Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

タヴィラと言う町

2022-04-12 06:06:50 | ポルトガル&スペイン2022

タヴィラは南ポルトガルのただ一つの空港ファーロ(Faro)とスペインの国境の町ヴィラ・リアル・サン・アントニオ(Villa Real Sant Antonio)のちょうど中間にある小さな町で、キャンパーで移動しているときなど、町の外輪を通っていくから、目に留まらない。

もう7-8年くらい前、電車でこの町を通りすぎる時、鉄橋から見えた白い街が気に入った。オルニャオ(Olhau)のキャンプ場に居る時、一度町を見学したいと電車で行って、町を歩き回った。オルニャオの町は落書きがひどく、そこから見るとタヴィラは清潔な感じがした。

タヴィラは町の真ん中をジラウ川が横断し北と南に分かれている。

この川にかかる5つの橋のうち一番有名なのが、ローマ橋。古くはローマ時代からこの町は存在し、何度も改修されたであろうこの橋が町のシンボルになっている。

この橋は歩行者専用で、現在ユクレイナを支援するため橋の欄干にかの国の国旗のカラーが飾られている。

一番交通量の激しい橋は下流にかかる大橋で、晴天の日ここから見るタヴィラの町は素晴らしい。

ローマ橋を渡った南の町がメインストリートで市役所や、警察、郵便局、銀行などが存在する。そしてここの高台に廃墟の城塞とタヴィラ1大きなサンタ・マリア・カトリック教会がある。

教会内部はシンプルで、壁の青いタイル(アズレージョと呼ばれる)がポルトガルだけのユニークな装飾である。

城塞から見た町の風景。

鉄橋の車中から見たタヴィラの町。ジラウ川上流から見たもの。

町の北側には4階建ての大きなショッピングモールがあるが1-2階は駐車場でお店は3-4階のみ。

4階の奥の食堂街では安い食事が食べられ、またここにはただのインターネットがあるから、はじめの頃ここで日本や英国と通信していた。

 

 

ポルトガルの一般家屋特に旧市街の家々のきれいなタイルの壁は、真夏の太陽が40度を超える時、屋内の温度調節のためだろう。

 

北のビショップ広場と南のブーブリコ・タヴィラ庭園は毎年色とりどりのラナンキュラスの花で彩られる。町の園芸セクションによっぽどこの花が好きな人がいると見える。

 

北側の町はずれには巨大な塩の集積場があり、トラックが出入りしているが、この塩は雨が降っても解けず、まるで岩の様に固くなる。

イチゴやオレンジ、ブドウを栽培している畑地を歩いていたら、今収穫したばかりのお多福豆を運搬している農家のおじさんに出会った。3月末に畑でこんなに収穫できる。さすが温暖なアルガーヴ地方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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散骨の日

2022-04-10 01:51:05 | ポルトガル&スペイン2022

3月31日かねてより計画していたこの日、山も数日前に行って下見をしておいた。

11時に山ふもとで会えるよう連絡を付け、カバナスのキャンプ場の英国人4人、アイルランドの夫妻で朝1時間半かけてレイゴスのキャンプサイトから来てくれた2人。タヴィラに居る私達4人の日本人で合計10人がこの日のために集まってくれた。

朝は青空の良い天気だったのに、11時頃には黒雲が空を覆ってまずい。タヴィラの山は高速道路の北側で様相も一変する。

山は100メーターほどの急坂で荒れた坂道の両側は春の花でいっぱい。特に白いバラの花に似たシスタスは周囲の山全体を覆っている。ワイルドラヴェンダーはこの辺りしか見られない。

 

 

山頂で持ってきたジュースとお水で乾杯、皆が チアーズ・ポール と言って乾杯してくれた。

 

私とN子は遺灰を持ち撮影の後、人の歩かないお花の根元を探して

ここに決めた。

皆交代で灰を撒いてもらい、あっという間に散骨は終わった。この時小雨が降り出し風も強くて、灰はなるべく地面近くで撒かないと、風に吹き飛ばされてしまう。小雨が降ったのはこの時だけで、山を下りる時にはやんでいたから、まるでポールが何か言いたかったのかしらと思ってしまった。

