想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

水のおと

2013-06-24 23:04:24 | Weblog
ここに来ると、



このベンチに座り、かたわらにいつもヤツがいた日々を想う。



丸太を割って作ったベンチはもう使っていない。
草を刈りこの水辺ももうじきすっきりする。
森庭のなかで一番水のおとがして、陰翳礼賛的なこの場所も
梅雨明けには強い陽射しと渡る風でまた違った風情になる。

時が移りゆく。
時を刻まない「とき」をマドキ(用)という。
用は遠く遥か、ビックバン以前のブラックホールの中から
しんしんしんと響いてくる。

聖書の創り主というイメージでは「用」を感じることは難しい。
アチラの人はそこから先へ行きたくてしょうがないらしい。
物理学者はブラックホールをこじ開けたくて日夜もがいている。
コチラの人は今の今、目先のことしか思わない。
どっちもどっちなんだが、
わからなくてもいいこともある。
わかることで、何がどうなるっつうの。

あやめ咲き 君に触れたや 水のおと



ぷー円墳の石に腰かけ、話しかける。
ねえ、かわいいのが咲いたよ~、なんて名か忘れたよ~
いつものことだもんね~おっかあはアホだかんね。

水月に いのちのゆくえ みみすまし



アタシはお昼寝よ(江戸ちゃん)

 





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野鳥くんに諭されて

2013-06-20 10:52:44 | Weblog

名は知らない。変な声で啼くなあと耳そばだてて空を
見ていたら近くの樹から降りてきた。





くちばしが鉤状でけっこう大きい。
頭頂から首筋へかけて赤い。変なヤツと思っていたら、
けっこうイカしたモヒカンじゃない? にわかに観察意欲が
出た。

桜の樹に停まってするすると上へのぼっていく姿が丸く
ボテっとして不格好にみえていたのだが、これで奥さんが
いる。つがいで飛びまわり、土の上でせっせと拾い食い。

セキレイの素を軒下でみつけたけど巣立ったあとだから掃除したよ、
カメがそう言ったので、枯れ枝やわらのようなものが散らばって上から
落ちてきた理由がわかった。セキレイ君ならいいやと、えこ贔屓する。
セキレイはここを開墾したばかりの頃からの馴染みなのだ。
毎日やってくる、っていうか住みついているから向こうが
こちらを「やってくる」と思っているだろう。
2、3種類いて、尾が黄色いのが一番古株だ。
壁や樹の枝に巣箱も作った。古い巣箱ではなく軒下にいたとは
知らなかった。そういえば鳴き声がずいぶん近かったと今にして思う。



雨の合間に庭仕事を片付けた。
ニーム播き、液肥撒き、下草とり、古枝の剪定と片付け。
降り出すまでのひさびさの晴れ間に、気になっていることを
つぎつぎにやっていたら汗をかいた。
疲れていると気になっても身体が動かないけれど、こうして
思いつくままに動いているのは元気になったらしい。

古いものを扱いながら、古い執着や腐った概念を押しやって
つき進む勇気のようなもの、そのような力が足りなかった。
停滞の元となる疑義を解きほぐして遅々とした足取りながら前へ
進むことを諦めないでいたら、ようやくすっきりと見えてきた。
先人たちの信念が、信が、熱をもって伝わってきた。

停滞の間、原発事故で放射能が降り注ぐというありえるのに想像も
しなかった事が現実の我が身に起きた。いつかはやってくる愛犬の
死のあたりまえが想像を超えて我が身を打った。
それらを含んでさらに混沌としたものの澱が沈み、澄んでいった。
取捨選択がはっきりとし、いのちはぐっと身近に感じられるように
なった。

言い訳もなくなってきたので、せっせと働こうなどと思う。
野鳥が何の疑問もなくこの森に巣作りするように、わたしも素直に
やっていこうと。

戦の前線に立つ立たないに関わり無く人々の精神を傷め病み、弱らせて
しまったことがなによりも大きな犠牲だった昭和の戦争。
反戦小説なのかどっちつかずの「永遠の0」「海賊と呼ばれた男」の
大流行は天袋の奥にしまいこんだ愛国心という古い風呂敷包みの結びを
解く気にさせたのだろうか。
それで病んだ昭和の精神が蘇るのならかえって恐ろしくはないか。
おもしろく読んだことは読んだけれど、テレビ的な後味であった。

