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小説 『水壁 ~アテルイを継ぐ男~』 高橋克彦著

2017-05-12 11:04:04 | 









今年のはじめごろ、岩手県を中心として主に北東北においてベストセラーとなった小説があります。


盛岡市在住の作家、高橋克彦による小説、『水壁』です。



878年に秋田で起こった蝦夷の反乱「元慶の乱」を題材とした小説で、元慶の乱とは、蜂起した蝦夷により、朝廷側の拠点である秋田城が落とされ(それも2回)朝廷側は結果的に蝦夷側の要求を受け入れたというもの。

この乱の経緯を、高橋克彦流の大胆な解釈で小説化したもの、それが『水壁』です。




胆沢(岩手県奥州市)の蝦夷の長、アテルイによる大規模な反乱が鎮圧されてより70年。その間陸奥・出羽においては干ばつが続き作物は不作、869年には現在の宮城県沖を震源として、マグニチュード8・3の大地震(貞観大地震)が発生、朝廷側の奥羽の拠点であった多賀城は倒壊し、東北太平洋岸一帯は巨大な津波に襲われ、多大な犠牲者が出てしまいます。

さらに畳みかけるように鳥海山が噴火し、火山灰は出羽と陸奥両国の大地を覆い、作物生産は益々覚束ない事態となっていきます。


これにより朝廷が推し進めようとしていた律令制は、東北においてはほぼ頓挫してしまいました。こんな状態のなかでも、出羽守や秋田城司介による苛斂誅求は止まず、これに耐えかねた秋田蝦夷が大規模な反乱を起こしたわけです。


このような乱を起こすからには、乱を指揮した人物がいたはず。それもかなりカリスマ的な人物でなければ、ここまで見事な勝ち戦を上げられるような乱は起こせないのではないだろうか、とも思うわけですが、その点については記録が一切残っていません。


この小説では、乱の指揮者である天日子(そらひこ)は、アテルイより数えて4代目の子孫という設定になっています。もちろんこれは、高橋氏による完全な創作ですが、当時の蝦夷たちにとっては、アテルイの血筋以上のカリスマはないだろうという、高橋氏の発想があったようです。



その点日子を陰から支えるのが、東北で隠然たる勢力を持っていた物部氏。高橋氏が蝦夷を題材とした小説『炎(ほむら)立つ』「火怨」においても、物部氏は重要な役割を持って出てきますが、本作においても、蝦夷たちを陰から支える頼もしい存在として登場します。



物部氏によるアドバイス、それは、いくさに勝ち過ぎないこと。


あまりに勝ちすぎてしまうと、朝廷側は本気になってしまい、万単位の軍勢で押し出してくる可能性が大きくなる。そうなってはいくさが終わらなくなってしまい、最後にはアテルイの二の舞になってしまう。


アテルイの轍は避けねばならぬ。


そこで、勝ち過ぎずに適度に負けてやるいくさを行い、さらに朝廷側に政治工作を仕掛け、蝦夷側に有利な結果に導こうと画策するわけです。

しかしややこしい政治工作など、純朴、朴訥なる蝦夷には不向き。そこで公家の血を引くで、優秀な人物でありながらも不遇を囲っている人物をスカウトするわけです。安倍の血を引くその人物は、蝦夷の直き明けき心に惹かれ、蝦夷に味方し朝廷への工作に務めるわけです。




高橋氏の人物設定は非常にわかりやすい。蝦夷や蝦夷に味方する人々はすべて善。朝廷側は基本的に悪い奴ばかり。その悪い奴らが純真なる蝦夷を弾圧する。その不当に対し立ち上がる、雄々しくも真っすぐなる蝦夷たちという図式。



いや、創作ですよ、創作。まったくの創作ですが、東北人としてはなんとも溜飲が下がる創作であることは確かです。

だから、東北ではベストセラーになるんですよね。




さて、蝦夷側が朝廷に突きつけた要求とは


数年間、租税を免除すること。他国の者と同等の扱いをすること。そして

雄物川を国境線として、それ以北を蝦夷の領土とし、朝廷の力の及ばない地とすること。


要求は果たして受け入れられたのか……。





この時代の東北については資料が乏しく、それだけ創作の幅を大きく広げられる。蝦夷が善で朝廷が悪という図式は単純ですが、東北人の意識の底の底にあるコンプレックスを癒すには格好の題材であり、東北人としてのアイデンティティを満足させるに足るものではあるのだろう。



忘れちゃいけないのは、これはあくまで「小説」なのだということです。


朝廷の側にだって言い分はあっただろう。蝦夷にだって悪い奴、気弱な奴、日和る奴はいただろう。

そんな単純なものであるはずはない。



そこはちゃんと理解した上で、楽しみましょうね。


これが「真実」だなどと、くれぐれも受け取らないように



ご注進。