12時にタヴィラの焼き魚専門店に予約をいれておいたので、3台の車でレストランへ向かった。

 

このレストランは塩焼き魚専門、好きなだけ食べて良し。魚が焼けるまでにパンやゆでたジャガイモ、サラダなどでてくる。ワインも2リッター頼んだのに、男性は車の運転、一人は心臓が悪くドクターストップ、女性軍は私とスコットランドのSさんだけしか飲まない。でも日本人のミスターS氏は彼のフラットがすぐ近く、3人で2リッターの白ワインを全部飲み干した。

 

 

皆大きな魚(鯛やはた類)を2匹は食べ最後にモンコイカをリクエスト、2回も持ってきてくれ大いに頑張って食べた。

途中に私のスピーチのリクエスト。 ポールがまだ寝着いたばかりの頃、”あなたの死後、遺灰をタヴィラの山に撒いて、その後あの焼き魚のレストランでみんなでお食事するからね” と言ったら ”うん、とっても面白そうだね、僕も来ていいかい?” と言った。その約束を今日果たすことができて、皆さん来てくれてありがとう。

 

 

すっかり満腹した後、かごいっぱいの果物やコーヒーもでて、お勘定が合計135ユーロ一人分11ポンド(約1650円)信じられない値段で大喜び酔っぱらって、帰って3時間も寝てしまった。

 

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アヤモンテ(Ayamonte)スペインへの日帰り旅行。

2022-04-09 07:30:16 | ポルトガル&スペイン2022

帰国2日前の日曜日、電車でポルトガルの国境ヴィラ・リアルへ行き、カーフェリーで対岸のアヤモンテへ行ってきた。

何しろ電車は日中2時間に1本しかない。電車賃も65歳以上の証明書を見せれば半額になる。EU 脱退後ではイギリスの運転免許証を見せても断られるかと思ったのに大丈夫、タヴィラからヴィラリアルの往復3.5ユーロ(約440円)驚くべき安さ!!!

ヴィラ・リアルの駅から川渕の港まで歩いて5分、

 

ここには昔から安いキャンピング・プラッツがあり、いつもキャンパーが停まっている。水だけ無料でキャンプサイトの設備は一切なく、汚水を捨てる場所がある。

電気はないから自家発電をしない限りテレビは見られないので、私たちは一度もここで停まったことがなかった。

ポルトガルとスペインの国境は広大なグアディアナ河の河口にあり、日曜日とあってフェリー回数も少なく一時間も待って12時のフェリーに乗った。

乗ってる時間は20分ほど、

 

望遠レンズでポルトガル領のカステルマリム(Castel Marim)の2基の城砦が見える。

EU 内では国境検問などはない。ただ時差があってスペインは1時間早くなる。それでポルトガルを12時に出発してスペインへは1時20分着。

スペインのタイルは素晴らしい。こんな片田舎でもカラフルなタイルの広場があり、子供たちがスケートボードで遊んでいた。

こんなカラフルなベンチが広場の四方に備えられている。

街角の宗教画はブラックマドンナ、カトリックの国ではこんなブラックマドンナを熱烈に信仰する。

広場の近くに巨大な教会、日曜日だから開いて居そうなのに、午後1時過ぎ閉まっていた。

目がおかしくなりそうなタイル模様。それとも頭がおかしくなりそうな?

ショッピング街を抜けるとまた大きな広場に出て、周囲はカラフルなタイルのベンチが並んでいる。このベンチで昼寝をしている人も居た。

 

 

そのスクエアーの周囲に並ぶレストランで、パエリアを食べようと入ったのに、黒豚のフライがおいしそうだと急遽変更。食べきれなくて残りを箱詰めにして持ち帰った。

 

レストランの壁の装飾は黒豚の写真、そんなのを見ながら、その肉を食べるって悪趣味かな?

