< 喰わず嫌い >
最近、携帯電話を替えた。
いわゆるアイ・モードの新型機種にである。ん?宝の持ち腐れでねぇの、という
声が気のせいかどこかから聞こえたような気がする。が、まあいい。たしかに替え
てからまだ間もないので、あらゆる機能を駆使できないのだが、アイ・モードの
「乗換え案内」にはとにかく重宝している。
わたしは雪道の冬場だけは車を使わず、鉄道を使う旅になる。鉄道となれば、
時刻表のお世話にならないわけにはいかない。でも、あの分厚い電話帳のような
時刻表の、列車番号や時間や料金のコマケェ数字を探して、あっちこっちを探すの
は実にシンドイ。時刻表をみるのが旅より好き、というひともいるそうだがわたし
は苦手である。そんなときにバツグンに便利なのだ。乗る新幹線を決めてアクセス
すれば、連絡する特急や本数の少ない在来線への乗り換えが待ち時間、到着時間、
料金を含め瞬時にわかってしまう。旅支度で駅にいるなら、現在時刻で検索しても
いい。むろん、到着時刻からの逆算で、出発時刻と乗る電車も特定することもでき
る。
それまで持っていた、超古い携帯電話でもべつになんにも不自由を感じたことは
なかったが、このサイトを利用できるだけでも替えた価値はおおいにあったと思
う。というか、もっと早く替えればよかったと臍(ほぞ)を噛んだものだ(ふる~
い表現だなあ)。あれほど携帯いじってるヤツを馬鹿にしていたのが嘘のようだ。
わりとすべてに喰わず嫌いなところが、わたしにはたしかにある。
「見てないでやってみたら、どうですか」
山形県高畠の郊外、「歴史公園」にある手びねりの陶芸教室でうしろから見学し
ていたら、先生から声をかけられた。
昨日泊まった、まるで高畠駅の構内にあるような宿泊施設「フォルコローロ高
畠」の掛け値なし親切なフロントの女性に勧められたのだ。観光客でも、陶芸を
わずか五百円で手軽に体験できる。まったくやる気はないが、時間つぶしのつもり
だった。
「いやあ、わたしは・・・そういうのは・・・」
もごもごと辞退の言葉を言っているうちに、粘土の固まりや手動のろくろ、椅子
がつぎつぎと用意されてしまった。
観念して腕のセーターとシャツまくりながら、さっきからなんとなく聞いていた
先生の説明を真剣に思いだす。
ろくろの真ん中に粘土の塊を置き、中心を決めて親指で深く押し込む。つぎに、
なかにいれた親指と外側にあてた四本の揃えた指で小刻みに押さえ、底のほうから
上に薄く立ちあげるように伸ばす。すこしずつ回しながら均等な厚みと丸みに成形
していく。

見ていると簡単そうだったが、やってみると大違い。適当にやればいいや、と思
ったのだが、それは失敗とやり直しを意味する。「えへへ、こんなんできました」
と、とりあえず曲がりなりでも作品にしたくなってくる。集中して口数がだんだん
少なくなり、ついには無言で、粘土との真剣勝負みたいな気分になってきた。気を
抜くと粘土に空気がはいったり、ひびがはいる。呼吸の深浅が手先に微妙に影響す
るのである。
なんどか先生に手助けしてもらい、見たところ抹茶茶碗らしいものがついにでき
た。ほんとうは、湯呑をつくろうと思っていたのだが、黙っておこう。なあに茶の
湯の世界で名物として珍重された天目茶碗も、当時の朝鮮半島での日常雑器であ
る。重いかもしれないが飯茶碗でつかうとしよう。陶芸もやってみると難しいもの
だ。精神を集中したせいか、喫煙所で吸う一服が解放されゆるんだ身体に沁みて快
い。
「焼き色はなににしますか」と聞かれ、見本をみて蕎麦好きなので「蕎麦色」に
即決した。二ヶ月ぐらいで焼きあがるらしい。雪もそのころには無いと思うので、
取りにくることにする。ついでに、こんどこそ湯呑に再挑戦する心積もりである。
タクシー会社に電話してきてもらい、高畠駅までの途中にある日帰りの温泉まで
送ってもらった。「むくどりの夢館・温もりの湯」、二百円。ここは駅に併設され
た「まほろば温泉」の源泉とのことである。弱アルカリ単純泉。
手捻りの陶芸でひさしぶりに精神を集中したせいか、身体は疲れていないのに、
ぐたあーと湯に身をまかせてしまう。
凝り性である。
いま、ここ数年凝っているのは温泉旅だが、なにもかも忘れて集中した時間を
もたらした陶芸もアブナイかもしれない。ほんとうにやりたくなければ断固、断る
性格だ。いままで体験したことはなかったが、旅先にけっこう陶芸できるところも
あった記憶がある。これからは雑誌や道端の看板の、「陶芸」の二文字に反応する
のだろうな。
・・・スケッチを習い始めたばかりではないか。焼きあがった茶碗は、やっぱり
郵送のほうがよかったか。まてよ、考えすぎか。焼きあがった茶碗をみてからの話
だろう。それに、べつに凝らずに気が向いたときに、気楽にやればいい。
湯船からでたわたしは、湯桶で禊をするようになんども湯を浴びた。
最近、携帯電話を替えた。
