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映画・演劇のレビュー

吉田修一『怒り』

2015-04-19 21:46:41 | その他
ある殺人事件に犯人を追う刑事。そこだけを取ると、よくあるパターンのお話なのだが、それが吉田修一の手にかかるとこうなる。彼のヒット作『悪人』につながる犯罪小説だ。(『悪人』に続いて本作も李相日監督の手で映画化されているようだ。公開は来年。)

表面的には何でもない作品に見える。それが異常な緊張感を持つものとなる。しかも、事件の謎を追う、とか、連続殺人とか、そんなふうにはならない。じゃあどうなるのか、というと、どうにもならないのだ。ものの見事に何も起きない。上下2巻の大作なのだが、地味で、まるで、盛り上がらない。なのに、こんなにもドキドキする。何も起きないことが反対にどんどん不安を煽るのである。

4つの話が並行する。事件を追う刑事たち。それと並行して、別々の場所での3人の容疑者と彼らと関わる人々とのドラマが描かれていく。容疑者と言いながら、それは勝手に読者である僕たちが思っているだけで、そうじゃないのかもしれない。やがてはこの3つのお話がどうつながるか、と思う。でも、なんとつながらない。それらは別々の場所でも、別々のお話として見ていくべきものなのだ。そのことに終盤になってようやく気付いた時、3つの話が皮肉にもつながる。というか、少しかする程度なのだが。

3つの話の3人の男は、事件の犯人だったかもしれないと、それぞれのお話の主人公たち(男と関わった人たち)は疑いを持つ。だが、疑うことでそれまで保っていた両者の関係が損なわれていく。

事件は解決しない。犯人は捕まるけど、その時にはもう死んでいる。なぜ、あんな凶行に至ったのかは闇の中だ。だが、たとえ彼を逮捕したとしてもわからなかっただろう。「怒」と書かれた文字に込められたものは本人にすらわかるものではないからだ。

吉田修一はそこに至るプロセスを丁寧に描いた。犯人だけではない。ここに登場する別々の場所にいる3人の男(容疑者)はそれぞれが誰にもわからない闇を抱えている。吉田修一はそんな彼らの、わからないことで見えてくるものをここに提示したのだ。ちゃんとわからないという気味の悪い世界。この世界はそんな闇で満ち溢れている。




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