温泉クンの旅日記

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沸点

2007-11-04 | 旅エッセイ
  <沸点>

 渋滞は大嫌いである。
 どのくらいで解放されるのかカイモクわからず、イライラしてじっと我慢する
のがたまらなくいやだ。とくに高速道路は逃げ場が無い。だから渋滞表示を見た
ら、舌打ちして、絶対その手前のインターで降りる。



 その点、メジャーな国道での渋滞なら迂回ができる。コンビニとか郊外の大規模
なレストランとかに寄って時間潰しも気軽にできてストレスが少ない。
 抜け道の無い一般道の渋滞が困る。右折車の存在、工事、事故、大型車の駐停
車、量販店の駐車場の空き待ち、と原因はいろいろ考えられるが渋滞の後尾にいる
とすぐには判らない。後尾にいるのかさえよくわからない。ただもうイライラして
待っているだけである。

 マイケル・ダグラス主演のアメリカ映画で、渋滞でのイライラが最後の引き金と
なりついに主人公がキレて凶暴にひとを殺していく映画があったけれど、訳もわか
らず渋滞のなかにぽやーっといると、突然ふつふつと納得できるものが確かにあ
る。しかしまあよく考えてみなくても、前後にいる車の列は同じ渋滞の被害者たち
であるので、映画のように凶暴な怒りをぶつけるわけにはいかない。

 上高地が好きだ。



 立ち寄りもできる温泉があるのもたまらなくいい。行くときには、渋滞を避ける
ためにいつも深夜に出発して早朝に沢渡の有料駐車場に到着する。ここで仮眠を
とって、バスで向かう。胎内のような狭く暗い急傾斜のトンネルをごおーっと轟音
をあげて駆けあがれば、そこは別世界の上高地だ。



 夏場に中央高速の松本インターから上高地に向かうとよく渋滞にハマる。それぞ
れ一車線の狭い道であり他に抜け道はないので、その強烈な渋滞に羊のようにおと
なしく身をまかせるしかない。
 ある日、その長い渋滞を横目に上高地から松本に向かってスイスイ快適に走って
いるときに、その日の渋滞の原因を見てしまった。



 それは、バックミラーなどまったく見ず助手席とのおしゃべりに熱中している
女性ドライバーで、その車の前は言うまでも無くきれいさっぱりガラガラであり、
その車の後ろはおいおい可哀想すぎるぜという車車車の連なりであった。パチパチ
とイライラと怒りがいまにも爆ぜそうな長い導火線。のろグルマのすぐ後ろの二、
三台の車が中央線をチョッとはみだしてはすぐもとの車線にもどる。

 ふだん知的温厚な性格もさすがに剥げ落ちたドライバーが、追越禁止区間であり
ながらも、元凶の車を追い抜くタイミングを苛苛とはかっているのだ。よしよし、
その気持ちわかるぞ、よ~く。

 経験から確信持ってこれは言うのだが、その車は普段あまり運転しないドライバ
ーで、制限速度をきちんと守っているに違いない。あまりにも法規どおり杓子定規
に運転されると、周りはときに迷惑するものだ。たぶんゴールドの優良ドライバー
だ。杓子定規ドライバーが先頭と続く車の二台だったら、笑えない。それは悲劇
だ。

 もっとも、自分が渋滞の元凶であるその車の二、三台後方にいたなら、周りは
ときに迷惑、などと余裕をかましてはいられない。そこで左折しろ~こらぁ、スタ
ンドに入れこのヤロウ。呪いの言葉を吐き散らし、激怒で形相がエイリアンなみに
凶暴になるだろう。



 渋滞でハンドル握ってると、ぐっと沸点が低くなるのだ。運転しないとこれは
わからない怒りの沸騰だ。
 まったくハンドル握っているときって、突然、といった感じで怒りんぼに変身
するのだ。むろん渋滞とか無理な横入りとか、なにか原因があったとしてのことで
ある。そうしてここが肝心なのだがその怒りは同乗者、通行人、前後左右の他の車
などなど、広い意味での交通安全に万全を期したいその気持ちからでもあるのだ
が、ね。



 沸点が低くなるから渋滞に巻き込まれるのは大嫌いであるが、反対車線のひとの
不幸を横目で見ながらスイスイ走るのは、申し訳ないが、不思議と楽しく実に気分
がよろしい。優越感かもしれない。もっともアブクのような儚い優越感だ
が・・・。

 なにしろ明日は、いや数キロ先にはわが身、なのである。

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