いわゆるアイ・モードの新型機種にである。ん?宝の持ち腐れでねぇの、という
声が気のせいかどこかから聞こえたような気がする。が、まあいい。たしかに替え
てからまだ間もないので、あらゆる機能を駆使できないのだが、アイ・モードの
「乗換え案内」にはとにかく重宝している。
わたしは雪道の冬場だけは車を使わず、鉄道を使う旅になる。鉄道となれば、
時刻表のお世話にならないわけにはいかない。でも、あの分厚い電話帳のような
時刻表の、列車番号や時間や料金のコマケェ数字を探して、あっちこっちを探すの
は実にシンドイ。時刻表をみるのが旅より好き、というひともいるそうだがわたし
は苦手である。そんなときにバツグンに便利なのだ。乗る新幹線を決めてアクセス
すれば、連絡する特急や本数の少ない在来線への乗り換えが待ち時間、到着時間、
料金を含め瞬時にわかってしまう。旅支度で駅にいるなら、現在時刻で検索しても
いい。むろん、到着時刻からの逆算で、出発時刻と乗る電車も特定することもでき
る。
それまで持っていた、超古い携帯電話でもべつになんにも不自由を感じたことは
なかったが、このサイトを利用できるだけでも替えた価値はおおいにあったと思
う。というか、もっと早く替えればよかったと臍(ほぞ)を噛んだものだ(ふる~
い表現だなあ)。あれほど携帯いじってるヤツを馬鹿にしていたのが嘘のようだ。
わりとすべてに喰わず嫌いなところが、わたしにはたしかにある。
「見てないでやってみたら、どうですか」
山形県高畠の郊外、「歴史公園」にある手びねりの陶芸教室でうしろから見学し
ていたら、先生から声をかけられた。
昨日泊まった、まるで高畠駅の構内にあるような宿泊施設「フォルコローロ高
畠」の掛け値なし親切なフロントの女性に勧められたのだ。観光客でも、陶芸を
わずか五百円で手軽に体験できる。まったくやる気はないが、時間つぶしのつもり
だった。
「いやあ、わたしは・・・そういうのは・・・」
もごもごと辞退の言葉を言っているうちに、粘土の固まりや手動のろくろ、椅子
がつぎつぎと用意されてしまった。
観念して腕のセーターとシャツまくりながら、さっきからなんとなく聞いていた
先生の説明を真剣に思いだす。
ろくろの真ん中に粘土の塊を置き、中心を決めて親指で深く押し込む。つぎに、
なかにいれた親指と外側にあてた四本の揃えた指で小刻みに押さえ、底のほうから
上に薄く立ちあげるように伸ばす。すこしずつ回しながら均等な厚みと丸みに成形
していく。

見ていると簡単そうだったが、やってみると大違い。適当にやればいいや、と思
ったのだが、それは失敗とやり直しを意味する。「えへへ、こんなんできました」
と、とりあえず曲がりなりでも作品にしたくなってくる。集中して口数がだんだん
少なくなり、ついには無言で、粘土との真剣勝負みたいな気分になってきた。気を
抜くと粘土に空気がはいったり、ひびがはいる。呼吸の深浅が手先に微妙に影響す
るのである。
なんどか先生に手助けしてもらい、見たところ抹茶茶碗らしいものがついにでき
た。ほんとうは、湯呑をつくろうと思っていたのだが、黙っておこう。なあに茶の
湯の世界で名物として珍重された天目茶碗も、当時の朝鮮半島での日常雑器であ
る。重いかもしれないが飯茶碗でつかうとしよう。陶芸もやってみると難しいもの
だ。精神を集中したせいか、喫煙所で吸う一服が解放されゆるんだ身体に沁みて快
い。
「焼き色はなににしますか」と聞かれ、見本をみて蕎麦好きなので「蕎麦色」に
即決した。二ヶ月ぐらいで焼きあがるらしい。雪もそのころには無いと思うので、
取りにくることにする。ついでに、こんどこそ湯呑に再挑戦する心積もりである。
タクシー会社に電話してきてもらい、高畠駅までの途中にある日帰りの温泉まで
送ってもらった。「むくどりの夢館・温もりの湯」、二百円。ここは駅に併設され
た「まほろば温泉」の源泉とのことである。弱アルカリ単純泉。
手捻りの陶芸でひさしぶりに精神を集中したせいか、身体は疲れていないのに、
ぐたあーと湯に身をまかせてしまう。
凝り性である。
いま、ここ数年凝っているのは温泉旅だが、なにもかも忘れて集中した時間を
もたらした陶芸もアブナイかもしれない。ほんとうにやりたくなければ断固、断る
性格だ。いままで体験したことはなかったが、旅先にけっこう陶芸できるところも
あった記憶がある。これからは雑誌や道端の看板の、「陶芸」の二文字に反応する
のだろうな。
・・・スケッチを習い始めたばかりではないか。焼きあがった茶碗は、やっぱり
郵送のほうがよかったか。まてよ、考えすぎか。焼きあがった茶碗をみてからの話
だろう。それに、べつに凝らずに気が向いたときに、気楽にやればいい。
湯船からでたわたしは、湯桶で禊をするようになんども湯を浴びた。
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