(澄んで輝いていたころの水)
苦海浄土をクガイジョウドと読むか、
クカイジョウドと読むか、どちらが
正しいかという話を熊本に住む知人
から聞いた。
ずっとクカイと読んでいたと応えた。
地元アナウンサーの話だとクガイで
定着しているのだという。それから
読み方の話や石牟礼道子の話など、
あれこれととめどなくした。
熊本文学・歴史館で石牟礼さんの
三回忌祈念、追悼のような展覧会
が終わった日でもあって
(海と空のあいだに〜石牟礼道子の
文学世界)石牟礼さんのことで延々
話が尽きないのだった。
また数日して、石牟礼さんと親しく
していた作家の前山さんに聞いたら
と知人が言ってきた。
クガイかクカイと前山さんが尋ねると、
カイでもガイでもどちらでもと
石牟礼さんはいわれたという。
そして石牟礼さんは私はクカイと
言われたそうだった。なぜならば…
という訳まで知人は話してくれたが
それは置いておいて。
ぼんやりして、集中できないまま、
あーそうなのか、と思っていた。
大事なのかもしれないが…わたしは
無知で、ぼんやりで。
人はよく知らないものを考えること
はできない。
目にもの見せられるまで。
水俣、福島、両方とも常に頭から
離れることのない宿題の地だ。
だが、いまごろになって自然環境保護法を
読んでいる。
法は害悪の罪から生命を守るためにある。
よく知っておかなければ、自然も身も
守れないということを実感した日が
あった。
わが風の谷の森が密かに侵されていたのだ。
北東側の崖を登ったところにある丘に、
放射能汚染土の仮置き場が作られた時
大型作業車の唸る音が風に乗って聞こえて
いた。その音に不安を覚えた。
そこから直線距離で1㎞余りだろうと
思った、おそらく。
しかし怪しい水が谷間の渓流に流れ落ち
てくるのを見つけるまで何もしなかった。
愚痴っただけだった、楽園が消えたことを。
汚染土は75%を大熊町中間貯蔵施設
に搬出済みと県のHPにはある。
だが仮置場のその後については書かれて
いない。その跡地の状況が皆目わからない。
村役場の「環境保全課」は水の汚濁を
確認できないとし、調べたければ民間の
検査機関へその水を持ち込むようにと
対応した。
すぐに手配し結果は想像した通り、
色、濁度の数値が安全基準をはるかに
超えていた。
放射性物質は1ベクレルだったが。
山肌を伝い流れ落ち小さな滝のように
なった場所から白く濁った水がざーざーと
山の湧水に、澄んだ湧き水の流れへ横から
流れ込んでいる。
それは目視できるほどだが、役場の人は
現地を見てきたが問題ないと話した。
崖の上は3.11以前は広大な牧草地
だった。緑の草原のところどころに
すみれやネジバナのピンクが混じり
ベイビーはその上にゆったりと寝そべり
私は雄大な山にカメラを向けた。
気持ちよい風が私たちを撫でていった。
何もかんがえないでいられた。
その日は雨だった。
せせらぎの水がいつもと違ってみえた。
濁り、泡が浮いている。
すぐにゴロゴロ石の道を奥へ進み、
突き当たりを曲がり湧水の泉の所へ
行った。
川は流れているのだからそのうち
澄むんだから大丈夫、そうは考えない。
原因をつきとめておくべきだからだ。
自然界にないものが有るならばそれを
除去しなければならない。
役場の人は翌々日の晴れた日に見に
行ったのだろう。それも定かではない
が、濁りはない、問題はないという。
あの雨の日に採取して検査に出した
水は色と濁度がかなり高かった。
有機高分子化合物や金属類、
粘土性物質、鉄さび、有機物質が要因
であるという結果だった。
有機高分子化合物や金属類はどこから
混入したのか。牧草地にはないはずの物質。
除染土の仮置場の排水がどう処理された
のか、地面に染みだした汚染水はどこへ
流されたか。
経路を調べなければならない。
水を見に行ったと話した役場の人は
あの場所の近くに工場などないから
問題はない、と言った。
仮置場のことには触れなかった。
放射能は調べますからといった。
こうして書いているのは、これから
解決するまでのことを記録するためだ。
平成21年に保健所で水質検査した際は
