9月末までのコロナの感染者は毎日1500人ほどから7-8000人ほど、少しづつ増えていった。死者は少なく最低2人という日もあったが、多くて70人くらい。もう年寄りで体力のない人たちは死に絶えてしまったのかと思っていた。
10月に入ってから、コロナウイルスが大活躍し始めたらしく、毎日の感染者がうなぎのぼり、昨日の感染者数が2万人を超した。死者も100人台を保っていたがとうとう昨日は241人と発表された。最近の感染者動向としては英国の北部、マンチェスターやリバプールなどの若者に多い。若い人たちは自覚症状のないままに集団行動を好む人たちが多く、政府は感染防止に躍起になって、パブは10時までで閉めることと発表したら10時以降はパブの外でしつこく酔っぱらっている。
北部の病院は満杯で病床が足りないという。そのうちに英国南部へ移送が始まるかもしれない。公共施設ではマスクをすることが決められたが、しないと罰金100ポンドと言っても誰がその罰金を徴収するのか? いまだにマスクをしない人もちらほら見える。
最近身の回りを整理しようと思い、本棚からいらない本や読んでなかった本を引っ張り出した。このロビンソンクルーソーの本はもう20数年前英語の勉強をしようと買った子供少年少女向けの一冊。
若草物語や、赤毛のアンなどは当時夢中で読んだものだが、この400ページ近くのロビンソンクルーソーはどうしてかページを開けもしないで、本棚行き。
チャリティーに出す前に読んでみようと決心した。まずは前書き、作者のダニエル・ディフォーは1666年生まれ、今から534年も前の人。彼は若い時から政治揶揄する本などを書き多くの人達から嫌がられた。生前500冊以上の本を発行したが、有名になったのはこのロビンソンクルーソーだけだったという。彼は実際に海外を広く旅したことはなく、親しくなった船乗りから詳しく話を聞き、そこに彼の素晴らしい想像力をもってこの世界的に有名になった本を書き上げたとのこと。
この本は12歳前後の子供向きと思って読み始めたが、言葉が古い、まるで日本でいうなら中世の古書を読んでいるみたい。それに文章もあまりうまいとは思えない。ストーリーの展開が遅く、海上シーンが長々と続く、チャプター(章)ごとに分かれていないからいったいこの文章がどこまで続くのか判らない。2日目にしてお手上げ。
子供の頃に読んだ血沸き肉躍る冒険談は、彼の本をいやいや読んだ人が、上手に抜粋して子供向けに書き直してくれたものだと初めて分かった。今でも忘れられないのが無人島にたどり着いたロビンソンクルーソーが食べ物を探して、パンの実をとって食べたところ。子供心にいったいパンの実とはどんなものだろうかと不思議に思っていた。ここ英国のルーシャムのマーケットでそのパンの実なるものを見つけすぐ買ってみた。大きなグリーンの外側が固い実で半分に切ったものを買ってオーブンでローストにしてみた。特別おいしいものでもなく澱粉の塊と言ったところか。ただ一度だけの試み。
この本、心おきなくチャリティーショップへ上げることができる。
昨日 Japan Foundation (日本基金)の 主催で棟方志功の作品の説明会がインターネットで有った。毎年このJapan Foundation では日本の映画を見せてくれて、楽しみにしていたものだ。今年はコロナの影響で、会場に集まっては無理だが、今最高の技術 Zoom が素晴らしい。
説明は日本の棟方氏のお孫さんに当たる中年女性(名前を憶えていなくて申し訳ないがとってもきれいな人だということを記しておく)が日本からスライドを使ってお話しし、英国側ではその日本語を若い女性が的確に英語に翻訳して話される。
青森県出身の棟方氏(1903-1975)は子供のころから弱視で遠くが見えない。小さい時から絵が好きで、紙がない時は地面に絵を書いていたという。若くして絵描きになろうと上京して西洋画を学ぶが、弱視のため遠近法ができなくて、西洋画をあきらめ、昔からある日本の芸術、版画に目覚めて独学で彼独特の技法を確保した。
この本は私の本棚に長い間眠っていたもので、いつ頃手に入れたのかも覚えていない。
実際昨日の説明で感動し、改めて一枚づつ見てみたがこんなにコンパクトな本に入りきれないほど巨大な版画だと知ってなお感激。
この版画など一枚づつの版画の板が60cmx60cmでこの絵は6x7枚(42枚)の版画板からなる。これとて全部ではないはずだから、その巨大さは現物を見てみなければわからない。
彼の子供の頃のあだ名が世界一で彼はいつも世界一になるのが夢だったという。本当に日本だけでなく世界一になられた棟方氏でした。
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