群馬県前橋市西大室町伊勢山にあります。
「五社稲荷古墳」とか「荒砥村122号墳」と呼ばれることもあります。
全長67m、 後円部径42m・高さ5.5m、 前方部先端幅47.5m・高さ5m の前方後円墳です。
前方部を西に向けています。
後円部墳頂には「五社稲荷社」がたっています。
墳丘の周りには幅約7mの盾形をした周濠が、その外側には周堤があります。
墳丘に葺石は施されていなかったようです。
埴輪の出土がなく、墳丘に埴輪の配列はなされていなかったようです。
1981年に発掘調査が行われています。
後円部中央にある埋葬施設は、片袖型横穴式石室です。
自然石の乱積みでつくられています。
南方向に開口しているとのことでしたが、見つけることはできませんでした。
金環3、銀環7などが出土しています。
前方部を中心に、樹齢100年を超えるといわれているヤマツツジ200本ほどが植栽されています。
(前方部先端)
墳丘上には「御大典記念植樹」「稲荷神社社殿改築寄付者芳名」「絹笠大明神 安永二歳」などの石碑が立っています。
古墳時代後期・6世紀末頃の築造と推定されています。
「五社稲荷古墳」とか「荒砥村122号墳」と呼ばれることもあります。
全長67m、 後円部径42m・高さ5.5m、 前方部先端幅47.5m・高さ5m の前方後円墳です。
前方部を西に向けています。
後円部墳頂には「五社稲荷社」がたっています。
墳丘の周りには幅約7mの盾形をした周濠が、その外側には周堤があります。
墳丘に葺石は施されていなかったようです。
埴輪の出土がなく、墳丘に埴輪の配列はなされていなかったようです。
1981年に発掘調査が行われています。
後円部中央にある埋葬施設は、片袖型横穴式石室です。
自然石の乱積みでつくられています。
南方向に開口しているとのことでしたが、見つけることはできませんでした。
金環3、銀環7などが出土しています。
前方部を中心に、樹齢100年を超えるといわれているヤマツツジ200本ほどが植栽されています。
(前方部先端)
墳丘上には「御大典記念植樹」「稲荷神社社殿改築寄付者芳名」「絹笠大明神 安永二歳」などの石碑が立っています。
古墳時代後期・6世紀末頃の築造と推定されています。
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