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映画・演劇のレビュー

『川っぺりムコリッタ』

2022-09-24 11:20:09 | 映画

コロナのせいで公開がなんと1年以上も延期になってしまったけどようやくのロードショー公開だ。うれしい。結果的に荻上直子監督の4年ぶりの新作となる。前作の直後から企画していたようだがプロデューサーと揉めて制作延期。難産となり、まず先に小説として出版されたのち、ようやくGOサインが出た。だが、完成後もコロナのせいで公開が見送られて、この度ついに公開されたのだ。めでたし、めでたし。

松山ケンイチ演じる主人公、山田がずっと不機嫌な顔をしている2時間である。お話の骨格はハートウォーミングなのだけど以前のハートウォーミングとは少し違う。優しいアパートの隣人たちや職場の社長たちとの生活を通して徐々に心を開いていくというよくあるパターンのはずなのだけど、あえてそれが簡単にはいかないように作られてある。彼はなかなか人に心を開かない。頑ななのだ。刑務所から出てきて知らない土地でやり直す。でも再起するという感じではなく、仕方なくここにいる、と言う感じでやる気はない。訳アリだらけの川沿いのアパートの住人たちとの交流。隣の男(ムロツヨシ)はいきなり「風呂を貸して!」とやってくる。ずうずうしい。ご飯を炊くと食べにくる。でも、悪いやつではない。大家さんは満島ひかり。まるで『めぞん一刻』の響子さんみたいだ。夫を亡くして、幼い娘とふたりでひっそり暮らしている。でも、はかなげな女の人とかいうようなパターンではない。「妊婦を見たら、腹が立つから、そのおなかを蹴りたくなる!」とかいうような過激な発言もする。もちろん、しないけど、と自分でちゃんとフォローもする。さらには死んでるような顔で、喪服を着て、幼い息子と一緒に、毎日墓石を売り歩いている訪問販売のセールスマンの吉岡秀隆! アパートの住人はこの3人(と、子供ふたり)だけ。とんでもない強烈な個性のこの3人とともに、同じアパートで暮らしていく。職場ではおせっかいな社長、緒方直人がいらぬ世話ばかり焼いてくれて、うざったい、と思っている、みたいだ。そんなこんなの周囲の人たちによるからまわりする優しさにまるで答えることもなく、自分の殻に閉じこもる山田のほうがうざったい。

しかも、死んでいた父の遺骨を取りに行くこともしない。なぜ彼が刑務所に入れられることになったのか、彼を棄てた両親のことも含めて、彼のバックボーンは一切描かれないし、ほとんど語られない。説明はしない映画なのだ。それはそれでいい。主人公はなかなか人と心を通わせない。それもいい。そんなもどかしさがこの映画の身上なのだ。起伏のない2時間の映画の中で少しずつ彼の心が和らいでいく。

ラストの父親の葬儀をするシーンが素晴らしい。自分たちだけで野辺送りをする。河原を歩く彼らの姿が美しい。荻上直子監督は今回も食事のシーンにこだわる。『かもめ食堂』の時代からずっとそうだった。でも今回は実にシンプル。炊き立ての白ご飯と職場でもらってくる塩辛だけ。それにムロが持参する新鮮な(庭に作った畑で栽培している)トマトやキューリ。なのにそれがとても美味しそうなのだ。荻上直子監督は前作『彼らが本気で編むときは、』に続いて今回も、以前とは違うタッチだ。それまでの優しいだけの世界からもっと厳しい世界へと主人公たちを連れていく。映画はもう甘くはない。でも、それでも彼女の優しさは変わらない。


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