初代高橋竹山
青森県津軽地方には、「イタコ」と呼ばれる民間巫が、現在でも活動しております。
死者の魂を下ろし語る、「口寄せ」を行い、恐山の例大祭には大勢のイタコが集い、参拝者たちの想いに答えています。
現代に生きる、典型的な「イチ」だと云えるでしょう。
先に紹介した筒井功氏によれば、イタコは「イチコ」が転訛したものだといいます。私は「イチ」が「エタ」に転化したという説に、ピンとこないと申しました。しかし例えば、「イチ」が「イツ」になり、この「ツ」の字が小さくなって、その後ろになぜか知らねど(笑)「タ」がくっついて「イッタ」になり、「エッタ」となって「エタ」となった、という風に、段階を踏んで変化したと考えれば、なるほど納得できなくはない。
イチコの「コ」は女性もしくは人という意味だそうで、イチコとはつまりイチの女性、もしくはイチの人という意味になる。
これで、盲目というキーワードと、「イチ」というキーワードが繋がりました。
漂泊の芸能者には、一定数の盲人の方々がいたようです。その典型が琵琶法師です。
琵琶法師の語る「平家物語」。これは法師が語っているようで実は違う。法師の肉体を通して、平家の亡霊がその無念を切々と語っていると考えられた。『耳無し芳一』の説話などは、こうした観念から生まれた説話だといえるでしょう。
盲目であるが故にこの世のことは見えないが、修行次第でこの世ならぬ世界が見えるようになる、この世ならぬ世界、いわゆる「他界」と繋がることができると考えられていたのではないでしょうか。
盲目の女性が各地を漂泊しながら家々を門付けして歩く、「瞽女(ごぜ)」と呼ばれる人々がおり、北陸を中心として全国規模の活動をしていたそうです。「門付け」というのは一種の祓い芸だと思われ、家の前で三味線や胡弓を弾くことでその家の邪気を払う。払ってもらった家の者はその対価として、少々のお金や食べ物を恵むわけです。
津軽地方にはイタコの他に、男性の盲人が津軽三味線を弾いて、家々を門付けして回る。「ボサマ」と呼ばれる人々がおりました。「ボサマ」とは「坊様」の転訛でしょう。直接仏教とは関係なくても、その芸には仏事・神事に繋がるものがあると考えられたからこその呼称だと思われます。
それとともに、「ボサマ」は「乞食」と同義の意味で使われていたようです。乞食は江戸時代の身分制度では「」になります。の中には芸能民も含まれていますから、彼ら盲目の漂泊芸能者たちは皆被差別民だったわけです。
伝説の津軽三味線奏者、初代高橋竹山氏は、若い頃まさにこの「ボサマ」でした。その演奏に「大地の慟哭」を感じ取る方もおられるとか。私がこの方の演奏を初めて聴いたときに思ったのは、「これはロックだ!」ということでしたね。
聴く方によって色々な感じ方があるようです。一度お聴きになられてはいかがで。
さて、盲人と「イチ」との関係性はある程度わかりましたが、なぜそれが「按摩」において固有名詞の一部として使われていたのか。
どうもこの辺は、はっきりわかりませんね。
按摩の技も一つの「芸」でありますから、按摩を盲目の芸能者の一つとして捉えることは容易でしょう。しかしなぜ彼らに於いて、「イチ」が固有名詞として使われるのか、これはわからない。
あるいは、呼子を吹きながら街中を徘徊する姿が、いかにも漂泊の芸能民「イチ」に見えたから、なのかも知れませんねえ。
ところで、『座頭市』というタイトルですが、これは一見固有名詞のように見えて、そうではありませんよね。
「座頭」は盲人一般の通称だし、「市」はこれだけでは固有名詞にはならず、「松の市」「竹の市」などように「○○の市」とならなければ、固有名詞とはなり得ないんです。
つまり座頭市は「名無し」なんです。それもただの名無しじゃない。その意味合いを、あえて叱られるのを覚悟で云うなら
「あっしはただの、めくらこじきでございやす」
と云っているのと同じなんです。
座頭市はその氏素性というものが語られたことは一度もなく、盲目の渡世人で居合抜きの達人という他に、細かい設定、説明は一切ないんです。
しかしその裏側に、このような「重い」設定があったのだとしたら……。
演者も制作者もそのようなことは一切語らず、シリーズは作られ続けた。第一級のエンタテインメント時代劇である『座頭市』シリーズ全体に流れる、ある種の「重さ」や「悲哀」といったものは、このような裏設定から醸し出されていたものなのかもしれない。
それを心得ているかいないかの違いは大きいように思えますね。だから、勝新さん以外が演じた座頭市には……。
「座頭市は被差別民であり、それをあえて語ることなく背負い続けた存在である」。それは演じる勝新さん自身が、「俺たち役者も、かつては『イチ』だったんだぜ」と語っているかのようにも思え、その思い入れたるや、いかばかりのものがあったであろうか、なんてことを想像してしまいますね、私は。
こうした裏設定を頭に置いたうえで、もう一度勝さん主演による『座頭市』を観てみるのも
一興、かもしれません。
終わります。
即興曲『岩木』