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映画・演劇のレビュー

劇団愛人の会『町破れて』

2013-02-28 21:54:32 | 演劇
 とても大胆で斬新な作品だ。舞台上に特別な仕掛けがあるわけではないのに、ドキドキさせられる。ここで何が起こっているのか、彼らがどこにたどり着くのか、先が見えない。だから、舞台から一瞬さえ目が離せなくなる。冒頭から、一気に引き込まれる。暗闇から浮かび上がる。ひとりの男。3人の男が順々にアサノ、アサノ、アサノと呼びかける。縦に並んだ彼らの姿。彼らは同じように自分の指をなめる。さらに、そこにマイノがやってくる。ヨシザキが来て、マイノの指をなめる。マイノはとろけるように、脱力していく。あれはアサノが見た夢なのか。

 世界と距離を置いて生きるアサノ。彼はひとりの世界に閉じこもる。表面的には周囲に溶け込んでいるようにも見える。拒絶しているわけではない。周囲も彼を無視するわけではない。普通にしているように見える。本が大好きでずっと文庫を手放さない。だが、それはポーズでしかない。というかそうすることで、カムフラージュできるからだ。読書好きの自分を装っている。実は、彼には常人には理解できない自分の世界がある。爬虫類と両生類にとりつかれた彼は街の片隅のペットショップに通い詰める。そこで水槽の中の生き物と言葉を交わす。ある日、ペットショップのオーナーは彼を秘密の場所へと誘いだす。そこには深くて底知れない世界がある。

 まだ若い役者たちが、とても上手い。彼らの醸し出す計算された雰囲気が、この作品世界を強固なものとする。完璧な劇世界がここには展開する。この独自の緊張感が90分持続していく。一瞬もだれることはない。シチサン分けの世界(普通の人間の常識的な世界)にいるハチサン(常識を食み出ている)の人間。彼らにはここは居心地の悪い場所だ。だが、息を潜めてここで生きるしかない。

 こんな世界だが、それでもここで生きている。だが、そんなふうにして生きるのは、彼だけではない。彼の周囲の人間たち、さらには誰もがこの世界に違和感を抱いて生きている。バンドをしている4人にはドラムを叩くメンバーがいない。そんな不完全なメンバーで奏でる曲は、とても人様に聞かせるようなものではない。だから、ヨシザキはアサノにドラムを勧める。だが、彼には興味がない。アサノは自分に自信がない。だが、誰もが同じように自分に自信を持てないでいるのだから、彼だけが特別ではない。

 ここには特別な何かが起きているわけでもない。ありきたりの毎日が、とても不安定で続く。彼らはいつもこの世界に違和感を抱いている。それでもなんとかバランスをとってヘラヘラして生きていく。しかし、そんなバランスは、いつ崩れるかわからない。今、この瞬間にすべてが終わっていても誰も驚かない。4匹の山椒魚を盗んできて、自宅の風呂で飼育する。ペットショップでオーナーの目を盗んで連れ帰った。日本ではいない種だ。というか、日本では飼育が禁止されているようだ。

 その山椒魚たちはアサノを唆す。アサノが見た妄想のドラマだ、と納得すると、わかりやすいのだろうが、そんなことはしない。どこまでも過激に暴走していく。僕たちはそんな世界に身を委ねる。


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