ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

絢爛豪華な脇能『嵐山』(その12)

2008-08-13 01:00:06 | 能楽
「渡り拍子」というのは「下リ端」のあとに必ずあるもので(例外あり)、地謡の拍子当たりとしては「平ノリ」でありながら、もっぱら「大ノリ」の拍子当たりの部分ばかりを演奏しているはずの太鼓が参加する小段のことです。小段の名称、というよりは、拍子当たりの名称なのですが、「下リ端」の直後にはほぼ必ず存在するので小段の名称のように使われている言葉です。

しかし引キを多用するのが印象的なこの小段は、どちらかといえば能の中では『芦刈』の「笠之段」や『放下僧』に出てくるような「小歌」に似ているような気もしますね。いずれにしても太鼓の拍子当たりと地謡のノリをややズレるように作曲されているような印象で、そのシンコペーション感が「渡り拍子」という言葉の由来でしょう。

地謡「三吉野の。三吉野の。千本の花の種植ゑて。嵐山あらたなる(と一之松で左右)神遊びぞめでたきこの神遊びぞめでたき(打込ヒラキ)。
子方「いろいろの。
地謡「いろいろの(と舞台に入る)。花こそ交じれ白雪の。子守勝手の。恵みなれや松の色(サシ込、ヒラキ)。
子方「青根が峯こゝに(二人向き合い)。
地謡「青根が峯こゝに。小倉山も見えたり(サシ込ヒラキ)。向ひは嵯峨の原(行掛リ)。下は大堰川の(サシ廻シ)。岩根に波かゝる亀山も見えたり(遠くを見ながら三足ツメ)。よろず代と(七ツ拍子正へノリ込)。よろず代と(ヒラキ)。囃せ囃せ神遊び(後ろに向いて桜持枝で二つあおぎながら行き、後見に持枝を渡し扇を持ち)。千早ぶる(正面に向いてサシ込、立拝)。

これにて「天女之舞」三段となります。脇能ではツレの舞であっても「天女之舞」は立拝(たっぱい)と言って両袖を高く頭の上で合わせて舞にかかります。『嵐山』では詞章が短い関係からか型がありませんが、本来は女神ならば長絹、男神ならば単狩衣の両袖の露(袖の下端から垂れ下がる紐)を取って立拝にかかることになります。

今回の「狩野川薪能」では、当初「天女之舞」は省略するつもりでした。さすがにアマチュアの小学生、まだ「サシ込」も「ヒラキ」も知らない子にこれを舞うのを要求するのは無理だと思いまして。しかも チビぬえも舞はまだやったことがありませんで。。

ところが稽古をはじめて何回目か、かなり ぬえも厳しい評価をしていた頃ですが、ある日突然、でしたね。綸子ちゃんが苦戦していた「下リ端」「渡り拍子」をいきなりマスターして稽古場に現れたのは。それまで どちらの足から出るのか、どっちの手を上げるのかさえ しどろもどろだった綸子ちゃんが、いきなりすべての型を間違えずに覚えてきました。まあ。。苦労も並大抵のことではなかったと思います。。ご父兄も含めて。ぬえ、綸子ちゃんのお母さんに「ご自宅でも ぬえが送った資料を研究してアドバイスしてあげなきゃ、子どもがかわいそうじゃないですか!」まで言ったもんなあ。

とうとうコツを見つけたか! もちろん ぬえは諸手をあげて誉めてあげました。で、こう言ったわけです。

「そこまで出来るようになったなら! じゃ、省略するつもりでいたもっと難しい舞を、復活させよう!」
「ええ~~~。。。。。」

嬉しそうな綸子ちゃんの笑顔が。消えた。