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映画・演劇のレビュー

『終わった人』

2018-06-25 21:30:53 | 映画

これはコメディ映画なんだろうが、まるで笑えない。それが作り手の意図なのなら、救われるがそうではあるまい。このお話をシリアスに描いたなら悲惨な話にもなる。どういうスタンスで望むかが作品の成否にもつながる。中田秀夫監督はどっちつかずの映画にしてしまった。だから何がしたかったのかもわからない。悲惨だ。

 

定年を迎えた男がその日から先の時間をどうして生きるのかを描く。「終わった人」という定義付けは大胆で凄いとは思う。だが、彼の何が終わったのかを描ききれないと、笑えないし、泣けない。最初の3日間はパターンで、それなりには笑える。だが本来のお話はその先にある。定年後の何もすることのない時間をどう過ごすか。仕事人間だったけど、終盤で会社に裏切られて、無用の人になったまま、退職の日を迎えた。これからはのんびりと自分の時間を過ごす、つもりだった。だけど、何もしたいことがない。永遠に続く無為の時間の恐さ。だれも構ってくれないし、居場所もない。妻もそんな彼を顧みない。(彼女には仕事がある)

 

映画はその後、彼が再就職して(IT関連の会社に請われて顧問として)活躍する、という展開を用意する。なんだか理想の展開なのだが、そこには落とし穴がある。社長の急死から、後任の社長としての就任を要請され、事業の失敗から倒産し、負債を抱え込むことになる。悠々自適のはずが、膨大な借金を抱えることになる。

 

もっとささやかなお話の中で老後をどう生きるのかの、答えを提示してくれるのかと思ったのだが肩すかしを食らう。だが、生きがいというのはなんなのか、という問いかけに対するある種の答えはここにあるのかもしれない。何もない、というのはとんでもなく怖いことだ。誰からも必要とされていないという恐怖。そこからどう抜け出すのか。それがこの映画のテーマで、これはやはりシリアスなお話なのだろう。映画はいろんなところで、中途半端なので、テーマが伝わりきらない。

「暇だ!」という主人公がその無間地獄の先にたどりつく結論が、もっと恐怖と背中合わせのものとして描き出されたなら凄い映画になったかもしれない。中田秀夫は得意のホラー映画の手法でこの映画を作るべきだったのだ。

 


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