「ウォーキング三昧」in 滋賀

「ウォーキング三昧」は2013年3月以来発信して来ましたが2019年5月1日、「スローライフ滋賀」に移行しました。

10/10 東総歩 山武文学の里ウオーク10km 【イベント紹介】

2016年10月05日 12時00分00秒 | ウオーキング
千葉県山武市は「伊藤左千夫」の出身地である。普段は遠くて行く機会がないがこのようなウォーキングの機会を捉えて行くのもよい。
因みに、湾岸地域では、「野菊の墓」文学碑が松戸市矢切付近にあるがこの作品の舞台となったのは矢切付近であり、伊藤左千夫の門人である土屋文明の筆になる野菊の墓文学碑がある。また、矢切の渡しは、政夫と民子の最後の別れの場となった所である。
因みに、いちかわ歩は10月2日(日)に「矢切の渡しウオーク」を開催している。

主催: 東総歩こう会 090-4243-6769(川尻)
日時: 10月10日(月・祝) 9時20分 団体歩行
集合: 伊藤左千夫記念公園(JR総武線成東駅徒歩10分)
参加費: CWA加盟団体無料・その他300円
解散: 14時30分頃成東駅
コ-ス: 伊藤左千夫記念公園~歴史民俗資料館~法満寺~食虫植物群落地~成東城址公園(昼食)~浪切不動院~成東駅
○みどころ
歴史民俗資料館は、65歳以上の方は無料です。また、食虫植物群落地では、8種類の食虫植物など、350種類以上の植物が生育しています。

下総・米ヶ崎城(富意比神社)(船橋市)探索 (10/4)

2016年10月05日 05時00分00秒 | 千葉の城郭

↑畑の中にある意富比神社(米ヶ崎城)の林と土塁

船橋市米ヶ崎町にある「意富比神社」(おおひじんじゃ)が「米ヶ崎城」を10月4日(火)午前に訪れた。米ヶ崎城は先に訪れている夏見城(長福寺)にも1km弱と近い。
鎌倉時代にこの辺りを拠点とした夏見氏が米ヶ崎城を築城したと推測されるが推測に過ぎず、文献、文書、資料もなく全く不明である。昭和45年の土地改良として、県道船橋取手線工事等により遺構は失われたらしい。

船橋市には複数の意富比神社があり、船橋大神宮もそうだ。船橋歩のイヤーラウンド運動公園コース上の小さな意富比神社かと思ったが米ヶ崎にある意富比神社が米ヶ崎城だった。
千葉県全体は高い山がなく、船橋を含めたこの地域一帯もフラットであるが米ヶ崎城は平山城で芝山団地入口の交差点から200mほどの畑の中にある。周辺は畑でその中に雑木林が見えるが、そこが意富比神社で米ヶ崎城だったと言う。しかし、遺構は見られない。畑の奥、西側および西南側の高台に残る崖や土塁が唯一の遺構と言える。

近くの人に昔のことを尋ねた。40年以上前には現在の畑は高台で、土地改良工事で高台を削り、現在の畑になったという。それ故、それ以前は意富比神社はその高台の上にあったので現在の位置に移設された。畑周辺の道も城の名ごりを感じさせるが果たして本当に城があったのか定かでない。
歴史的には下総国で現在の船橋市域と考えられる村々の1つに「米ヶ崎村」があり、この地域に米ヶ崎城があったとしても不思議ではない。
(2016年10月7日更新)


↑現在の意富比神社(米ヶ崎城)

↑畑の端の土塁。その下は10m位の崖