想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

真昼の月~月読尊~

2009-02-27 16:15:25 | Weblog
   真昼の空に月をみつける。
   あっと、つい小さく言ってしまう癖がある。
   隣に誰もいなくても、ああ、月だ、と。
   誰かいたら、ほら月出てるよ。とたいていは言ってしまう。
   月に惹かれるのは夜ばかりではないうさこ。

   植物は月の引力で目覚め、夜のうちに芽を出す。
   そして昼間、太陽の光を浴びて育まれる。
   いたずらに日中、頭をもたげたら、その芽は枯れてしまう。
   先走ってはダメダメダメなのよ。

   そう、いうまでもなく月と太陽は、陰と陽のハタラキ。
   天照太神が表なら、月読尊は裏。
   陽が沈んだのちの世界を月がつかさどる。
   夜にすべての準備がなされる。

   あるいは夜がなければ昼もない、白夜のように。
   すべてが停滞する。
   陰のはたらきによって備えをし、力を蓄えるのだ。
   たとえば、夜半から明け方にかけて霜が降り、霜柱が立つ。
   すると地面が持ち上がり、日中の気温で融けていくにつれ
   緩んだ土中には酸素が入り菌が活性化する。
   春の豊穣へ向け整えられていく仕度は、夜になされる。

   神事において、月読尊を祀るとき、それは巫女の仕事だ。
   月夜、すべての戸を開け放った板の間で宵のうちから
   始まる。月が東から昇りはじめ、中天にかかるまで夜神楽は
   行われ、巫女は祈り、踊る。
   月が逃げてしまわぬように。

   神事の意味するところは、現代の科学的知識や観察と矛盾
   していない。むしろ、古代に神事によって人が為してきた
   まつりごとの方が自然の法則にのっとっていた。

   コンクリートで固めた地面は磁場を閉じ込め、月の引力と
   大気を遮断する。それが広範になると、大気の流れにも
   月と地球の相互作用にも影響している。
   潮の満ち引きと停滞した低気圧前線と、そして月の引力が
   重なって異常な水面上昇にうろたえた昨日。
   過剰な人工物は、地(人)と月と太陽の調和を破壊していく。

   以上、「月読尊」について本日改めてカメの講義を受けた
   ので、つまり受け売りなのであーる。
   よって詳しいことを知りたいならば、カメに直接聞いた方が
   安心安全確実であーる。



   巫女には天文知識はいらんが、天地人に徹る御魂のハタラキ
   が必須条件である。
   巫女が百人ほどもかたまって踊れば、月読尊に通じ、
   月がこれ以上地球から遠ざかろうとするのをもうちょっと
   引き伸ばせるかもしらんな、ハハハハ。
   (カメは最後にそう言って笑ってました)。
   ま、うさこは踊れないけど、跳ねてみます。
   

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すてきな時間

2009-02-26 10:19:36 | Weblog

  忍耐の次は、すてきな気持ちのいいひとときがやってくる‥‥
  今生では苦しい辛いばかりだから、来世では救われようと願う浄土思想は
  昔話ではなく、世界じゅうのあちこちで、いやすぐそばに佇んでいる誰か
  も、思っているだろうなあ。

  ましてや、うまれかわりとか、前世とか、まことしやかに語る太った野郎
  が公共の電波に乗って茶の間へ入ってくるんだものなあ。
  害悪なチャンネルはすぐに変えると決めている人は別としても、
  アホなときっぱりしている人は別としても、
  なにげなく流れ込んでくる言葉は気づかないうちに脳内に刷り込まれる。

  苦しいときに、今ここではなく、いつかという彼方や三途の川の向こう岸を
  思い浮かべるのが浄土思想ではない。そのシッポのおいしい餌の言葉だけが
  世界中に飛び散って蔓延し、弱った人の心につけ込むように染み入っている。
  「来世では報われる、浮かばれる、神様に会える。」

  話はちゃんと聞きなさ~い!よ。
  シッポだけじゃいけないよ、信仰はもっと厳しい、今生で逃げれば来世でも
  追われる。ちゃんと親鸞も教えているのに、教団が教えないから、人々に
  近いところにいる坊さんが教えないから、惑う人はもっと惑うんである。
  坊さんもわかってないんだろうと疑わしい。

