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映画・演劇のレビュー

東直子『薬屋のタバサ』

2013-03-03 22:20:45 | その他
いつものように、とても現実とは思えない、なんとも不思議な世界を描く東ワールド炸裂の秀作。そこはどこでもない町。今までいた場所から抜け出して、誰も知らないその町に流れてきた女が、とある薬屋で暮らすことになる。ひとり暮らしの中年男タバサはそんな彼女を受け入れる。

 そんな2人が一緒に暮らす日々が描かれる。でも、これはこの2人のラブ・ストーリーなんかではない。彼だけではなく、この町に住む住人はみんななんだか普通じゃない。ファンタジーというわけではないけど、でも、描かれる世界はファンタジーとしか、言いようがない。そんな世界に身を寄せながら、彼女とともに、僕たち読者も、その現実を受け入れていく。そうすると、なんだか心が穏やかになれる。だが、これはハートウォーミングというわけではない。それどころか、どちらかというと、このダークな世界に不安にさせられる。だが、徐々にそれすら心地のよいものになる。

 この町の人々は、なぜか人が亡くなっても葬儀をしない。墓も作らない。だから、タバサの先祖は庭に埋められている。タバサの母親の謎の死。彼女は家の庭にある沼のような池で自殺した。タバサは毎年、三種類の煮豆を命日に供える。自転車屋のおやじの死や、マサヤという幼女のような不思議な老女の予言。タバサが調合する薬の謎。死にかけていた老人が元気になる。「予定が立つ」という言葉。やがて、ぽっくりと死ぬ老人。彼女もまた、彼から薬をもらい、飲むように言われる。わからないことがばかりが、ある。だが、それもこれも受け入れる。そして、子供を身ごもり、この町に受け入れられる。

 この幸せは本物ではない。というか、こういうのを、幸せとは言わない。まるで、この町の磁力に絡めとられていく感じだ。でも、それはそれでいいのかもしれない、と思う。別にどうでもいいのだ。今までいた世界から、逃げ出してきたのだ。もうそこには戻りたくはないし。ここで何も考えずに、ただ毎日を過ごせたならいい。

 ここから出ることもなく、ここに染まって、ここの人間になれたなら、それで幸せなのかもしれない。タバサの子供を産み、その子は、やがて、薬屋を継ぐのだろう。そして、同じように誰かと一緒になり、子供を産み、その子がまた、薬屋を継ぐ。永遠に繰り返される。でも、この町もまた、老いていく。徐々に人は少なくなり、店は閉まり、ひっそりとしている。町はだんだん寂れていく。それは彼女にもわかる。いつまで、今のこの町があるか、わからない。これって、なんだか今日見てきたA級の『或いは魂の止まり木』と似ているような。



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