負けて根こそぎ挫けたかにしか見えない。

理由をつきつめずに捩じれたうらみつらみを残したまま、風化するに
まかせてきたツケは従軍慰安婦があったなかったと言い合う議論で
白日に晒されもした。けれど、今回もケリのつけかたをわからずじまい。
薄っぺらな表層の浮沈に目耳を奪われて暮らしている。
感動という言葉に酔って、ほんとうの心を自らのぞいたこともない。
左、右、上、下を意識するけれども中を見ない。

日本には中道の伝統があったことを、誰も指し示さないからだ。
自国の伝統を見失うことなく、以前も以後も変わりなく偏らずに
信を貫いた人はほんとうに少ない。
天皇=右翼なぞと連想する人々が圧倒的に多いなか、国防とは何か
に疑問を抱く人はあまりいない。
保田与重郎、小林秀雄は戦争中は古典や美学に没頭した。
言論と筆の力を奪われた時間を、心をよりどころに耐え忍んだのだった。
それは戦後の作品に結実したが、今ほとんど読まれていない。
外国の人が「日本の美意識」に感動する究極の美がそこに顕われて
いるけれども、自国の人は安い感動小説の方しか見向きもしない。
ましてや古典など読まない。
小林秀雄も保田も記紀を措いて日本を語ることはありえないとした。
国民栄誉賞ものなんだが、いや、それは
いらないよ、ほっといてくれと言われそうな気がする。

記紀を深く読むことの困難を解決することの鍵は旧事本紀の全貌を
含めて読み解くことにある。
小林秀雄は具体的にそれとは示していないが、「本居宣長」の行間には、
のど元につっかえている小骨、隠された言霊をつかみ取った人の喜悦の
ようなものが感じられる。
明確に声高にではないからこそ、伝わってくる。

心は一つ、ぶれることのなく、気兼ねやへつらいのない空洞に
入りて、孤独と表裏にある。けれどとても熱いものだ。
真贋を視る眼は心であるとは知れたことだが、その心に辿りつく
のが生きて在る理由、目的なのだが。







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ねこ目線、いぬ目線

2013-06-13 17:37:37 | Weblog
ぷ~の円墳を縁取るデージー、足元の高さなんだけど、
江戸ちゃんたちはこんな感じで見えてるのね。

そして、小鳥目線…
梅雨空に、バラが背伸びして咲いた。






うさこ目線は大好きなチェリーセージとブルーセージ。



  

薫りにいぶされ美き人になるかな……の前に、人になりたしヒトデナシ~。

かかか」をひさかたぶりに更新しました。
遊んでおったわけではありませんです、はい…。

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梅ジャムを作りましたよ

2013-06-10 16:29:58 | Weblog
森庭にも梅雨の気配、晴れ間にも蒸し暑くなってきました。



さて、梅を50℃未満を保った温度でゆっくりと茹でます。
三度、水を取り替えてくりかえすと、実をほぐします。
種をとって実を細かくします。茹でているので灰汁と汚れは
とれているし種は簡単に外れます。



有機砂糖を二回に分けていれ、弱火で30分煮ました。



ジャム瓶に3個と半分、できました。
甘酸っぱくて、身体がよろこびそうな味になりましたよ。

と、こうすることができたのも、こちらのお陰です。



こどもみらい測定所(東京都国分寺市)の石丸さんは昼間っから
お料理ですか~、ではなくて、これは測定の準備なのでした。



まず硬い種が邪魔なので実を削いでいきます。
ほぐした梅の実をボールに入れ、調味料入れてあえてみます…
ではなくて、混ぜたのは消毒液でした。一晩寝かせ発酵させるそうです。
持参したのが検査に必要な1キロに満たないギリギリの量でしたが、
ぶくぶくと膨らむのだそうで。



