菅首相が第二次改造組閣の目玉に、与謝野薫氏を、社会保障と税の一体改革担当、少子化対策、男女共同参画担当大臣に任用したが、日本の将来の社会保障スキームを与謝野薫氏に委ねるのでしょうか?
与謝野薫氏の無節操・変節の批判はともかく、持続可能な社会保障への安定財源の堅持は理解できるが、赤字国債体質は不変であり、国家の計が先決ですね。
NHKニュースによれば、菅首相は、通常国会での施政方針演説で、「最小不幸社会」の実現に向けて、持続可能な社会保障制度を構築する為、社会保障と税の一体改革を取り組む決意と報道。
日本の将来国家像の「最小不幸社会」そのものが、意味不明であり、目標設定に違和感を感じますし、まずは、「最小不幸社会」の青写真を開示すべきでしょうね。
また、施政方針演説に、今年を「平成の開国元年」と位置づけし、TPPの参画の是非を決断すると報道があるが、TPPが国益になるかも疑問であり、TPPの参画により、TPP参加国とでは、完全貿易自由化になり、関税がなくなるが、新たな手数料の創出されるでしょうね。
TPPの参画で大企業の競争力UPするが、国家の基幹の農業も産業化せざるをえず、日本社会の根源の第一次産業が破壊され、日本社会は「最低・最悪不幸社会」に陥る危険性がありますね。
与謝野薫氏の政治理念の「財政健全化」は、当方も賛同できるが、”「財政が健全化し、国滅び」”の政策のテクニック論に過ぎないと思いますね。
与謝野薫氏は、大臣就任の記者会見で、”「この10年、社会保障に心血を注いてきた。菅首相が参議院選挙前の消費税増税の掲げた意気に感じ、自分がお役に立つのであればと、最後のご奉公」”と発言していたが、与謝野薫氏が心血を注いてきたのは、財政健全化であり、社会保障ではないですね。
日本の歳入と歳出の逆さやの赤字国債体質は、社会保障の問題でなく、世界が激変する現下で、日本社会は構造改革せずに、新陳代謝できずに、硬直化社会になり、経済力・競争力が減退したのです。
当方は、本ブログで、再三、「国家の計」を
”「国民が安心・安全で暮らせる社会は、まずは、第一次産業が国の基幹と思っております。温暖化で環境破壊が進行しても、石油が枯渇するエネルギー問題が深刻化しても、食糧危機が最悪の事態になろうとも、自給自足で最低の生活ができることことが第一で、第二は、社会保障制度の充実での安心さで、その上での自由競争社会という国造りが必要で、人材育成が肝要と思っております。」”
と書き、日本の再生には現下の社会の「破壊と創造」が不可欠であり、「人材育成」が肝要とし、国の基幹は、第一次産業であり、世界環境が激変しても、国として自給自足で最低の生活ができることが第一と書いてきました。
「財政健全化が大事」といわれれば「NO」を言えず、「持続可能な社会保障が大事」といわれれば「NO」と言えず、「日本は貿易立国が宿命でTPP参画が不可避」といわれれば「NO」と言えず、「農業改革が不可避」といわれれば「NO」と言えず、「日米同盟が重要」といわれれば「NO」と言えず、・・・・、短絡的に原則・原理を問われれば、否定できないのです。
要は、戦後の日本社会は、アメリカ追随で、復興できたが、一方、政官業の既得権の硬直化社会が形成され、「優秀といわれる官僚主導の政策」で今日に至り、新陳代謝せずに来た歪が「逆さやの赤字体質」に陥ったのです。
社会保障の「年金」の破綻は、確実であり、社会保障の財源問題は不可避ということは、当方も認識しています。
学習院大学の鈴木亘教授のブログ「基礎年金国庫負担引き下げ論争の不毛さ」で、
”「2004年の年金改正によって作られた100年安心プランは、恒久財源を手当てすることによって、国庫負担率を50%に引上げることを前提として建てられたプランである。その前提が狂った場合には、現行法では保険料率や給付カット率のスケジュールを変えられないため、積立金を早期に取り崩すより他に手が無い。
その場合の積立金の枯渇時期を、実は、当の厚生労働省自身が昨年2月に試算、公表しているのだが(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/sankou.pdf の24ページ)、あまり知られていないようである。
何と、国民年金の積立金は「2027年に枯渇する」というゾッとする結果である。しかもこれは、運用利回りを4.1%に設定したり、国民年金未納率を現状の4割ではなく2割に設定するなどの粉飾決算が行われているものであるから、今、正確に現状を反映して再計算すれば、恐らくは2010年代中に年金財政は破綻するという結果になるだろう。」”
と、現行の年金制度の財政破綻は、厚労省が昨年2月に発表しており、財源確保は火急の問題で、
”「年金財政の悲惨な現実を、国民にきちんと見せた上で、所得税や消費税引上げ等によって13.5%分の恒久財源を作り出すか、年金法を改正して保険料率を引き上げたり、給付カットをきちんと行えるようにするという、当たり前のことなのである。」”
と論じています。
問題は、年金制度の恒久財源の堅持に、所得税や消費税引上げ等か、保険料率の引き下げか、給付カットしか方策がないのが現実であるが、その方策をしても、日本の赤字体質は解消できるかが疑問なのです。
よって、日本の将来の「国家の計」が不可欠なのです。
日本の目指す将来像が「最小不幸社会」で、国民が安心・安全できる社会になるか疑問なのです。
当方が、与謝野薫氏を否定するのは、本ブログ「菅政権、菅利菅略で内閣改造ですか?どうぞ、ご勝手に、何も期待していないので」で、
”「本ブログ「与謝野新財務相への期待と懸念」で、「期待は堅実派であることですが、懸念は政策通の評論家肌で、熱情が見受けられないことです」と書きましたが、就任後の与謝野新財務相は無難に財務相の仕事をこなしていますが、この無難さは、与謝野財務相の大人の堅実性での手腕ですが、世界不況・平成恐慌の現下での軟着地は、日本の変革を遅らすことになりますね。」”
と、与謝野馨氏の政策通は、正論めいた常識論であり、世界が激変し、日本も激変に順応し、再生するには、常識論の熟議では衰退するのみで、「破壊と創造」する新たなエネルギーが不可欠です。
と書き、政策通とは、官僚主導の政策に通じているということで、脱官僚主導の政策を「破壊と創造」するエネルギーが無いことが問題なのです。
要は、与謝野薫氏は官僚主導政策の調整能力に長けているだけです。
日本の再生には、過去の延長線上の常識論の熟議でなく、「破壊と創造」のエネルギーをもつ若い異色・異端児に委ねるしかなく、若い挑戦的・革新的な熱情のもつ人材に委ねることが賢明です。
社会を硬直化する最大の要因は、「老人の跋扈」なのです。
自分の成功体験を否定できずに、憂国めいた発言が社会の硬直化の要因になっているのです。
よって、日本将来像を語ることなく、「中福祉・中負担」の社会保障の財源論しか語れない与謝野薫氏を否定するのです。
与謝野薫氏に、財政健全化の司令塔として任命するのであれば、一理あるが、社会保障スキームを委ねることは場違いであり、「税と社会保障の一体改革」は優秀な官僚の増税テクニック論にすぎず、社会保障と税の改革は別次元の問題であり、分離すべきです。
例えば、ベーシック・インカム論を熟議すべきで、国家100年の計を策定する事が先決ですね。
考え方にはいろいろある。自分たちの考え方が理に合わないものであることを証明するのは難しいことである。だが、それが証明できなければ、おかしな考え方を改めることも難しい。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
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