久しぶりに三崎亜記の小説を読んだ。変わらないこのテイストが好きだ。彼の世界に入ると、なんだか心が落ち着く。この幻想的な、でも確かにこれは僕たちが生きている現実世界の感触がある、そんな不思議な世界に身を委ねる。とても穏やかで心地よい世界がそこにはある。
今回は19編の短編からなる三崎ワールドだ。そこに漂う世界観が好き。落ち着く。短いお話はいずれもそれぞれが異なるけど同じように見事な世界観を提示する。描かれるお話の設定が奇抜だ、というのではない。(もちろん凡人には思いつきもしない設定のすばらしさで魅了させるのに、だけど)日常の中に潜む意外で、でも見過ごしそうな場所、状況。こんな世界ならあるかもしれない、と確かに思う。そこでその不条理に翻弄されながら、でもそこでふつうに何気なく生きているかもしれない。それぞれのお話はそんな思いを抱かせてくれる。
タイトルの『名もなき本棚』が象徴的だ。この短編が19編全体のイメージを形作る。日常の中になぜか不自然に置かれたままの本棚。ビルの非常階段、その17階と18階の間の踊り場にあるちいさな本棚。誰が何のためにこんなところに設置したのか。気になるけど、気にせずに過ごした日々。ある日届いた誰かの日記、亡くした部品、待合室。設置されているライブカメラの映像。ここには以前読んだはずの小説も収録されているような気がするけど、勘違いか。彼は何度も同じような設定をバリエーションをつけて描いているから、そのせいかもしれない。そんなデジャ・ヴュすらなんだか読んでいて快感なのだ。
もしかしたらまだ読んでいない彼の小説があるかもしれない。デビュー作の『となり町戦争』からずっとリアルタイムで出版時に読んでいるはずだけど、しばらくご無沙汰していたから、これから図書館に探しに行こう。