苦海浄土をクガイジョウドと読むか、
クカイジョウドと読むか、どちらが
正しいかという話を熊本に住む知人
から聞いた。
ずっとクカイと読んでいたと応えた。
地元アナウンサーの話だとクガイで
定着しているのだという。それから
読み方の話や石牟礼道子の話など、
あれこれととめどなくした。
熊本文学・歴史館で石牟礼さんの
三回忌祈念、追悼のような展覧会
が終わった日でもあって
(海と空のあいだに〜石牟礼道子の
文学世界)石牟礼さんのことで延々
話が尽きないのだった。
また数日して、石牟礼さんと親しく
していた作家の前山さんに聞いたら
と知人が言ってきた。
クガイかクカイと前山さんが尋ねると、
カイでもガイでもどちらでもと
石牟礼さんはいわれたという。
そして石牟礼さんは私はクカイと
言われたそうだった。なぜならば…
という訳まで知人は話してくれたが
それは置いておいて。
ぼんやりして、集中できないまま、
あーそうなのか、と思っていた。
大事なのかもしれないが…わたしは
無知で、ぼんやりで。
人はよく知らないものを考えること
はできない。
目にもの見せられるまで。
水俣、福島、両方とも常に頭から
離れることのない宿題の地だ。
だが、いまごろになって自然環境保護法を
読んでいる。
法は害悪の罪から生命を守るためにある。
よく知っておかなければ、自然も身も
守れないということを実感した日が
あった。
わが風の谷の森が密かに侵されていたのだ。
北東側の崖を登ったところにある丘に、
放射能汚染土の仮置き場が作られた時
大型作業車の唸る音が風に乗って聞こえて
いた。その音に不安を覚えた。
そこから直線距離で1㎞余りだろうと
思った、おそらく。
しかし怪しい水が谷間の渓流に流れ落ち
てくるのを見つけるまで何もしなかった。
愚痴っただけだった、楽園が消えたことを。
汚染土は75%を大熊町中間貯蔵施設
に搬出済みと県のHPにはある。
だが仮置場のその後については書かれて
いない。その跡地の状況が皆目わからない。
村役場の「環境保全課」は水の汚濁を
確認できないとし、調べたければ民間の
検査機関へその水を持ち込むようにと
対応した。
すぐに手配し結果は想像した通り、
色、濁度の数値が安全基準をはるかに
超えていた。
放射性物質は1ベクレルだったが。
山肌を伝い流れ落ち小さな滝のように
なった場所から白く濁った水がざーざーと
山の湧水に、澄んだ湧き水の流れへ横から
流れ込んでいる。
それは目視できるほどだが、役場の人は
現地を見てきたが問題ないと話した。
崖の上は3.11以前は広大な牧草地
だった。緑の草原のところどころに
すみれやネジバナのピンクが混じり
ベイビーはその上にゆったりと寝そべり
私は雄大な山にカメラを向けた。
気持ちよい風が私たちを撫でていった。
何もかんがえないでいられた。
その日は雨だった。
せせらぎの水がいつもと違ってみえた。
濁り、泡が浮いている。
すぐにゴロゴロ石の道を奥へ進み、
突き当たりを曲がり湧水の泉の所へ
行った。
川は流れているのだからそのうち
澄むんだから大丈夫、そうは考えない。
原因をつきとめておくべきだからだ。
自然界にないものが有るならばそれを
除去しなければならない。
役場の人は翌々日の晴れた日に見に
行ったのだろう。それも定かではない
が、濁りはない、問題はないという。
あの雨の日に採取して検査に出した
水は色と濁度がかなり高かった。
有機高分子化合物や金属類、
粘土性物質、鉄さび、有機物質が要因
であるという結果だった。
有機高分子化合物や金属類はどこから
混入したのか。牧草地にはないはずの物質。
除染土の仮置場の排水がどう処理された
のか、地面に染みだした汚染水はどこへ
流されたか。
経路を調べなければならない。
水を見に行ったと話した役場の人は
あの場所の近くに工場などないから
問題はない、と言った。
仮置場のことには触れなかった。
放射能は調べますからといった。
こうして書いているのは、これから
解決するまでのことを記録するためだ。
平成21年に保健所で水質検査した際は
基準値内のきれいな水しかなかった。
比較するとやりきれない気持ちだ。