  仏教だけではない、カトリックもプロテスタントも同じ、神道然りだ。
  宗教と名のる組織が本当に個人を救ったことはない。
  個人を救うのは、個が向き合う神だ。それぞれが出会う神だ。
  こういう話になるとちょっと難しいが、つまるところ、なんとかなるさ
  ではなんともならんのであるよ。
  手をあわせて拝むだけではな。
  生まれ変わろう、来世ではよいことがあるかもしらん、今よりも、
  そう思って飛び降りても首くくっても薬あおっても、苦しいのはもっと
  苦しいのだよ。
  

      (本日のうさこ、勝手にボーカリスト、やってみました。
                    ウソウソ、これはプロの人で、とある居心地のいいお店で)
  
  今、ほんのひととき、自分を救うことはできる。
  声に出して歌ってみよう、あなたの声で。
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冷たいみぞれの降りしきる

2009-02-25 11:15:43 | Weblog

  雪の日、都会では傘をさしているのをみかけるけれど、山里や山奥では
  傘はおろか、歩いている人をみかけることすらない。
  このあたりに入り込んでくる人は道に迷ったか、何かを物色している不審
  な者だけで、雪が降ろうと雨が降ろうと歩いているのは親分とその付き添いだけだ。



  粉雪が冷たいみぞれに変わり、寒さに冷たさまでが加わって、あと少しの辛抱と
  念を押されているような気がする。
  人がこぞって訪れる場所には市がたち、すくなからず栄えると昔から決まっている
  が、そもそもこの地は人を寄せつけないところだから、いつまでたっても栄えは
  しない。
  別荘地ブローカーが我が家の写真を勝手に撮り、周辺の土地を売ろうと企んでる
  らしいが、このところ見に来る人さえ途絶えている。軽井沢や那須のようには
  いかないということが、彼らはわかっていない。
  人が棲む場所とそれ以外の場所の間には境界線があるのだが、それはふだん人には
  見えないから、土地さえあれば金になると思っているらしい。

  この時期、ごつい車に乗って眼を光らせている男達はたいていが猟が目的である。
  熊が出る、の注意書きの立て札が大風に飛ばされて「熊」と書かれたところだけ
  なくなっているので、彼らはここに何ものが棲むのか知らないし考えてもいない
  のだろう。実際、怪我人が出たあとに札は立てられたのだった。

  ネオリアリズムのヴィットリオ・デ・シーカや、ギリシア、テオ・アンゲロプロスの
  映画のシーンがふと眼に浮かぶ。
  イタリアやギリシアは日本人にとっては憧れの観光地といった印象が強いと思うが
  輝く海や丘、白い壁と太陽が創り出すコントラスト、そして重厚な石造りの建築物、
  異文化は好奇心を満たしてくれよう。けれど、長い歳月、そこで理不尽に流された
  貧しい者たちの血と涙を知っていたら、その景色はまた違って見えるはずだ。
  塀の向こう側を吹く風がなぜ荒涼としているかに思い至れるはずだ。

  不幸の中を生きるには、人は耐えるしかない。
  耐えている人の表情は、あるいは諦め、あるいはいまだ嘆き、あるいは凍りついている。
  しかし、生きている証がないわけではない。
  ある瞬間、瞳のなかに炎のようにゆらめく光。
  うつむくとそれはまた見えなくなる。

  愚かであろうと、知能が並より低かろうと、顔が醜かろうと、親が貧しかろうと
  始めから押さえつけられている人は子どもの時から耐えている。
  耐えて生きているのが普通の日々である。
  だがそれは弱い者と決まったわけではない。
  ただ単に弱いだけではない。
  始めから恵まれて幸福な暮らしをしている人より、知っているのである。
  耐えるということが生きる力となることを。
  翳る日、ほんの一時射しこんだ太陽に気づき喜べるのは、そうした人々だ。

  幸福にみえる人が神さまの近くに居るわけではない。

  (この何の値打ちもない谷間の土地にて、
     くしゃみしながらそんなことを考えるうさこである‥)

  
  

  


  


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思い出は同じさ

2009-02-23 09:58:58 | Weblog
     (名残りの雪が終われば、バラ仕度でありますなあ‥今年も植えます)
  
