尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」

不思議の森へあなたを訪ねて下さい。
「人生は正しいのです、どんな場合にも」(リルケ)
2005.10/22開設

ミニ詩集『亀山博士』

2006年12月29日 22時57分20秒 | 自選詩集
「水準器」
   
信じるべきは
彼方の水平線ではなく
二人の間に降ろした
重力である

僕ら二人が
まっすぐに
立っているとすれば
満ちてくるこの海は
君の胸の角度で
傾き始めた

月の方へ



 「創世記」   

人生をはじめたばかりの君は
ある日思い知らされるかも知れない

たとえば当て逃げ事故のような
訳のわからない失恋なんかして
たとえば詰め将棋のような
謀られた友の裏切りにあったりして

あたりを見回すと
祭りの後の舞台のように
仲間はみんな消えている
そのとき君だけが
塵と風が舞うこの世の舞台で
たった一人の人間だ

世界史の教科書には
省かれているが
人間であるということは
いつもそういうことだった

人類の隊列の最後尾に
たった一人の人間が取り残された
彼は人類の最初のアダムのように
イブを捜しに出かけるだろう

何度でも言うよ
そのとき君だけが
この地球の上で
ほんとうの人間だ



「ツリー」 
       (2006『詩と思想』11月号入選・掲載)
 
朝 
螺旋のかたちで
降りてきた木の葉を
光りに透かすと        
もとの木と枝のデザインが
エッチングの技法で
刻まれている              
                    
お昼休み
レントゲンのバスがきて
白衣の人は言う
ここに立って あなた動かないで
息をすって もっとすって
息をしないで しないでったら
はいっ!

 ふぅ

四角いカメラを丸抱え
乳房つぶしたけれど
明日になれば
透かされているかしら
白と黒のわたしの木
暴かれているかしら


一日の終わりに
天井の明かりをシャットダウン
パソコンのモニターが遅れてプシュー
するとわたしこんな闇に
立っていたよ
朝から

叱られて覚えた一人遊びは
息をしないでツリーのように
ほの白に身体を灯す

積もらない
木の葉降っている
 
 ふぅ ふぅ


  
 「歯ブラシ」

生きても
生きても
生ききれなかった
男と
死んでも
死んでも
死にきれなかった
男と

二人の
双子が
夜明けに
一枚の板ガラスを挟んで
出会っている

お互い
一本の
水平線を
激しく揺すり
同じ波動で
世界を白く
泡立てる

誰かに
呼ばれて
同時に背中を
振り返る

一人は
むっつり
仕事に出かけ
一人は
ばかめと
出かけない



 「亀山博士」 
      (『詩と思想』2007年1月号入選・掲載)

亀山博士は
ラーメンの汁をすすり終え
干上がった鉢の底を見やりながら
おっしゃったのだ

 君、想像したまえ
 人間はすでにいないんだ
 地球もね
 神様だけだ
 そんな宇宙は奇妙に歪んでいて
 寂しいだろう?

神様は風邪をひくでしょう
僕の答えに
博士は鉢の縁を
箸でパチンと叩いた
次の客に押されるようにして
僕たちは屋台を出た

博士と別れてから
古ぼけた煙草屋のある角で
ちょっと酔って
まるで彼女に電話するみたいに
絶対に話し中の
携帯電話の番号を押した

 ピポパ
 パピポ

月もないのに
群雲が光っていた
話し中である
神様も
電話をかけているらしい


 
 
 「月の方へ」     

それは
軽い戯れから始まった

竜蔵という名のやくざな男は
惚れた女に
ほんとは一番好きだ
という男の名前を
呼ばせてみた

女は竜蔵の奇妙な哀願に
しかたなく一度だけ呟いてやったが
瞑った目じりから涙を一筋垂らせると
後は魔にはまり
愛しい男の名前を繰り返し
繰り返し呼びだし
自分自身の声の反響に
激しく昂じていった

見たこともない
女の法悦の有様に竜蔵まで
神がかった文楽人形
己が誰だかわからない
白目と顎と手足の関節を
カックカック
させている
二体の人形は壊れる寸前だった

静けさが戻ると
喧嘩という喧嘩に
負けたことのなかった竜蔵は
見えない相手に
初めて負けた気がした

風呂で女に龍の彫り物のある
背中を流させ
女を心配させるぐらい
湯船に沈む遊びをし
最後に浮かび上がって
帰るぞ
と湯を吐いた

なに言ってんのよ
ここ
あんたの家じゃない

木戸の外は
醤油の溜まりのような
濃い夜だったけれど
その闇に切って跳ばした
爪 よりも細い月が
釣り糸でも垂らすように
一筋の光を差し入れていた

竜蔵は
背中に青い龍をしょい
立ち泳ぎで
そろーり どこかへ
帰ったそうな

つまり竜蔵
粋がって家は女に
くれてやったのだが
その女が一番目の男を招くには
半年とかからなかったそうな

生きているとしたら
今でも そろーり
立ち泳ぎだろうね
竜蔵という
二番目の男は
月の方へ




「星も都会も」
       (2006年11月26日関西詩人協会総会にて朗読)


              ほしもとかいも
           ものすごいスピードで
             のぼっていくとき
              ひとりぼっちで
              おちてゆくひと

            そのひとにおいつき
        ゆっくりおはなしできるのは
          かなしみをおもりにして
              おなじそくどで
              おちてゆくひと

                かみのけを
          ほうきみたいにさかだて
     ひふ と けっかん をめくりあげ
め と みみ と はな をふきとばしながら  
            ふたりわらっている

                はなびちる
              キスをしている
             むじゅうりょくの
            ブランコのセクスも
                 ためそう

               はてしのない
         よろこびがおちてゆくとき
        そのよろこびのかなしみには
                そこがない
       とかいは うえのほうでほしだ



 




      






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2 コメント

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Unknown (アドリアナ)
2006-12-30 21:03:38
またまたいい詩集が出来たね! こうやってまとめてみるとそれぞれの詩の相互作用で、不思議なつながりが出来てくるのね。初めて読んだのは最初の「水準器」。「信じるべきは/彼方の水平線ではなく/二人の間に降ろした/重力である」最初から決まり!のことばでした。今年はまことさんにとって実り多い一年だったね。来年のさらなる飛躍を見守りたいと思います。にゃ~!
返信する
ありがとうです! (まこと)
2006-12-31 00:37:57
今年の四月まで文学校にいましたが、
それが十年も20年昔のように感じています。
玉手箱を開いた浦島太郎のようで、
すごく年老いた感じです。
それが、嫌な感じではありません。

詩集も出さず、同人にも属さない僕が
なんとか詩を書いてこられたのは
アドリアナさんをはじめ
いろんな方の励ましがあったからだと
素直に思えるのです。
これから、詩はことばではなく、詰まるところ、それを生きているかどうかの勝負になると思います。
その意味で、ほんとうの詩人になりたいです。

自分の傲慢を承知で、今後も応援とご指導をよろしくお願いします。
返信する

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