周囲には梅の甘い香りが漂っています。
言わなければわからないまさかの放射能検査、その香りに
さてさて梅ジャムでもできるのかな?
何もいわなければまるでお料理の風景ですが、検査が終わるまで
お預けです。

そして一夜明け、翌日に検査結果を知らせていただきました。
期待するとがっかりするのでダメもとな気持ちでいましたが
不検出でした。30分くらいの検査ではなく、一晩かけてしっかりと
測定してくださって、もうこれ以上やっても出ないというところの
数値です。
Cs-137 (セシウム137) 0.90Bq/kg未満
Cs-134 (セシウム134) 0.82Bq/kg未満

東京産のこの梅はめでたくお墨付きいただいたので梅ジャムと
なることができます。
いや、材料はめでたいけれど作る人の腕次第…ということなんだな、
せっかく実った梅を無駄にしないように、落ち着いて作れよなと
言い聞かせて取りかかりました。

心配しながら食べるより、しっかりと測定し事実を確認する、
わかっていても事実を直視するというのは言うよりも勇気が
いるんですね。
でも、起きてしまったことですから視ないわけにもいかないわけで、
ごまかさないで暮らす知恵を出していこうと思っています。
森庭の成りものは今年も口に入れることは叶わないでしょう
けれども、小鳥が来てついばむので測っておこうと思います。
これから花の盛りで、その後は次々に実が成ります。
実りはイノチを実感することができます。
しあわせだなあと無邪気に喜び暮らしていたので、樹々も土も
汚染されてしまった時は、「しあわせは終わった」と思いました。

終わりにしてはいけないなと、心から思えるようになるまで時が
かかりました。
その間に、ぷ~ちゃんが神さまの元へお先~と還っていったのですが
そのおかげで深く地神を感じるようになった気がします。
表層は愚かな人間の所業で汚れてしまったけれど、深奥のはたらきは
何らかわらない。
それをもっともっと感じられるヒトでありたいと願って…
時々寂しくなると、ブンブンとシッポを回すことにしています。

入れ替えた土の上には新しい芝が青々と生えています。
空間線量は除染と2年経過した分、下がってきたようです。
気になるのは東京都内での暮らしのほうで、原発事故の影響は
もう過去のことという雰囲気、何かさっぱりと色を塗り替えて
しまったような、安普請のリフォームのような…そんな感じかな。













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憂いなき生きもの

2013-06-02 10:57:09 | Weblog
どやねん、岩場を駆け下りる雄々しい姿! まるで野生の虎…
とはいわないが。

「やくも立つ 出雲八重垣つまごめに
八重垣つくる その八重垣を」と詠まれたスサノオノミコト。
服狭雄尊と旧事本紀には記される神名だが、いくつかの宛字
がありそれぞれにその働きの意味がある。
この切なく美しい、そして雄々しい歌を詠まれたスサノオの時は
服狭雄尊である。八岐大蛇を退治してめでたく姫を迎えた次第。
歌が贈られた相手、奇稲田姫との御子が大己貴尊(のちに大国主命)
オオナムジノミコトという神である。

このオオナムジノミコトが国を治める旅をしていく記述にある
面白い数行がある。
「虎来るに曰く。汝は害有りて功無し、この国に住むべからず。
とこれを捕らえてひねり殺して小さきものとなして曰く。
汝はまさにネズミをおそうべし、と。」(訳)
これ、猫をさしているのね。猫はそうして人の国に住むのを
許されたわけで…って。

で、うちの許されてるこの方ですが。
江戸ちゃんは赤ちゃんの隠し場と縁側とを行ったり来たり、
忙しく走ってます。でもこのごろネズミは捕らないなあ…、
ったく…とカメが言ってますが。
怒ってるふうでもない…、猫には甘い。
なるほど、猫は由緒ある生きものなんで。



ベイビーが走る姿はよく撮ったけど、猫が走る姿を撮るのは
初めてなので、なんだかオカシイ、嬉しくもある。

そして彼女は腹一杯になるとこんな感じ。



地を平らげた神々、その恩恵のなかでのびのびと生きている。
憂いなし、かな。
かくありたし。



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