傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

九電の「やらせメール」は組織的行為であるが?

2011-07-14 14:53:44 | 社会

九州電力の「やらせメール」は、組織的犯罪として、眞部利應社長の進退問題まで発展する動きですね。
「やらせメール」の論評で、当方は、元佐賀市長の木下 敏之氏が市民の意見を聞くことがどれほど難しいかのを意見には共感できますね。

当方は、九州電力の「やらせメール」問題については、正直、副社長が懸念か?、指示したか?かが発端で、課長クラスが関係部門・関連会社に具体的に電子メールで要請したようだが、九州電力には生真面目な会社人間の課長も社員もいるもんだなーと、九州電力は、上を向いて仕事している風土の会社だなーと印象程度で、関心がありませんでした。
マアー、現場にとれば、選挙応援時に、互恵関係先から「よろしく」というトップへの要請と同類の煩わしい問題ですね。

「やらせメール」のメディアの諸々の報道で、当方が共感したのは、元佐賀市長の木下 敏之氏が「JBpress」に寄稿の『九電のやらせメールがなければ 本当に市民の声が聞けたのか』で、市長経験から、
”「このこと(やらせ電子メール)は本当に大事な問題ではありません。九電のやらせメールがあろうがなかろうが、政府主催の説明会を開いて、そこにメールなどで意見を受け付けたとしても、「住民」の意見を聞いたことには決してならないからです。

 再稼働に向けて、住民の意見をきちんと聞いていない。それが最大の問題点です
。」”
とし、
”「市民の意見が分かれる重要な課題について、市が市民説明会を開催するのも、とても厄介な問題です。」”
と、声を上げる市民は一部しかなく、公募マニアもおり、
”「公募で選ばれた市民が、全市民を代表することには決してなりません。市民の投票で選ばれたわけではないからです。それにもかかわらず、選ばれて委員となった市民代表は、会議の場では、自分の意見が市民の意見だと主張されることも多いのです」”
と、組織的動員は日常茶飯事で、各種委員会の多数意見が市民意見かどうかは疑問視しています。

そして、木下 敏之氏は、市民の声を聞くなら無作為アンケートか住民投票を提起し、
”「本質的な問題点は、事故が起こった場合に被害を受ける人が多い地域の住民の意見が全く聞かれていないことです。九電のやらせメール事件など、どうでもよいことなのです。

 しかし、福岡の国会議員も首長も、玄海原発の再開について住民の意見を聞こうとはしません。自分の意見も言いませんし、言えません。「政府の判断に従います」では、とても地方自治とは言えません。しかし、これが地方の現実です
。」”
と、「政府依存」が地方の実態と書いております。

当方も、パブリック・コメントで要請を受けた経験もあり、市民の声とは、純粋な声と恣意的な声と両者があると思っており、木下 敏之氏の意見には共感しますね。



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