  そして同じく日曜日、おやつの時間だよ~と言う頃に、桜餅を小脇に現れた人あり。

  作業小屋にてシビアな話をしていたら、車のエンジンの音。通りすぎないので顔を
  出すと、業務用車両が門の真ん前に乗り付けている。
  誰だ誰だ何ものじゃあ? と恐い顔(たぶん)して見ていると、あれま、M君である。

  突然でごめんなさいと悪がってるから、あまりに遠慮な態度だから、わからなかった。
  あああ、Mくーん、と大声で言うのと、すみませーん、来ちゃいました、連絡もせずに。
  ぜーんぜん、大丈夫。よく来たね! 
  カメは奥にいらっしゃるわよ、さささ、どうぞどうぞ、とシビアな話合いは解散して
  M君を歓迎した。
  桜餅と旨そうな干物の土産は関係なく(ふふふ)、ほんとに来てくれてありがとう、と。

  久々に敷地内を歩き回り、カメと談笑する君を見てて思った。
  あの頃の思い出はなぜか雪の日が多いなあ、と。
  M君が「雪が見れてよかった」と言ってたよと、あとでカメから聞いたとき、
  ああ、同じ景色を思い出しているのだな、と思った。

  ここで一番厳しく、激しく、辛かったのは屋外作業の開拓期、三冬ほど続いた。
  雪は今よりたくさん降り積もり、青いビニールシートで被い暖をとる場所を作った。
  動いていれば暖かいから、ずっと働いていたほうがよくて、
  「帰り道、後ろから先生のかかとを見ながら歩いてたよ、くたびれて限界なもんで
  うなだれちゃって。長靴のかかと、残像みたいに覚えてるんだ」
  M君が言うように、へろへろになるまで働いた、無論、報酬があるわけでもない。
  今みたいに軽くてあたたかく、安価なダウンコートなどなかったので皆、まるまると
  着膨れして来る。そして動いて、体温が上がるにつれて脱いでいく。

  脱いだ下に着ていたのは、厚手の綿のフードのついたパーカー。



  お揃いの黒いパーカーの背中には、こう書いてあった。



  同じ思い出が、わたしたちの得た報酬。
  高いぞー。


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不完全なわたし

2009-02-23 02:03:14 | Weblog
  車はおかげさまで修理完了いたしました。
  原因はやはり石にぶつけしまったことで、パーツの一部が曲がっていたこと。
  (部品の名称を聞いたけど忘れてしまったのでごめんなさい)
  物事を深く知らないということのたとえで、運転はできても車を知らないだろう?
  とよくカメに言われます。それはメカニックを知らないでしょ、ボンネット開けて
  エンジンをみたり車の下にもぐったり、システムを知らないままオートマチックで
  走らせてるだけでしょ、でも車のことわかってるとおもってるでしょ、
  でしょ、でしょ、でしょ? とカメは教えてくれますので、もちろんわたしなどは
  知らんです、はい。と素直に認めていますから、今回のことではそれを実地で
  いったわけですから、無知を改めてよく自覚できました。

  カラカラカラという音がどんなときに鳴るのかを注意深く聞きながら走行し
  修理工場まで行ったので、部品ほぼ取り替えっすね、オートマオイルが漏れてる
  みたいだから、こりゃいろいろ危ないですねー、預かり点検するしかないですねー
  という話をのっけからされまくっても、全然動じることもありませんでした。
  車やさんは不景気で不景気で、ヒマでヒマでとぼやいておりました。

  まあー、見てからにしてちょ、とお願いして約10分ほど。
  同行してくれたN君がしゃべりまくるのがおもしろくて聞いていたら、メカの
  おにーさんが「わかりましたー、直りますー」とオフィスへ向かって大声で言ってる
  のが聞こえてきました。で、おおおっと二人とも立ち上がりピットへ。
  リフトで上げられた車の腹を見上げると、前輪両輪のバランスをとっている棒の中央が
  少し湾曲してました。これが走行し始めバランスをとるために傾いたときに、シャフト
  に当たり、その音がカラカラと鳴っていたわけでした。
  その説明は実際に走ってきたときの感じとぴったりで、納得いくものでした。
  これ、たぶん元に戻せます、大丈夫です、といわれて待つ事さらに10分ほど。
  車やさんは、昨年のお返しにとお勉強価格にしてくれたので、大助かりでありました。

