温泉で一学年後輩と顔を合わせて、「俺たちが子供の頃は8月20日で夏休みは終わったよな。」なんて話になりました。世間様より夏休みが短い分、冬の大寒の頃に「小正月」休みがあったり、6月の初旬に農繁休暇と言うのがありました。田植えよりも蚕揚げに合わせた時期の休みでした。
当時は養蚕が農家のメインで、春、夏、秋、晩秋と4クール蚕を飼って製糸会社に納めていましたが、現在養蚕をやっているのは2-3件です。養蚕農家の規模は「何グラム」飼うかで、グラムと言うのは蚕の卵の量のこと。大きな養蚕農家では100gなんてのがいて、家をすべて蚕に明け渡し、自分たち家族は外にホロ張って生活しているようなありさまでした。
風呂で会った後輩の家も夏は50gぐらい飼っていましたが、なんたって山の上だから桑畑で蚕の餌運んでくるのが大仕事。しかも桑の芽吹きが遅いから春の解雇は飼えない。「俺んちは乳牛もいたから家族労働じゃこれが限界だったなぁ。」次第に蚕から乳牛にシフトしていった家でしたが、寒冷地で米がとれない地区でした。「オカボ」なんて呼ばれた陸稲を食べて育ってきたわけですが、水はけがよすぎて田んぼが作れない地区もオカボを作ってました今ではリンゴ畑の果樹園地帯になってます。
「夏休みは家の仕事の手伝いで、子供だって労力に入っているから学校行ってる方が楽だったよな。」そんな育ち方してもそこそこまともな人間に育ってきている。少なくも石破さんのような二世三星議員よりよほど娑婆に対する責任感を持っている。
私は先にやってしまうタイプだったのですが彼は夏休みが終わりに近づくと宿題をやり始めタイプ。2歳年上のおねえさんがいたので、お小言言われながら宿題手伝ってもらったようです。読書感想文と言うのが厄介で、基本的に読書などしないもんだから感想も何もあったもんじゃない。夏休みに公民館に来る巡回映画で昔話などを題材にしたアニメで本を読んだことにして感想文書いていたんだとか。
夏休みが終わると水泳大会があって、お盆があって、運動会になる。秋のバス旅行に紅葉の写生会。マラソン大会。2学期は長かったけれど結構行事が多くて楽しかったもんです。
エジソンの言葉じゃないけれど、「少年は一日は短く一年は長い、老人は一日は長く一年は短い」
一年は簡単に過ぎていくもんね。