きれいな水だったのだ。
(スミレ)
山奥の、人が生活しない場所だから
住んだのだった。山にいさせてもらう
暮らしは心地よかった。
こんなことが起きようとは思いも
寄らなかった。
原発事故を他人事とは思ったことは
なかったが、深刻な被害を受けた
人々がたくさんいることを思うと
少ない被害で済んだことを喜ぶわけには
いかなかった。憂いは続いた。
ゼロ地点から92.5km はなれた森。
不安と不穏さが消えない。
移り住んでからあの日までの日々が
どんなにしあわせだったか、わかって
いなかった。
原子力発電所が爆発した日は雪に覆われ
白く静かな森に小雪が舞っていた。
あの美しい景色が遠い思い出となり、
澱んだまま晴れない十年だった。
そして十年たち憂いは本当に我が事と
なった。
放射性物質を含む除染土を運び
低濃度だから安全だからといい、
再利用する実証実験が行われている。
放射能汚染が低かった場所、
汚染がなかった安全だった場所に
わざわざ汚染土を運ぶのは何故と
聞くまでもない。
環境省は自然環境保護法を数値
のみで考え、災害をもビジネスに
変えていく企業に荷担している。
数値の欺瞞は普通の人々にはわかりようがなく
プロセスは隠され、かいつまんだ結果だけを
知らされるのだ。
(盆栽の紅梅の16年目、大きくなった)
自然界にはない有機高分子化合物
も当然含まれているだろう土を
あちこちにばらまけば新たに
大地を汚すことになり、川を伝い
海の水を汚すことになり、
もろもろの生命を損なうことと
なる。
それが目に見え、人々にわかった
時は、哀れんでも恨んでも遅い。
水俣病に何も学んでいない国の姑息さ
はとうに諦めもしたが、人口少ない村の
職員までが知らんふりするとは……。
自然のなかに暮らしていると、それは
あたりまえすぎて、かけがえのない
宝だとは気づかない、その典型ではないか。
対岸も他山も、人の為すことは全て我が事と
自覚しなければならない。
事実から逃げようと、生きる場所はここなのだ。
地球という星の一隅。
比較するとやりきれない気持ちだ。
きれいな水だったのだ。
(スミレ)
山奥の、人が生活しない場所だから
住んだのだった。山にいさせてもらう
暮らしは心地よかった。
こんなことが起きようとは思いも
寄らなかった。
原発事故を他人事とは思ったことは
なかったが、深刻な被害を受けた
人々がたくさんいることを思うと
少ない被害で済んだことを喜ぶわけには
いかなかった。憂いは続いた。
ゼロ地点から92.5km はなれた森。
不安と不穏さが消えない。
移り住んでからあの日までの日々が
どんなにしあわせだったか、わかって
いなかった。
原子力発電所が爆発した日は雪に覆われ
白く静かな森に小雪が舞っていた。
あの美しい景色が遠い思い出となり、
澱んだまま晴れない十年だった。
そして十年たち憂いは本当に我が事と
なった。
放射性物質を含む除染土を運び
低濃度だから安全だからといい、
再利用する実証実験が行われている。
放射能汚染が低かった場所、
汚染がなかった安全だった場所に
わざわざ汚染土を運ぶのは何故と
聞くまでもない。
環境省は自然環境保護法を数値
のみで考え、災害をもビジネスに
変えていく企業に荷担している。
数値の欺瞞は普通の人々にはわかりようがなく
プロセスは隠され、かいつまんだ結果だけを
知らされるのだ。
(盆栽の紅梅の16年目、大きくなった)
自然界にはない有機高分子化合物
も当然含まれているだろう土を
あちこちにばらまけば新たに
大地を汚すことになり、川を伝い
海の水を汚すことになり、
もろもろの生命を損なうことと
なる。
それが目に見え、人々にわかった
時は、哀れんでも恨んでも遅い。
水俣病に何も学んでいない国の姑息さ
はとうに諦めもしたが、人口少ない村の
職員までが知らんふりするとは……。
自然のなかに暮らしていると、それは
あたりまえすぎて、かけがえのない
宝だとは気づかない、その典型ではないか。
対岸も他山も、人の為すことは全て我が事と
自覚しなければならない。
事実から逃げようと、生きる場所はここなのだ。
地球という星の一隅。