マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

お種理論はなかった

2012年02月02日 19時05分31秒 | ひとりごと
飯山大先生から「お種理論」と金正恩とを絡めた本を書いたら売れるよ、といわれた。でわ、さっそく書くことにしようかな・・・って思ったけど、実は「お種理論」などはもともと存在しない。単に「日本の天皇が世界中から尊敬されるのは、世界中がうらやむほどの血統(つまりお種)をお持ちなのではないか」との妄想を基本理論にしているだけなのだ。
元々チンギスカーンと義経を研究していて大きな疑問が湧いてきた。それは、源氏の棟梁である源頼朝がどうしてたかが弟である義経に嫉妬しなければならなかったのかをである。天皇は義経に官位を与え、兄弟を分断しようとしたのかもしれない。しかし、どれだけ考えても義経が殺されるほど悪いことをしたとも思えない。なんとも頼朝は異様だったのだ。まあ、北条政子(またまさ子だな・・・)が亭主をそそのかしたといううわさもあるが…。それよりも義経のほうが「お種」が上だったのかもしれないと考えてみたらどうだろうか。うーん、こんなことを考えてもどこにも答えがあるわけがないし・・・そこで妄想をしてみたのだ。

どんな妄想か?それを説明すると長くなるけど・・・・、満州から中央アジア全般を支配してきた遊牧民は古くは匈奴、フン族、そして突厥などのチェルく族だが、彼らは基本的にあまり歴史に興味がない。つまり、名より実利本位の連中なのである。彼らは寒冷化するたびに南下する特性を持っている。すなわち、牧草地帯が寒冷化すると食料自給が難しくなり、福祉対策として食料を求め略奪を始めるのである。彼らはむやみに人を殺してきたわけではなく、税金相当の食料や品物をいただけばおとなしく引き上げる。そして何より一番得意なのは「お種の交換」なのである。つまり、侵略した地域の王女を連れて帰り、生まれた男子を王として戻すのである。このように婚姻で結ぶことが安全保障になるのだ。世界最強鉄鉱部族、スキタイは中央に長男、右と左に弟たちを配し、それぞれの地域を決め地方自治を認める。そして、どんなに時代が変わろうと、その支配構造は変わらないのである。
(もちろんマヨの妄想ですが・・・)中央本部はロシア南部のクラスノヤルスクに置く。そこが総本部である。まさに、ウラルアルタイの中心に位置するのだ。そこから南に向かい、左将軍はまっすぐ樺太に向かう。そこから海路をとれば青森はすぐそこである。つまり、これは義経が日本から大陸にわたるコースそのものである。義経は青森から北海道を経て、樺太からアムール川を遡り満洲にはいったのだ。
ただ、単に逃亡してきた一武将がどうやってモンゴルを統一できたのだろうか。たしかに奥州藤原氏の精鋭達を引き連れいったのかもしれない、しかしそれにしてもそう簡単ではない。
義経が死亡したと言われるのは1189年、31歳、そしてチンギスが皇帝に即位するのは1206年、17年でどうしてそんなことが出来るのだろう。
でも、義経がスキタイの左将軍の末裔だとしたならどうであろう。おそらく遊牧民たちはその威光に逆らうことはできないはずである。つまり、私が小説として描いたように、義経がスキタイ左将軍のお種を持っていたなら、モンゴル全域を支配することは可能だったのではないかと考えたのである。
頼朝と義経のお種の差は母親の差である。平清盛は頼朝と義経を殺すことができなかった。そのために平家は滅ぶことになる、それでも清盛は常盤御膳の「お種」が欲しかったのだし、両兄弟を殺すことが清盛にはできないほど「お種」が偉大だったのだ。その常盤こそが「お種」だったというのがマヨ理論である。常盤の生んだ子は遮那王と呼ばれた。本来は人質のはずが王と呼ばれていたのだ。こんなことあるの?

まあ、こんなことを考えながら秀吉の朝鮮出兵はなんだったのか?あるいは、大本教の大陸進出とは何だったのか?などなど…妄想の種は尽きないのだ。

以前、月刊日本の「横田めぐみさんは生きている」の記事を読んだが普通なら「またー、ご冗談を・・」と一笑に付すのが普通だろう。でも、私は「どうして横田めぐみさんは返してもらえないのだろう」ということをずいぶん考えていたため、その記事でひらめくところがあった。つまり、金正日は日本から「お種」を貰いたかったのだと。とすると、めぐみさんは「お種」なのか?
当然、当時の日本の政権、もしくは支配者層はそれを承知していたはずだ。当然であろう、北朝鮮は旧陸軍の残置国家なのである。皇室や警察、さらには官僚の中にもその草の者はいたのだから。宮内庁や皇族はあわてふためき、対応に苦慮する。「この辺で勘弁してくれ・・・」がよかったのか悪かったのか?

とにかく、この横田めぐみさん問題で一番重要なことは「どうして横田めぐみさんでなければならなかったか?」なのである。横田めぐみさんがただ単に美しいからという理由で選ばれるはずはない。彼女は当時13歳?なのだから。
飯山さんの本にもあるように、正恩氏が正統な後継者とするには日本人が母親であることはマイナスであってもプラスにはならない。とすると、マヨちゃんの「お種理論」がどうしても必要ではないだろうか。

さて、飯山さんの新刊が不思議な状況で急遽出版されたのはご承知のとおりである。そして事態が私たち(飯山さんや月刊日本、そして私、その他大勢)の望むようになるかと言えば、おそらくそんなに甘いものではあるまい。
今後、「出版を急がせた陣営の反対勢力」から何らかの動きが出てくるだろう。まあ、そこまで考えると夜も寝られなくなる。どうにでもなれってか?