  N君曰く、「俺、あれを昨日、車の下にもぐって見たのになあ、そもそも曲がってる
  もんだと思ってたから‥、なんてこった、ですよー」
  うさこは「‥みたいな~」と答えておきました。
  そういうことです、元々を知らないと異常はわからんのですね。



  人、然り。
  何が正常なのか、ほんとに知ってるんだろうか。
  ほとんどの人が「自分は常識的だ」と思っている世の中だし。
  少しずつ、少しずつ、ずれたくらいでは、正常と異常の違いは見えないんじゃないか、
  元々どうだかなんて、考えたり確かめたりしないもんなあ。

  中古車に乗るのは、かなりスリリングであることを知った日、
  不完全さに慣れてみるのも、おもしろいかもしれんと思いつつ走ってみる。
  不完全な自分にはけっこう慣れているのだから。
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高のぞみ

2009-02-21 16:02:09 | Weblog

  雪、やっぱり降りました。
  でも除雪車が入るほどでもない、10センチほどでしょうか。
  昨夜も降って、5センチほどかなあ。

  除雪車はありがたいのですけど、雪が少ないときには地面を
  がりがりと掘っていく始末。
  昨年も今年も道路補修に撒いた砂利や土が掘り返されて穴
  だらけになり、雪解けの春になると水たまりがあちこちに
  できます。
  水がはけないので泥だらけの道です。

  もともと山道、悪路、それでもわが家へ通じる一本道をせっせと
  修理して使っていますが、除雪車はそれを知ってか知らずか。
  掘りまくってくれています。
  雪をどかしてくれるので、文句が言えない立場であります、
  うううううう。

  それでもって、昨日夕暮れのこと。
  とうとうやっちまいましたねえ、うさこのドジ炸裂です。
  道の中央付近に飛び出した石があったのでした。
  掘り返されまくったゆるやかな傾斜の上り。
  ガリガリっと音がしたので、急ぎ止めてバックしたけど
  時すでに遅し。

  前進するとカラカラと異音がします。
  今朝は、カメ指導のもとN君たちがジャッキであげて
  もぐって破損したとおぼしきタイヤカバーを外したり、
  いろいろやってみたけど治らず。
  シャフトを傷つけたかもしれないので降参して、明日は
  町の修理工場のピットへ。

  周りの人に手間かけてしまっていることが、申し訳なくて
  小さく小さく小さくなっていますが、鏡に写すとちっとも
  小さくなくて、いつも通りのうさこがそこにいて…
  (自分の中ではずいぶんと縮んで圧縮されたイメージだけど)

  大事件なら奮い立つが、しょぼいことでしくじるうさこ、
  どうにかならんかーーーー!
  もひとつ言えば、雪の量確めて除雪車走らせんかーーーー!
  以上、高望みを申しました。
  すみません。  
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賢いどら猫

2009-02-19 00:59:08 | Weblog
    名は知らない、どら猫である。
    某所でときどき会う。ドラ、とつい呼びかける。
    かなり愛想がいい日とそうでないときの差が激しい。



    うたたね中だったらしいけど愛想はまあまあ‥‥、ちょっとずつ近づいて‥



    ベイビー(親分ね)もご機嫌モードでほいほいと、うさこの陰から近づくと、
    ガン飛ばされました。
    やっぱ、シマコのほうがかわいいーと小さくつぶやいて、うさこと一匹退去。
    森へ帰りたいとふと思いつつ、仕事場へ、本日もちょっと立て込み中。

    ところで昨日の私を滅す、という話に電話やメールがきたので返答したけど‥。
    確かに難しいことは難しいかもしらん。
    滅するもなにも、「私」って何、どれ?ってか。
    だからさあ、このまえ1日30分、眼を閉じてって言ったじゃあな~い、
    道元さんもカメも言ってるよ、と言いたかったが、そこは抑えて。

    でもほんと、坐して己を知れ、ですよん。
    ひとたびわかれば、どんなに激しく動いても元へ戻れる。
    己の軸はぶれない、そして「私」と「己」は分離する。

    どら猫にしても「私」を滅して、このブロック塀から降りて
    親分に挑んだりはしない、かすかに、ガンリキを漂わせるくらいで止めている。
    賢いなあ、ドジるとこもみてみたくなる。

    追記:別の場所で、どら猫の物語、こんな悲しい話もある
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私、私、私

