こういう小説を読むと、なんだかほのぼのとしていい気分になる。正直言ってこれはたいした小説ではない。でも、そんなことどうでもいい。読んでいて、ほんわかとした気分になり、読み終えて幸せになれる。それこそが、一番大事な点ではないか。みんなそれぞれ悩んで生きている。いいことばかりじゃない。それどころか、毎日憂鬱なことばかりだ。人生ままならない。
でも、生きていたなら、きっつといつか、いいこともある。ヒーローなんかにはなれなくても、かまわない。
主人公の仁藤仁は阪神の代打選手で10年間プロに在籍した。1軍と2軍の間を行き来して、でも、首になった。甲子園で、誰もが成しえなかった奇跡の場外ホームランを放った翌年に、である。それを不運だとは、思わない。そういうこともある。彼だけではない。ここの登場する人たちはみんな、多かれ少なかれ、うまくいかない人生を送っている。でも、なんとかかんとか生きていて、いいこともある。これはそんなお話なのだ。
彼を中心にしてその周囲の人たち(視点にはこちらにある。仁藤は彼らの言葉で語られる)による「彼」を巡るドラマが、12章からなる短編連作スタイルの長編として綴られていく。彼が好きになる散髪屋の女性、彼をドラフトで取ったスカウト。彼にホームランを打たれたドラゴンズのベテラン。高校時代バッテリーを組んでいた男。彼の後輩に当たるドラフト1位で入団した投手。いろんな人たちの目から描かれる木に小さい男である彼の姿。
ヒーローインタビューなんか、受けれなかったけど、彼はみんなのヒーローだった。最後のエピソードも含めてとてもよくできた心温まる作品。