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映画・演劇のレビュー

いしいしんじ『四とそれ以上の国』

2009-08-17 18:01:15 | 映画
 四国の徳島で生まれた。徳島での子どもの頃の記憶はない。幼い頃、両親と共に大阪に出てきて、大正区で暮らした。沖縄出身の人たちが住むアパートで暮らした。とても温かで居心地のいい場所だった。あの頃の記憶が一番古い記憶として今も心に残っている。そこでのアパートの階段に坐る僕の姿が最初の風景だ。まだ、5歳にもなっていない。

 4歳まで、四国で暮らした。大阪に出てきてからも毎年夏が来ると四国に帰っていた。小学校の頃まで、毎年夏はずっとおばあちゃんの家で暮らした。両親が大阪に帰っても僕と弟は残された。僕にとってあそこはふるさとだ。すべての記憶はあそこから始まる。大阪と徳島。2つの場所をつないで、幼い日の僕が作られた。

 おじいちゃんが死に、やがて祖母が亡くなり、四国には帰らなくなった。もう何十年も帰ってない。いしいしんじのこの小説を読みながら、なんだか生まれる以前の記憶をたどる気分にさせられた。この小説のすべてが不思議になつかしい。失われてしまった4歳までの記憶がよみがえってくるような気がした。それはこの小説の描く風景と重なる。覚えてもいなかった記憶を喚起させるこれはそんな小説だ。
まぁ、僕の勝手な妄想でしかないのかもしれないが。

 この幻想小説が描く世界は、人と物が分離する以前の世界に見える。彼らは人であって人ではない。もっと超越した存在だ。この5つの物語が示す風景は現実のものではなく、幻の四国という場所のお話だ。この少し長めの短編連作を通して、この国(四国)が人間が生まれる以前の本質的なものを秘めた世界として描かれる。いしいマジックに翻弄され、何が何だかわからない幻想世界にどっぷりと浸かることとなる。

 塩が世界を埋め尽くす『塩』。特急列車の中で、かっての教え子の幻想を見る『峠』。巡礼の旅を幻視する『道』。鳴門の渦潮に魅せられるトラック運転手を描く『渦』(この小説が一番読みやすいのは、これだけが主人公をこの島の住人にしなかったからだ。この小説では、たぶんこの島〈四国〉は魔物の棲む世界として描かれる)そして、最後は藍が逃げ出す旅を描く『藍』。

 人とモノが未分化で、世界が今ある形にはなっていない。そんな世界で、この物語たちはたゆたう。人と物語も分かたれていないのだ。小説としては読みにくいかもしれないが、この独自の世界に嵌まるとなかなか抜け出せない。

 『ぶらんこ乗り』で彼の世界に魅了された。その後もずっと新刊が出るたびに楽しみにして読み続けた。だが、ここ数年、読んでなかったが、その間にこんな凄い作品を書いていたのか。続けて、読んでなかった『白の鳥と黒の鳥』も読んだ。短編集だ。こちらはただの短編集だ。まぁ、彼らしいと言えば彼らしい。このレベルなら読み忘れていても惜しくない。最初の『肉屋おうむ』がすばらしいが、だんだんマンネリ化する。短編はただのショートショート見たくなり彼の個性が十二分には発揮できないようだ。

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