2009-02-18 01:56:34 | Weblog


  私、はいらないんである。
  ――りんごを食べたい。――
  私はりんごを食べたい、とは言わないだろ?
  つまり日本語は主語を省略できる。
  でも、最近、略できるものをせずに、聞かれもせんのに
  私、私、私、とやかましい人がいるなあ、五月蝿いんだなあ。

  あら、あたくし、そんなこと言わないわ、という人。
  あら、言わなくても思ってるんじゃ、聞こえるわよ、ジジジジジ。
  デンパが出てるんだなあ。

  人の脳が一日に発する電波、すごい量になるのだから。
  言わなくても出てるし、伝わるし、だから言わなくていいし、
  もっといえば、思わないとなおいい。
  しずかな、しずかな、時間が ながれるから。

  私、私、私、と言わなくて生きていたい。
  うさこ、うさこ、うさこ、とも言わず、もちろん。

  「私を滅す」は道を極める基本中の基本。
  道と名のつく極めねばならぬ道はみなそうだ。
  私を消し去ったところに顕われる「私」は、すなわち公に通ず。
  公と私と、とろけあうところに、神ははたらく。
  よろずのみたま、ひとつなり、と祝詞に言うごとし。

  
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静かな、静かな、時間

2009-02-17 18:51:53 | Weblog
  人と人、言葉でつながっている。
  けれど、ふと言葉以前のことを思うのだ。

  あ、い、う、え、お を知る前にすでに
  あ、という声を発した。
  ま、という声を出した。
  ま、ま、と赤ん坊が言い、母親が坊やと呼びかける。

  赤ん坊がはいはいを覚え、つかまり立ちをし
  一声、なにかまだ言葉にならないものを言い、
  しだいに一歩二歩と歩くようになり、
  ついに背筋を伸ばして立つ。
  そして、か、お、と言ったりする。
  あ、お、とも言う。

  言葉を獲得しながら、世界を広げていくのは、誰だ?
  赤ん坊は、肉体を慣らし運転している。

  言葉を覚える以前、赤ん坊のまわりにいたであろう母
  と、あるいは父や祖母や祖父や兄弟姉妹や
  近所で吠える犬、うたたねする猫、鳥のさえずり。
  赤ん坊の耳や眼にそれらは届き、呼応していた。

  あ、あ、と赤ん坊は言う。
  立ち上がった坊やは、あお、とはっきりと言う。
  赤ん坊を少しづつ脱し、何かを伝えてくる彼は、誰だ?

  言葉は人をつなぎ、あるいは壁をつくる。

  母親が大事に守ろうとしたのは、言葉を持つ以前から
  そこに、目の前に、誕生した新たな魂だった。
  説明や比喩やいいわけのいらない存在そのものと
  そして、しずかな、しずかな、時間。



  もう君は大きくなって、声変わりもしてしまった。
  「会社へ」と背広を着た君、あなたは誰だ?
  母親が胸に抱いていたあの赤ん坊の魂は、
  もうそこにはいないのか?

  眼を閉じて、この世界を閉じれば、そこにあるはず。
  古代を想うとは、変わらぬ魂を思うことに似て
  歩まぬ赤ん坊の中の無垢に触れる時間である。

        
  

 

 
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君の気配 

2009-02-16 17:02:46 | Weblog
  あたたかな日曜日とうってかわって、寒さが戻ってきた。
  晴れ間から粉雪が舞い降りてくるのを見ながら震え上がっているけど、
  まだ2月。雪に未練があります。
  もう一回くらい、どかんと降るかも‥と希望的観測。
  
  裏山へよじ上り、木立に隠れて見えない山を撮った。
  急斜面を、いつものように長靴で登るうさこに続いて親分も駆け上がる。
  登るのはいいが、降りるときどうすんのよ! と思いステイと叱るけど
  絶対!についてくるのである。

  歳をとると膝、関節が痛むのは犬も同じで、親分は歩きすぎると脚が
  がくがくになる。体重がかかる「下り」が要注意なのであるが
  崖下の山道で待っているようになるには、まだ若い(つもり)らしい。

