ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

「オルガス伯爵の埋葬」

2012年12月07日 | スペイン/ポルトガル

 トレド大聖堂の正面、アユンタミエント広場から西へ石畳の路地を行く。
 小さなコンデ広場の一角に小さな教会があって、意外にも長く列が延びていた。

 入場時間が予め指定されていたらしく、案内人は、時間も気持ちも急いていたのかも知れない。
 急いで向かったその素朴な教会に、どうして多くの人が訪れるのだろうか?

 9712_9_2そのサント・トメ教会(写真上)。
 エル・グレコ(1541-1614 /スペイン・マニエリスム)が、スペインでの地位を不動のものにした珠玉の一枚、傑作 「オルガス伯爵の埋葬」がある。

 ベラスケス(1599-1660/スペイン・バロック)の 「ラスメニーナス」(プラド美術館蔵)、レンブラント(1606-1669/オランダ・オランダ絵画黄金期)の 「夜警」(アムステルダム国立美術館蔵)と並んで、世界三大集団肖像画のひとつとされている。

 この小さな教会、荒れるに任せていたのをオルガス伯爵が再建したとされている。
 小さな石段を昇り、ビロードの黒いカーテンで仕切られた部屋に入ると、右手の壁一面にその絵は架かっていた。

 トレド出身のオルガス首長ドン・ゴンサロ・ルイス、正義感に満ちた騎士オルガス伯ルイスは信心深い篤志家でもあり、グレコの教会区教会でもあったサント・トメ教会のために多額の財産を遺している。

B  二部構成になったこの絵の上部には、その有徳の士オルガス伯の魂が天に召される場面。
 下部には、トレドの守護聖人、聖エステバンと聖アグスティンが、オルガス伯爵を葬っているという奇跡を描いている。
 現実と非現実の世界が同居する劇的な描写は、彼がイタリアで修得したものといわれている。

 テンペラによって描かれているため、薄暗い礼拝堂の中にあっても、まるで、この絵自体が光を放っているかのように明るく色鮮やかに浮かび、思わず声を上げてしまった。
 ちなみに、埋葬されるオルガス伯の周囲には、グレコ自身の姿や画家の息子であるホルヘ・マヌエルの姿も描かれている。

 流浪の果てに、異邦人がたどり着いた安住の地、その光と影、“ 聖なる街。岩のように悲しみに充ちて重い、スペインの栄光 ” (セルバンテス)、エル・グレコ、心のトレドである。

 現金なもの、消化不良で胸の辺りの痞(つか)えも傑作との出合いで解消。
 感激覚めやらぬ気持ちで、97年初冬、古色蒼然たる佇まいの街、トレドと別れた。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.549

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