと早く予約を押さえないのか?というと、もし2日間とも雨だったら行く意味が無いので、ある程度天気が確定してから行く事を決めるからです。

 名古屋-東京(渋谷)間は青春18きっぷでの移動のため、久々に静岡地獄を味わいます。
 浜松で311系から乗り換えで居たのが211系5000番代で地獄感アップでしたが、前を見ると熱海寄り3両が313系だったので、前へ移って熱海まで耐えます。熱海からは品川までしか乗らないので、ナンチャッテグリーン車は使わず、走ルンです土人シートで耐えます。

 夕食は品川か渋谷で40分ほどの時間があるのですが、高くて不味い東京のメシ食うぐらいなら駅弁にした方がマシかと思い、浜松駅で赤飯弁当を買ってきたのですが、少し足りないかな。

 品川で山手線に乗り換えて渋谷で下車。よく低民度と言われる東京を象徴する汚い渋谷の街は降りたくもないのですが、今回は我慢して降りました。90年代に比べると路上のゴミなども少しは減って、何とか歩けるかなという程になってましたが、大阪でいうと新今宮並みの汚さなので出来る限り避けたい街です。JRの改札を出て一旦地上に下りて横断歩道を渡って京王井の頭線方面に歩いたのですが、改札前からダイレクトに行けたようで、次に来る機会があ・・・多分ないと思います。

 渋谷マークシティが始発となる盛岡行きのバスが入って来ました。
 ここを発着駅としているバスはほとんどなく、小さな発着場にも関わらず20分前から待機していました。ここから乗車したのは私1人だけ、その後東京駅で11名、池袋・王子で1名ずつ拾って14名で運行、後ろの席に座っていないので思いっきりリクライニングしようとしたら、大して倒れない岩手県北の車両でした。東北便の多くの車両はコンセントもなく、サービス面で遅れているのが普通。

 翌朝定刻に盛岡駅に到着、渋滞が無ければ少々早めに着くのがデフォというところですが、時間調整をしてきっちり定刻に着けてきます。この辺がサービスに対する概念の違いなのかというところか?

 .盛岡からのアクセスが悪い北三陸方面
 盛岡に早朝に着いて、北三陸方面へのアクセスを見るとこれが実に不便で、バスは主に午後~夕方しか運転されておらず、唯一午前中に運行してる久慈行きのバスが盛岡6:30発と早すぎて間に合わず使い物になりません。
 ということで、今日は晴天なので八戸を基点にレンタカーで回ることにしました。

 盛岡から八戸までは新幹線で飛びます。初めての〔はやて号〕に乗車、車両はE5系なので別に〔はやぶさ〕と変わりませんが。
 レンタカー屋の最寄り駅が本八戸駅なのですが、その先のまで買っても同じ運賃なので乗車券は鮫まで買います。これだと途中下車してきっぷが手元に残る(特急券は回収されます)もんね。
 注意しないといけないのが、八戸駅が新幹線-在来線の乗換え口を閉鎖してしまい、一旦改札口を出ないと乗換えを出来なくしており、八戸着となる乗車券・特定特急券の1枚券だと回収されてしまうことです。

 八戸駅で八戸線に乗り替えます。
 待っていたのはキハ40を引退に追い込むE130系、これに乗って移動してキハ40を撮るという何とも因縁めいた関係。
 八戸を出ると一面の雪景色が広がっていたので、急きょ予定を変更することにして

 次の長苗代で下車しました。
 長苗代には過去3度ほど車で来ていますが、列車で来るのは初めてで、この駅も初下車になります。
 上り列車が来るまでの余裕時間は15分ほど、雪道を普通の靴で全速歩行します。靴下が濡れてきますが、一応想定して乾きやすいフェルトの中敷きを入れてます。
 全速歩行で来たところ、八戸方の線路脇に1人の撮影者がいて、順光で追い撮りした時に入ってしまいそうです。なんであんなド逆光の場所で構えるんだ、素人か?おまけに汚い髭ヅラで胡麻塩頭の小太りっぽい出で立ちで、これはアングルに映りこまないよう注意しなければなりません。

 8:15 定刻に上りの428Dがやって来ました。正面逆光の前からとパンして順光のケツ射ちです。
 雪晴れの中を行く3両編成、『3万円出して撮りに来た甲斐があった!』  と一度贅沢を言ってみたい気分ですが、先を急がなければなりません。9時にレンタカーの予約をしているので、お店に行くのですが列車は当分無く、最寄りのバス停から出る市営バスは本八戸の駅には寄らないため、中心街から歩く羽目になり、お店の到着が15分ほど遅れました。
 9時半に本八戸を出発、鮫方面へ車を走らせます。
 葦毛崎の展望台付近は既に太陽が南に回っていて順光にならないので、更に南へ走ります。

 11:14 やって来たのは宿戸-陸中八木のアウトカーブですが、前回に続き曇落ちしてしまいました。それも今回は直ぐ後ろは晴れていて、列車の場所辺りから手前が雲落ちというまるで狙ったかのような嫌がらせです。せっかくの赤鬼なのに。
 他に来ていた2人は急いで車を出して追っかけでもするのでしょうか?私も久慈方面に車を走らせながら、次の撮影地の選定をします。
 一部の列車がE130系に置き換えられてからは、撮影できる時間帯にキハ40系が来るのはたったの3本しかないので、効率よく移動しなければなりません。

