習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

仙川環『ししゃも』

2007-09-03 23:31:44 | その他
 虹色のししゃもを巡る町おこしの物語。東京での華やかな生活を引き払って、北海道の片田舎に帰ってきたヒロインの恭子。一流商社をリストラされて失意のまま帰郷した。まだ、20代後半で、まだまだ人生はこれからなのに。そんな彼女の敗者復活を賭けた戦いが描かれる。

 特にどうってことない小説で、ラストまで、一気に読ませる力はあるが、それ以上でも、以下でもない。別に読み流してもよかったのだが、なんだか、少し気になる。それは、この小説が何を描きたかったのか、という疑問とこれがどれだけの意味を持つのか、ということだ。ただのエンタメ小説だと切り捨ててもいいのだが、なんとなくそれで済ましたくない。かといって、これがどれだけのテーマ性を孕み持つか、というとなんだかなぁ、とも思う。

 寂れた田舎町(自分が生まれ育った町だ)に戻ってきた彼女が、偶然水産検査場で新種のししゃもを見て、驚く。これを使ってこの町の再生が出来るのではないか、と思う。さらには自分自身の復活も、だ。周囲を巻き込んで再生を図るが、その事業のキーマンとなる男の失踪から、思わぬ方向に向かうことになる、という話自体には何の面白みもない。

 死んだような町が、このことを通して命を吹き返していくなんて、よくある話で、そこにもう少し《何か》を付加しなくては小説としてはセールス・ポイントに欠ける。例えば、昨年の大ヒット作『フラガール』を思い出してみよう。主人公は蒼井優演じる女の子(と、彼女たちの教師となる松雪泰子の2人)。彼女たちが、気付けば、周囲を巻き込みフラダンスを踊っていた、というパターン。同じ町おこしものだが、あれが感動的なのは、ストーリーを超える圧倒的なダンスシーンにある。この小説には、それがない。失踪した男を巡るミステリなんて、どうでもいい。だが、必死になって何かを成し遂げようとする人々の姿は、実はなかなか心地よいものだったりもする。

 東京の大手商事会社でそれなりに頑張ってきた女が、自分の力とは別次元の問題で、リストラにあい、今では何の後ろ盾もないただの女になり、でもそこから何かを成し遂げようとする。実は、そこにこそこの小説の魅力があるのだ。たかが、虹色ししゃもだけど、そのために必死になり、そこに生きがいを見出していく。その過程は実に面白いのだ。だからこそ、この小説は彼女の人生を賭けた生き残りゲームとしてこのドラマをきっちり見せるべきだったのである。

 疲れた体に心地よい小説だ。ほんのちょっとした清涼剤にはなる。しかし、ほんとなら、もっと凄いものにもなったはずだ。このレベルで終わるなんて、なんだか、惜しい気がする。

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