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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

扇の話(その15) ~どの鬘扇? なぜ修羅扇?<6>

2008-02-26 00:24:16 | 能楽
え~、ところが。「壺折り」というのにはまた種類がありまして。。これまで説明しましたような縫箔の腰巻の上に着付ける場合のほかに、大口の上に唐織や舞衣を着付ける場合もあって、これまた「壺折り」と呼んでいます。大口の上に唐織を壺折りに着付けた例は『山姥』や『江口』『楊貴妃』などがあり、舞衣ですと『当麻』や『海士』がその例になります。で、さらに壺折りには「大壺折り」と「小壺折り」という着付方の違いがあって、腰巻の上に着付ける壺折りの着付け方は「小壺折り」一種だけですが、大口の上に付ける壺折りには大・小二つのやり方があり、それも舞衣ならばやはり「小壺折り」の着付け方だけしかできないが、唐織を着付ける場合には「小壺折り」も「大壺折り」も、どちらも用いられる、と。。だんだん複雑になってきました。このへんで「裳着胴」「壺折り」の話は はしょって、縫箔に話を戻しましょう。。

『葵上』でシテが腰巻に着付ける縫箔の文様は、黒地紋尽し、と決められています。紋尽しの文様というのは、丸紋を散りばめた文様で、よく舞台写真などでもおなじみだと思います。この文様は『葵上』に限らず、『道成寺』にも用いられますし、ときには『鉄輪』の後シテにも使われます。要するに鬼女のトレードマークの一つなんですね(でも『安達原』には紋尽し縫箔は使われず、腰巻にするのはもっぱら無紅厚板です。紋尽し縫箔は、鬼女というよりも「嫉妬」の象徴として使われているのかも)。なぜ紋尽しが鬼女の象徴として、その役に限って使われるのか。。不勉強で申し訳ありませんが、これについて ぬえはまだ解答を持っていません。。なぜだろう。。なにか、能装束に使われる前に鬼女=紋尽し、という図式が、鱗文様のようになんらかの先行例があって、能装束はそれを踏襲しているだけなのか、あるいは舞台での中の約束事として能が独自に開発したものなのか。。そういえばお狂言の括り袴にも、時折 丸紋尽しの文様が用いられていることがありますね。これとの関連はどうなのだろう。。? すみません、これは宿題ということにさせて頂きたいと思います~

ちなみにあの紋は家紋ではないんです。いろいろな意匠。。たとえば波の丸だとか少し強い感じの草花を丸の中に刺繍したものとか。。家紋ではなくそういった「図案」がたくさん施されています。でも。。ぬえがこの紋尽し縫箔を作ったときには装束屋さんから「家紋もそっと一つ、入れておく?」なんて聞かれました。そういう事もあるのねえ。そういえば師家蔵の紋尽し縫箔にも、さりげなく師家の家紋が一つだけ入れられていたっけ。ぬえの場合は 結局、ぬえの家の家紋があまり紋尽しの中ではそぐわなく感じたので、家紋は入れませんでした。でも ちょっと ぬえもアイデアを出しまして、紋を少し減らして、その代わりに金箔・銀箔で鱗文様を重ねた意匠を組み込んでみました。ちょっとした文様だけれど、おそらく紋尽縫箔の中にそれ以外の文様を組み合わせた縫箔はほとんどほかに例がないのではないかと思います。これは ぬえのオリジナルデザインで、割と成功した装束になりました。→画像

さて装束附では『葵上』のシテが腰巻として用いる縫箔は「黒地紋尽し」と決められているようですが、実際には、ぬえの師家だけ、かもしれませんですが、黒地は『葵上』には用いられません。(!)

黒地は。。おそらく『葵上』にはキツ過ぎるのです。そこで『葵上』では納戸地。。つまり紺色の地色の紋尽し縫箔をもっぱら使っています。やはり『葵上』は品がよくないと。そして黒地の縫箔は、これまた もっぱら『道成寺』に専用に使っております。

なお、紋尽し文様の替エとして、「油煙形(ゆえんがた)」という文様があります。紋尽しが丸紋を集めた文様なのに対して油煙形は、なんというか唐花(からはな)のようなワクの「紋」で、これもまた『道成寺』に専用のように使われていますですね。
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