  ねえ、おぶって帰れないよ、君の体重ちと無理があるよ、と言ってきかせる。
  言っているハナから顔をベロベロして笑っているので、無駄であった。



  でも一人なら、山道を歩いても楽しくないだろう。
  クマ除けになるねえ、なんてことではなくて、親分といつもふたりで歩いて
  きたから。
  いつか、君がいなくなってひとりになる日もくるだろうけど、そのときだって
  君の気配を感じながら歩くのだろうと思うよ。
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野の仏、山の神

2009-02-14 12:49:02 | Weblog
  (たまには笑顔をありがとう、親分さん。
     カメラを向けるといつもすまし顔になっちゃうから)

  本日、晴天なれど風強し。

  ゆうべの雨でゆるんだ土の上に、もう雪はない。
  ほとんど融けた雪は氷水になり、低いところへ流れていく。
  雪の下にあった茶色い落ち葉が透きとおった水たまりに浮かび、
  その周囲を乾いた落ち葉がくるくると舞い、また落ちる。
  風の音を聞き、風の創る景色を見ている。

  この風の音に今では慣れたけれど、ここから十数キロくらい下
  の里村の人も、この音を知らないらしい。たまにやってきて、
  恐れをなしたり、よく住むなあとあきれたりしている。
  もっと北、たとえば地吹雪で有名な庄内や宮沢賢治の岩手など
  まで行けばあたりまえのことかもしれないが。

  屋内で眼を閉じ、風のうなりだけを聞いていると真冬の嵐のよう
  だが、どうやら春のまえぶれの大風らしい。
  東京で仕事中のねずみ師からの電話によると、とても暖かくて
  車の窓を開けて走ったそうだから。

  照っても翳っても、この場所にいると静かな気持ちを取り戻せる。
  ある時、京都太秦の広隆寺で仏像を見た。
仕事の帰り道ふと思いたち近くだからというついでのことだった。
  仏像は暗がりのなかに横一列に並んで在った。
  そのときわたしはとても疲れていたのかもしれないが、よくお顔
  の見えない仏さまに、ふれたような気がしたものだった。
  東京の国立博物館にはこの春にも国宝級の仏像が展示される。
        (興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」3.31~)
  大勢の人が観にいくだろうけれど、管理の行き届いたガラスケース
  の中をのぞいて何を見ることができるだろうか。一度実物を見た
  いという気持ちはわからなくもないけれど、見るは観るではない。
  仏は「観」なのだから。そうでなければわからない。

  仏像をたくさん見て歩いた20代の頃、その多くを博物館などでは
  なく、その仏さまのそもそもの由緒ある場へでかけたものだった。
  出張なさった仏さまは、仏像になっているので感じることも想う
  こともできなかった。だから立派すぎる宝物殿にある仏像はもう
  見ない。疲れるだけだからである、うさこの場合。

  野に仏、と昔の人が言った。
  野の仏、とうさこは思う。
  ここで嵐の音のなかに、ゆるんだ土の上に、仏を見ている。
  そして、遠くはるかに、山の神を思う。

  日本は四季のある地、その意味するところは深い。
  これが木の一本もない赤い砂と岩の大地だったら、もっと心は
  尖り、もっと悲しみは深くなったことだろう。
  四季がめぐり、凍ったこころをほぐし、ふたたび芽吹いてくる
  命を享受して、素直に生きよ、素直に在れと教えてくれる。

  眼の前にあることをおこたりなくやること。
  高望みも、ないものねだりも、風が吹き飛ばしてくれる。


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自分のことだけを考えてはいけない

2009-02-13 09:26:45 | 
  この荒涼とした森にも、あとひと月もすれば春の陽に誘われた
  木や草の芽が頭をもたげてくる。
  春と言ってもこの森では小雪が舞う日が多い。
  決してぬるくはないこの場所で見る生命の営みに、
  「希望」の意味を知る。

  ある日突然、脳梗塞によって倒れ、半身不随と言語障害という
  後遺症に苦しめられることになったら……
  多田富雄氏の著書『寡黙なる巨人』を読んでいる。
  死の淵をさまよい、目覚めたら口もきけない手足を動かすこともままならない。
  それは絶望である。そこから文字通り起き上がり「回生」していく格闘の日々。
  こう一行で書いてしまうのはバチ当たりな気がして、ほんとうに気がひけるが
  今、健康なあなたに読むことをおすすめしたい、そう思う。
  今、病んでいるあなたは、当然、手にとられたいだろうから言うまでもない。
  
