ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

ドライブ・マイ・カー

2022-06-07 04:18:31 | 映画のレビュー

映画「ドライブ・マイ・カー」を観る。ご存知、村上春樹の短編が原作のもので、カンヌ映画祭で絶賛された話題作。

私は日本映画というものをほとんど観ないのだけれど、この作品は好きな俳優、西島秀俊が主演しているということもあって、気にかかっていた。ただ、原作の村上春樹の短編集「女のいない男たち」は、はっきり言って、面白くない! あの退屈な話をさらに、三時間もの長編にふくらませているだなんて――果たして、面白いのかしら?

 

でも、やっぱり気になる。ということで、ようやくこの度、鑑賞することができたのだけれど、そんな不吉(?)な予想はことごとく裏切られたのであります。

面白い! 三時間という長尺なのに、少しも飽きることなく画面に見入り、最後は余韻に浸ってしまった――短編集「女のいない男たち」の「ドライブ・マイー・カー」と「シェヘラザード」、「木野」などのエピソードを抜粋し、それらを一つに練り上げたとうのだけれど、村上春樹の原作より、はるかに傑作である。

物語の概要を簡単に言ってしまうと――劇演出家の家福は、妻の音(脚本家)を突然失う。家福と音は、仲の良い夫婦で、強い結びつきを持っていたが、それにもかかわらず、音は自分の仕事相手である俳優たちと次々、関係を持っていたらしい。

妻を亡くした後、喪失感に打ちのめされそうになりながら、仕事を続ける家福。そんな彼に、広島国際芸術祭でのオーディションん選出と、舞台の演出の仕事が舞い込む。家福は、愛車のクラシックカー、サーブ600で広島に向かう。

瀬戸内海にある島のゲストハウスを用意された家福。だが、事故防止のため、自分の愛車を運転することはできず、会場側が指定した女性運転手に車の運転を任せなければならないことになる。その若い女性に、最初反発するものの、やむなく運転を任せる家福。

間もなく始まったオーデイション。韓国、フィリピン、中国などからも応募があり、それぞれの母国語でチェーホフの「ワーニヤ伯父さん」を上演するという、実験的な試みが始まるのだが――。

何といっても、主役の家福を演じる西島秀俊が、とてもいい。TVにあらわれるたび、好感を持ってみていたのだけれど、実をいえば、彼の出る作品を観るのは初めて。こんないい俳優だったのか……。 最愛の妻を失い、心に大きな虚脱感を抱える家福の傷心が、その横顔にあらわれているし、オーデイションに姿をあらわした、妻の不倫相手とおぼしき若手俳優 高槻に対する感情を殺した冷静な態度にも、心のひだが感じられた。

相手役の女性ドライバー、みさきも素晴らしい。無口な彼女も、家福と接するうち、自分のことをぽつぽつ語るようになる。みさきは、北海道の出身で、母一人子一人の環境で育ったのだが、水商売の母親は自分を勤務先へ送らせるために、まだ中学生の彼女に車の運転を教えたのだという。しかし、山が崩れ落ち、彼女たち母子の住む家も、押しつぶされてしまう。その時、母親を亡くした彼女は、北海道を離れ、辿り着いた広島で、ドライバーの仕事を始めたのだという。

  

言うなれば、二人とも、人生で寄る辺をなくした者同士。車内で過ごす時間が、何のかかわりもなかったはずの二人の心の距離を近づけ、二人は今まで誰にも語ることのなかった、心の秘密を分かち合うまでになる――。

このみさきを演じる三浦透子も、「いいなあ」と思わせられる俳優。大きな目は、どこか眠たげで、着ているものや雰囲気はまるで、黒子のように目立たない。しかし、彼女が重い口を開くと、なんとも言えない味わいがあり、画面がぐっと引き締まるのだ。

広島国際演劇祭で開かれる「ワーニヤ伯父さん」の舞台は、誤って殺人を犯してしまった高槻の降板などの事件をへて、無事上演されることとなるのだが、こんな実験的な舞台――見てみたいような、とまどうような……。

何しろ、日本語以外にも、タガログ語、北京語、そして韓国の手話などが飛び交うのだ。これって、原作の「ワーニヤ伯父さん」を読んでいる(実は、私は読んだことがわりません)人以外、ちんぷんかんぷんで、面白がれないのでは?

広島というローカルな場所で、こんな前衛演劇が受けいれられるのかしら? とクエスチョンマークが浮かんだものの、最後が素晴らしい。

スーパーで買い物をしているみさきの姿がクローズアップされる。よく見ると、店内の表示はハングル文字で、どうやら彼女は韓国にいるらしいのだとわかる。そして、スーパーから出た彼女が乗ったのは、何と、家福の愛車であるはずの真っ赤なサーブ。車の中には、犬までいて、みさきは韓国に住んでいるのだと観客も了解する。

そのまま、車を運転するみさき。ひょっとしたら、彼女の行く先には、家福が待っているのでは――?と思いかけたものの、海辺の道をさっそうと運転する彼女をみて、どうやら違うのだなということもわかる。彼女は、この車を、家福からもらいうけたのに違いない。そして、この異国の新天地で、彼女が自分の人生を歩み始めたらしいことが、今までずっと無表情だったみさきの顔に、笑顔が浮かんでいることから、感じ取れる――何とも言えず、しんみりした、いいエンディングだった。


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