古墳:探訪

全国の前方後円墳を中心に訊ね歩いています。

滋賀県大津市・和邇大塚山古墳

2009-07-04 08:27:08 | Weblog
滋賀県大津市小野朝日2丁目、標高185.8mの曼陀羅山の北側山頂にあります。
曼陀羅山には南北二つの山頂があります。
琵琶湖の湖面はもちろん、遠く湖東平野、湖北方面までも一望できる絶景の地です。

全長72m、 後円部径53m・高さ5.75m、 前方部幅30m・高さ4.85m 二段構築の前方後円墳です。
前方部はバチ形に開いています。
墳丘には葺き石が施されていたようです。
埴輪の出土はなく、墳丘に埴輪の配列はなされていませんでした。
ふもとの集落から、古墳がよく見えるように意識して造られています。

後円部中央にある埋葬施設は、明治40年地元の人によって発掘、破壊されています。
一辺10m、深さ1.2mほどの穴を掘り、小石を敷き詰め粘土を敷いた、いわゆる粘土槨だったようです。
高野槇で作った割竹形木棺が納められていたようです。
銅鏡(中国製青蓋盤竜鏡)、銅鏃、鉄剣、甲冑、勾玉、管玉(碧玉製)などが出土しています。
銅鏡には25文字からなる銘が刻まれていたそうですが、現在行方不明になっています。
この古墳は、4世紀後半から5世紀初頭にかけての築造と推定されています。
前方部にも同じような埋葬施設が造られているようです。

この地は和邇氏の本拠地で、小野氏(小野妹子で有名)ともゆかりのある所です。
この古墳の被葬者は、和邇氏の有力者とする考えが一般的です。

急な山道を喘ぎ喘ぎ登り切ると、山頂というよりなだらかな尾根筋に出ました。
案内板を見つけることができず、道に迷い山中をさまよいました。
遭難したのかとの思いが頭をよぎったほどでした。
その意味で印象に残る古墳の一つになりました。
それにしてもこんな高所によくも古墳を造ったものだ、と感心させられました。

滋賀県大津市・道風神社1号墳

2009-07-04 08:00:09 | Weblog
滋賀県大津市小野の丘陵尾根上にあります。
小野道風神社のすぐ脇にあります。
鳥居の間の階段を上り詰めると、切妻造に向拝を設けた珍しい造りの小さな社殿が目に入ります。
それが小野道風神社で重要文化財に指定されています。
興国二年に鎮座されたと社伝にはあるそうです。
古代氏族である小野氏を祭る神社がほかにもあります。
小野神社・その境内内にある小野篁神社・小野天皇社です。

全長34m、 後円部径17m・高さ2.9m、 前方部幅11.5m・高さ1m の前方後円墳です。
前方部を平野部(琵琶湖方向)に向けています。
墳丘は段築なしに造られていて、葺き石は施されていなかったようです。
また埴輪の出土もなく、墳丘に埴輪の配列はなされていませんでした。
後円部に接するようにして、2号墳(円墳)があります。
古墳の築造時期ははっきりしていません。


「小野道風(おののとうふう)」
(894年~966年)平安時代中期の書家。
和様の書の創始者で、日本三蹟(道風・藤原佐理・藤原行成)の一人。
柳の枝に飛びつく蛙の姿を見て発奮し、努力した話はあまりにも有名です。
小野氏出身として、ほかにも小野妹子・小野篁・小野小町などが有名です。