この国は南国風を強調。こんなデコレーションや、風景はポルトガルではない。

 

こんな素晴らしいタイルの模様。

 

 

これは個人の玄関入り口をのぞき見たもので、壁は高級タイルに階段は大理石。

 

町は海岸線付近は平地だが、一般家屋は急な坂道に並んでいる。

 

お店は全部閉まっているが、ウインドウショッピングをしてみると、日本製の和紙でできた毛糸?みたいなのが売られていた。

 

一軒のお屋敷の門が変わっているからのぞいてみた。

 

 

 

 

巨大な壺がゴロゴロ、まるで博物館のようだったけれどそんな標識もないし、お金持ちの道楽で集めたものかもしれない。 ただすごーいと感嘆するのみ。

 

町のラウンドアバウトの像がしゃれている。音楽の女神なのかしら?

街角の受難のキリスト像、どうしてあんな立派なガウンを着ているの?と不思議に思わないのかな?

この街には美術館もあって、ポルトガルよりも少しは文化が高いような気がするけれど、日曜日とあって開いていたのはレストランだけ。ローカルの人たちは安いレストランやパブ?など知っていて、道にあふれ出たお客が大声で話しながらアルコールを楽しんでいた。

帰りのフェリーは5時半でもポルトガルへ着けばばまだ4時半過ぎ、帰りの電車5時半には十分間に合った。

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オルニャオ(Alhau )と 帰国の途

2022-04-07 02:03:29 | ポルトガル&スペイン2022

帰国一日前、11時の電車でオルニャオへ行った。この日から天気は崩れ、雨模様。

ここにはもう5-6年前、N 子と彼女の夫君も一緒に来て、スーパーマーケットの2階にあるキャンティーンで食事をしたことがあった。何しろここの盛り付けが凄い。トレイをもって並び欲しいものを指させばお皿いっぱいの盛り付けてくれる。

 

 

 

 

 

私はサラダと小イカと野菜の煮つけ、N子はサーモンの切り身を焼いたものと野菜の付け合わせ。最後にデザートにカスタードプディングとサツマイモで作ったタートを頼み2人分トータル20ユーロ(2500円)くらい。

とっても食べきれなくて、サラダや魚など持ち帰り。

食後小雨の中を傘をさして町の散策へ繰り出した。

 

 

 

チャプリン、ボブ・マーリー、アインシュタインなどのグラフィーティはうまいと思う。

しかしこの町全体にうまいばかりの芸術的な絵ばかりでないから、困る。何となく町全体が汚く感じる。

こんな絵など上手いか下手か、好みによる。

 

 

 

 

 

これらの絵など写真か絵なのか判らない。写真だとしてもあまりに巨大で大きな建物の壁全体に描かれている。ところどころカラー付きの人々は実際にそこで働いて居る人たちだから、絵の大きさがわかるだろう。

これらはオルニャオのカウンシルがバックアップしているに違いない。

この日の夕方は今まで冷蔵庫にある食材を全部片づけるためミスターS氏にも来てもらい、食べきれなかったものは全部持って帰ってもらった。

明日朝7時に来てもらい荷物をもって空港へ直行する。この夕から翌日の朝は良く雨が降った。

このポルトガルへきている間にNHSから4度目のワクチンのオファーが3回もあり、予約せよと言うが、もう4回目をした友達によれば、予約をしなくても薬局ですぐしてもらえるとのこと。

娘婿のパトリックからは私が帰った翌日からローマへ出張で、私とジュードも一緒に連れて行くとメールが入っていた。娘はその間友達とスコットランドへホリデーに行くという。彼女の予定はずいぶん前から決まっていたから、その間ジュードの相手を覚悟していた。

帰国に際して手荷物も又エキストラにお金を払いたくないと二人で考え、私の大きなスーツケースに23KGの二人分の荷物をいれて、機内持ち込み用のスーツケースはK子さんのお宅で預かってもらうことにした。それで持って帰りたかったポルトガルのおいしいオレンジも、コートのポケットに2個突っ込んだだけ。

来年春に又来る約束をして雨の中空港へ向かった。

来る時とは雲泥の差、飛行機は3人の座席に2人がけ、イギリスへ行ってイースターを楽しもうという人はあまりいないらしい。おまけに手荷物をチェックする人も居ず、あと5㎏もオレンジを持ってこれた。残念。

無事帰国帰宅したが明日からローマへ行くため、私はこの日娘宅で泊まることになった。ただ気の毒だったのがN子の娘がコロナ感染のため家へ帰れず友達の家へ行ったこと。本当に最後までいろいろありましたなー。

 

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