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映画・演劇のレビュー

山田詠美『学問』

2009-08-17 18:31:00 | その他
 このちょっといかめしいタイトルを冠した青春小説を読みながら、とても切なくて、素敵で、大好きな小説なのに、今一歩乗り切れなかった。なんだか微妙だ。かって『放課後の音符』と『僕は勉強ができない』の2作品で、青春小説の頂点を極めた山田詠美マジックが今回は僕を魅了しない。それは作品の方に問題があるのではなく、きっと今の僕の感じ方に難があるのかもしれない。

 高度成長期を背景にした自伝的フィクションは、ほぼ同時代を生きた僕の心情と重なる。あの頃の子どもたちの気分を共有できる。だけれども、今僕は感傷的な気分に浸りたいわけではない。この困難な時代を必死で生きている子どもたちの気分の方を大事にした。そんなところからこの世界に浸れなかったようだ。別に本を読んでる時くらいその小説世界にどっぷり浸かってもよさそうなものなのに。感傷的な小説ではない。だが、世界が過去で閉じてしまっている。そこが気になったのだ。

 生きることの不安と輝き。やがてくる未来よりも、その瞬間瞬間を必死に生きていたこと。小学2年生からスタートいて、4つの時間が4人の仲間とともに描かれる。転校生の仁美(通称フトミ)。みんなから一目置かれ学校のリーダーでもある心太(テンちゃん)。くいしんぼの無量(ムリョ)。いつも幸せそうに居眠りする千穂(チーホ)。やがて、無量にラブレターを出し、彼ら4人と関わることになる素子。

 5人の死亡記事を挟み込みながら、彼ら4人(と1人)の4つの時間がスケッチされていく。そんな中で、彼らが何を学び、何を喜びとしたかが綴られる。タイトルの『学問』とは、学校の勉強のことなんかではないことは明白だろう。人が生まれ、人とかかわり、大切なものを学んでいく。そして、やがて死ぬ。どれだけ自由に、どれだけ遠くまでいけたか。そのことが、静岡県の美流間市という田舎の小さな町を舞台にして、ここから一歩も出ることなく描かれる。

 これは裏山に秘密基地を作ることから始まり、この世界をすべて自分のものにしたいと願った子どもたちの冒険物語である。そしてやがて彼らが死んだとき何を残したのかを夢想する。長い人生においてその根底にある子供時代のスケッチが、描かれなかったすべてを感じさせる。

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