  父も同病に倒れた。
  その苦しみむ姿を見ながらわたしは育った。医学が進歩した今と当時は事情が
  違うのだが、患者本人と家族の苦しみに変わりはない。
  変わらなさすぎることは問題なのである。
  多田氏があまりに正直に赤裸々に書かれているので、当時を思い出さざるを
  えなかった。足が不自由になり体を支えられない父を、母はどこで借りたのか
  リヤカーに乗せ、病院へ通う駅まで運んでいた。
  わたしはそれを見るのが忍びなかった。恥ずかしさと悲しさが一緒になって
  胸の奥底を突いた。それは5,6年間のことだったが、もっと長かった気がする。

  医療の現場については、年長の友人の末期を看取ったので、その貧困ぶりは
  よく知っているつもりだった。同著の随所にある現状の報告を見て、あらためて
  背筋が寒くなった。他人事ではない。

  多田富雄氏がただものではないことは、白洲正子の対談集ですでに知っていた。
  能を通じて親交のあったおふたりである。
  能とは人の生死がテーマともいえる。
  そのただものではない人も、病人ともなれば、普通の人と同じく肩書きもなく
  患者の○○さんと呼ばれる病院という特殊な場所。そこはある意味、異界である。
  その異界から現世、娑婆に生還するため、いかに考えどのように格闘したか。
  わが身に起きなければとうていわかるまい、と思う。
  それをわかるように、これでもか、と書かれている。

  わが身の辛さ苦しさも想像を絶するが、それをまた書くという事は二重の辛苦で
  あるはずだ。いや、書かずに死ねるかでもあろうが、大変なことである。
  左手、指一本でワープロを打つ。それを想像すると恐ろしい。
  ブラインドタッチなんて先日言っていたうさこ、同じ状況で果たして書けるか?
  と考え込んでしまう。
  しかし、タイトルの寡黙な巨人、本を読むまでは巨人とは何のことだろうと思って
  (そのうち読むつもりで)いたが、それがわかってくるにつれて、書かれた意味の
  大きさを改めて感じている。
 
 

  「私はどうなるかわからないが、世界の問題はずっと続いている。
  自分のことだけを考えてはいけない。」(同著p69)

  この一文、この人が「ただの患者」ではないことの証明である。
  多田氏のように回生することなく、病院のベッドで長患いのまま逝った父はただの
  一患者で終わったが、かわりにその姿を晒してアホな娘の根性を叩いてくれた。
  そのことなくして、私が人として生きる力を求めようとすることもなかったと思う。

  終章に、その後巨人がどうなったか、詳細に綴られている。
  「こうして私の中に生まれた「巨人」は、いつの間にか、政府と渡り合うまで育って
  くれた。」(同著p242)
  人はそれぞれの環境で生きるしかない。
  だが、そこからいかに生きるかは人しだいである。
  敬服し、耳を垂れ、耳を立て、うさぎももっと跳ねようと思った。


   
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殻を、破れ

2009-02-11 14:56:32 | Weblog
      (カフェ・イン・パリ‥‥‥うそです)

 若いころに悩むのはいい。
 悩んだり、迷ったり、追い求めたりして、その道すがらに出会いがあるから。

 いつから人は若くなくなるのか。
 悩まなくなり、殻をかぶってしまう頃からではないだろうか。
 だから歳若いのに年寄りくさい人もいる。
 二十歳になるかならないかで、「もうオバさんになっちゃって」とか
 心にもないことを言い、電車の中でもかまわずに手鏡をのぞいている子は確かに
 オバさんだ。
 そういう人のことは放っておくとして、アラフォーとかアラゴー?とかの言葉はどうだ?
 売らんかな主義の臭いがして、わたしはアホくさいと思っている。

 昔から精神が若い人は若いのである。
 そして柔らかい。筋張った手足とたるんだ皺でおおわれていても、その内に柔らかな
 精神が宿っている。
 こういう人は若い時分には、けっこう突っ張ったりしている。
 歳とともにだんだん柔らかく見えるようになり、その実は鋼の芯を隠している。
 殻などかぶっていないので、自由である。

 殻を破れ、と書いたけどずっと前にねずみ師に「破るほどの殻、ないだろ」と笑われた
 ことを思い出した。
 そうなのである。殻などないのに、自分は自分はと思い、変わらなければならない
 という声に呪縛され、みずから殻に入っていくのである。


