昨今何かと話題の「イスラム国」という呼び名が妙に気になる。別にイスラム教の国家を示すわけではなくただの団体名ですが、変な日本誤訳にしないで向こうの呼び方で良かったのではなかろうか?それともよっぽど発音が難しかったのだろうか?「国」とはいると正当性を感じてしまいます。
「アル・カイーダ」だって「ネットワーク」や「情報網」なんて意味ですが、情報を飯の種にするメディアにすれば「テロ組織”情報網”による同時多発テロ」なんて言い方は使いにくいでしょうね。
シリアにのこのこ出かけていって人質になったサバゲーオタクは語る価値もありませんが、テロ組織イスラム国の活動に参加しようとした北大の学生についてはいろいろ思うところがあります。
今回の事件には北大の教授も関わっていたみたいですが、思い出したのはイラク戦争の時に人質になって、日本政府が暗躍して解放された3人がいました。
そのうち二人は北海道の人だったと記憶しています。一人は女性でイラクに支援活動として出向いていた人物、家宝されて日本に戻ってきた後も、戦争被災者を放っておけないと再びイラクに行ってしまいました。
もう一人はまだ二十歳そこそこの若者でなんだかわからないけれど暇つぶしに行ってたような青年でした。
この暇つぶし青年の家族が、政府の対応が云々とクレームを発して「事故責任」という言葉が世に強く印象づけられたと記憶しています。行くなと行っている場所に、巧妙進化なに頭の下心があって出かけていって、トラブルがあれば国に文句を言ってくる。しかも、この一家が新左翼のような反政府的な活動をしている一家だとかで「自作自演じゃないか?」と噂されました。
内戦が終わったカンボジアの支援に国際奉仕活動の一員として参加した日本人民間青年が射殺される事件が向かしありましたが、この父親は国と日本のみなさまに心配とご迷惑をおかけした、息子の意志を継いで自分も世界のために役立つよう活動していきます。と凛として答えた姿が印象的でした。自衛隊の海外派遣を巡ってがたがたしていたメディアは、おおむねこの父親を快くは思っていなかったようですが、あの北海道の青年の家族と比べれば品格が月とスッポンです。
さて、話は北大生に戻りますが、やりがいを求めてなどと動機が子供じみているのに、わざわざイスラム教に入信して渡航しようと試みていたと言うのですから、何かきな臭い物が背後にあるのでは?
と、勘ぐりつつも、よく思い出してみれば私もアルバイトでイスラム教徒になったことがあったっけ!と他人事のように思い出しました。
学生の時に東京に駐在している某中東国家の大使館関係のモスクの改装アルバイトで、イスラム教徒でなければ工事に携わることができないと言うので、大工さんや左官屋さんや電気屋さんなどみんなでイスラム教徒になって、職人さんたちは作業で忙しいから施主とのつなぎ役に外国語がわかり、目先の金には思想と節操のない学生バイトで私が雇われました。なんたって中東の産油国で結構単価が良かったので私のバイト代も高額なので喜んでモスクにお参りしてました。
職人さんたちとモスクで洗礼を受けて、「ムスターファ」と言う洗礼名までもらって、その後職人さんたちと一緒に当時まだ珍しかったもつ鍋屋に行って着工式のお祝いをしました。豚肉は食べてはいけないと言われていたけれど、牛のモツでしたし、酒飲んじゃいけないと言われたけれど仏教界には「般若湯」という方便があります。
このとき、イスラム教のパスポートのような手帳をもらったのですが、後にアラブやイランと取り引きするときに大いに役立ちました。さすがシルクロードの商人たちの宗教です。
北大の学生は単なる欲求不満が原因でテロ組織イスラム国に荷担しようと思ったのでしょうが、かつてその欲求不満の固まりが中東で暴れまくったことがありました。連合赤軍です。
シリアなど赤軍の進入を警戒していて迂闊に「Red
Army」なんて言葉も口にできない国だったんですが、そんなところに事情も知らない日本の若者がのこのこ出かければトラブルに巻き込まれないわけがない。
それより怪しいのは北大教授と募集広告の張り紙をしていた古本屋のおやじだと思います。