習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

井上荒野『ズームーデイズ』

2008-01-17 21:27:48 | その他
 こういう恋愛小説を読んでいるとなんだか人の心を覗き込んでいるような錯覚に陥る。これは作者の実体験では到底ないだろうとは思いながらも、かなり作者自身が投影されている気がして。その生々しさは、小説というより、よく出来た日記を読んでいる気分にさせられる。先日の金原ひとみ『星に落ちる』もそうだった(主人公が小説家で、彼女の恋愛を描いているという共通項のみで括るのはどうだか、とは思うが)

 さて、この痛々しい恋愛小説だが、決してつまらないというわけではないが、もう少し何かが欲しい。主人公の恋が一体どこに向かうのかも見えないまま、小説自体までもが、描かれていく日常の日々の中に埋もれていく。もちろんわざとそういう効果をねらっているかも知れないが、なんだかもの足りない。

 ズームーと暮らした7年間。30歳から37歳までの日々。8歳年下の彼は優しいが優柔不断で何を考えているのだかよくわからない。私は別に彼に執着しているわけではないから、彼がどんな人であろうと構わない。ただ一緒に生活していて心地よかったらそれだけでいい。

 彼女にはズームー以外に彼と出会う以前から付き合っている男がいる。妻子持ちで、彼女のことをただの遊び相手としか思っていない男だ。なのに別れられない。2人の男の間で揺れる想いが描かれる。だが、それは甘美な話ではない。彼女は自分をヒロインにしてドラマチックなお話を思い描いているわけではない。

 だいたいこれはそんな小説ではない。ただ、ゆっくり流れていく時間の中で、彼女が感じたままが綴られる。盛り上がりやら、劇的な展開なんてない。若くして癌になったりすることまでが、ありきたりな日常のこととして語られる始末だ。

 だが、ここに描かれる「ゆるい日々」が、読んでいて心地よいということもまた事実であったりする。30代という女性にとって微妙な年齢の中で、焦るでもなくただ淡々と暮らす時間が永遠に続くような気分にさせられる。やがて終わりがくることは充分わかっているのに、終わりが来るまではのんびりこの心地よさに浸っていたい。そんな気分にさせられる小説である。最初に書いた物足りなさも含めて、ここにはそんな不思議な味わいがある。実はそれがこの作品の魅力なのかも知れない。

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