        (カフェにて、見知らぬ人の話聞き、世相を知るやアホうさぎ)


 人はそうそう変われるものではない。
 三つ子の魂百までである。
 変わろうと思わず、新しいことを知る、新しいことに出会う、新しいことを試そうと
 思えばふみ出せるのではないだろうか。

 それでも自分は自分はとこだわる人は、何を恐れているのか考えてみるといい。
 たぶん、とるにたらない損得勘定でもしているのではあるまいか。
 それでは一生、狭い世界にいなされや、ということになるね。

 裸の自由はいいぞー、と日々思う。
 だんだんと殻もとれてきて、たいした殻ではなかったと思い知っている。
 たいした中身もない‥‥にならんよう、気をつけよう。
 

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冬の光

2009-02-10 00:43:37 | Weblog

  日曜日は一日じゅう大風がうなり、横なぐりに吹きつける粉雪。
  それでも親分は表に出たがるが、すぐに逃げかえる。
  また出たがる、でも帰る。そのくりかえしで、こっちは疲れるし
  風邪をひきたくないので‥‥
  「だって嵐なんだからおとなしく寝てれば?」と提案し、しぶしぶではあるが
  親分は昼寝、そしてご飯食べてまた早寝、夜中も寝続けた。
  で、月曜は嵐がやんでいたので、外へ飛び出した。




  ‥‥、縁側に先客がいる。
  どうも親分は居心地が悪いらしく、また室内へと戻ってきた。
  シマコの子がとうとう二匹現れた。
  でっかいのである。シマコの1.5倍はある。顔も身体も大きい。
  グレーのアメショー柄と、シマコに瓜二つの茶色シマシマ。
  あまりに顔が似ているので、シマコの子以外の何者でもないと断定した。
  図体は貫禄なのに、甘えた声でシマコを呼ぶのがとてもおかしい。

  シマコが縁側を占領していたのは、そういうわけで、二匹ともよろしくお願いね、
  というデモンストレーションのようだ。
  母親は子のために逞しく、そして涙ぐましい努力を惜しまない。
  母というものになりたくないものだと、思ってはいけないだろうか。
  そんなことをつい考えてしまうほどに、それは哀しい。
  子は‥‥、どこ吹く風で勝手に生きていくと思えば‥‥
  思えぬ母の慈愛、冬の光に似ている。

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センチメンタルなことはせぬように、と…

2009-02-08 13:15:08 | 
      (ぬかりはない、我らは見逃さない!by親分)

 『吾郎さんが亡くなられたのでは、あなたが本気であるような
そうでないような思いつきをされた時に……センチメンタルな
 ことはせぬようにというてくださるお友達はおられぬでしょう。』
          (大江健三郎著「憂い顔の童子」p16より)

 センチメンタルなこと、そう大江氏に言ったのは亡き伊丹十三監督
 のようだ。この一連の小説は伊丹十三が自殺というおもいがけない
 最期を選んだ日から数年後に書かれた(「取り替え子」~)。

 小説はフィクションであるが、真実伝えたいことは事実を織り
 混ぜながら綾のように創られた作品、見えてくるのは生きるとは
 いったいどういうことなのか。書く人にとって読むとはどんな意味
 を持つかというテーマでもあるが。

 この混沌と汚れた世界に美しさと喜びを見出す力があることを
 信じている作家の言葉。
 それを折に触れて示唆する友人であり兄である吾郎、その友にふいうち
 に先立たれた作家の迷いと苦悩。
 書くことによってふたたび光を見出そう、つかみ出そうとする。
 その懸命さは、同じように二十年前のわたしに
 「センチメンタルなことはせぬように」と叱咤してくれたわが師との
 日々を思い出させる。

 センチメンタルなこと! と死んでしまおうかという弱い気持ちを
 打ち砕いてくれたわが師との出会いは人生の奇跡!(大袈裟ではなく)
 だった。


      (抜かりはない、まあいいかってこともない。byシマコ)

 奇跡は奇跡を呼ぶのであって、わたしの周囲には今、生きる力を
 教えてくれる者がいて、その賢さと勇敢さと、そして朗らかな感覚に
 日々を救われているんである。

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