 .八戸線では初めての追っかけ撮影
 八戸線の列車は、それなりの運転速度があるのと、八戸市内の道路環境が悪いため、追っかけ撮影は基本的にやらなかったのですが、今回意外と間に合ったので結果的に追っかけ撮影したことになりました。
 本来は晴れてるので特撮を予定してたのですが、海沿いは風が強くて危険なため回避、昨年9月に行った時は海辺でも風がなかったのが珍しい位でした。

 13:27 上りの442Dは、『行くぜ東北!』のポスターで知られた場所です。
 本来は1本後の446D辺りからが光線が良いのですが、この時間帯の40系はこの列車しかなく、難しい選択になります。
 この442Dは次の陸中八木で数分の交換待ちをするので、ひょっとしたら追っかけられるかもと思って行ってみたところ、間に合った。

 13:34 2発目の442D撮影
 ようやくケツ射ちですが、順光で撮れました。まさに3度目のなんやらです。急いで車を出して追っかけます。

 14:17 3発目の442D撮影
 最後は葦毛崎の鮫角灯台敷地からの撮影。ホテル前の駐車場に停めて、そこから200mダッシュで走ってギリギリという感じでしたが、撮れて何よりです。

 15:39 下り443Dも撮影
 この場所ではもう1本待って、より海に近い位置から撮ることにしました。 この鮫角灯台付近はいろいろアングルがあるので、何度来ても飽きない場所です。ちょっと後ろの道路を行くトラックと被りましたが写真では被ってはないショットもあり安心。

 16:27 最後は朝来た長苗代に再度やって来ました。
 もう光線的に撮れる場所というと、ここしか残っていないのでここで最後の3連をゲット。

 17:21 次ぎは鮫駅の北側に来て、鮫を発車した八戸行きを撮ります。
 八戸-鮫間の区間運転の列車にはまだ何本かの40系の運用が残っているのですが、何せ撮れる場所が崎ほどの長苗代付近と限られるので、動画主体でこのような市街地で撮ります。

 日没後は鮫駅ホームにてバルブ大会が開かれますが、来ていたのは延べ4組6人だけで、それも入れ替わりでやってくるので、ホーム上には最大でも3人が立っただけでした。
 
 18:19 昼間撮った赤鬼がその後区間運転で八戸から鮫折返しで2番線に入ってきました。
 すでにテスト休みに入っているのか下校の高校生もほとんどいません。

 19:40 1番線に入る久慈からの八戸行454D
 反対側のホームからきれいに撮影ができるのは1・2番線で、下りの久慈行は撮れないので上り列車まで待ちます。
 これにて今日の撮影は終了。

 .2日目は曇天下の撮影
 レンタカーは7日の朝9時から24時間のレンタルだったので、翌朝の9時に返しに行けばよく、それまでの間は撮影ができます。でも天気予報は「曇のち夕方から雨」出来ばえは無視です。
 暗い曇天下でいかにして撮るかというと、雪を絡めた風景で撮ることです。

 6:10 最初に来たのは大久喜駅の北側にあるカーブで、曇天で暗かったので、松林の中を行く列車は諦め、動画のみで撮れそうな場所を選定しました。
 この列車に赤鬼が入ったので、夕方まで久慈で昼寝する運用です。

 7:14 続いてお馴染みの葦毛崎の展望台下、若干の雪が残っていたので、こちらで撮影。晴れると晴れないのでは大違いの撮影場所ですが、雪ならまぁいいでしょう。それにしても風が強い。

 8:15 そして、またお馴染みの長苗代へ来ました。昨日と同じ列車です。
 やっぱり昨日線路脇に人がたっていた件ですが、また同じ場所に1人撮影者が立っています。体型が明らかに違うので昨日の撮影者とは別人です。
 そこまでして正面望遠&逆光で撮りたいのか(今日は曇天)と思うけど、私も特撮をする関係で昨日と全く同じ位置から撮影しました。

 8:42 そして最後は本八戸駅方面に車を走らせて途中の馬淵川の鉄橋で上りの430Dを撮影。
 契約時間の9時ちょうどにレンタカー屋に帰着して一連の撮影を終えました。

 このあとは今日の夕方までキハ40の名残惜し乗車を行いますが、その様子は次の記事に書きます。

  オ  マ  ケ 

 今回移動で使用したのは、ホンダライフのノーマルエンジン4WD車で、遠距離走行や車中泊を伴うわけでもないので、この車で十分でした。走行距離も232kmと、普段24時間借りると500~700kmぐらい走ったりする事も珍しくないのですが、今回はすこぶる少ないので、レンタカー屋さんもニコニコだったでしょう。
 久しぶりにノーマルの軽自動車に乗りましたが、アクセル踏んでも全然スピードが上がりません、70km/hも出そうものならエンジン音が可哀相なぐらい大きくて、50km/hぐらいで転がしてたら後ろから煽られるかと思ったのですが、国道45号はあまり走らず、県道1号とかばかり走ってたせいか、そういう目には遭わなかったです。
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