おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「無理」 奥田英朗  文芸春秋社

2009年10月10日 | あ行の作家
「無理」 奥田英朗著 文藝春秋社 (09/10/10読了)

 大学生の頃に奥田英朗の作品に巡りあっていたら、とち狂って「カバン持ちさせて下さい」と土下座してアシスタントに志願していたかも。(しかし、奥田英朗はアシスタントなんて採っていなさそうな上に、私が大学生の頃は、まだ、作家デビューしていない。残念!)

 湯田町、野方町、目方町-三つの町が合併して誕生した地方都市「ゆめの市」を舞台にした、夢も希望のかけらもない物語。

 市役所で生活保護の仕事を担当するバツイチのイケメン職員。離婚し、成人した子どもたちは都会に行ったきり戻ってこない中年女。詐欺まがいの漏電遮断機付け替え業にいそしむ暴走族上がりの兄ちゃん。東京で女子大生になることを夢見る女子高生。父親の地盤を継いだものの現状には満足できず県議へのランクアップを狙う市議会議員。本来なら関わることのない5人の人生が、引き寄せられ、最後に交錯する。

よく考えてみれば、「不幸のどん底」というわけではない。帰る家もある。贅沢はできないにしても食うに困っているわけではない。多くを望まなければ、ドラマチックではないけれど穏やかな生活が続いたかもしれない。

「なにもかも、夢の無いゆめのが悪いんだ」「こんなところでくすぶっていられるか」-そう思ったとたん、穏やかな日々は灰色にかすんで見える。自分をとり囲む世界が歪んで見える。多分、不幸は、そんなふうにして、人の心にスルリと入り込んでくるに違いない。

それぞれが墜ちていく様子が、あまりにもリアルで、恐ろしくなります。説明に多くの言葉を弄しているわけではない。でも、寂しい中年の女気持ち、褒められることを知らずに大人になってしまった暴走族OBたちの屈折した真面目さ、引き籠りDV男を抱える家族が真っ当な判断力を失っている様子-、とても未経験で書いているとは思えない、うすら寒いような現実感。

読み進むにつれて暗い気持ちになるこの小説は、人間が不幸になるのなんて簡単なこと-というのを淡々と描いている。でも、それが意味することは、不幸と距離を置いておくことだって簡単なことだ-ということなのかもしれない。

伊良部シリーズがPOSITIVE SIDE OF奥田英朗ならば、「無理」はNEGATIVE SIDE OF奥田英朗の極み。そして、幸・不幸もポジとネガなんだろうな。

と、絶賛はここまで。あまりにリアルなのが怖かったこの小説。最後は、リアリティーが泡と消えてしまうような陳腐さ。いや、普通の作家なら大アリの終わり方です。でも、奥田英朗には、悶絶するようフィナーレを用意してもらいたかった!


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