二草庵摘録

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正しい中年男小説としての魅力 ~リューインの「夜勤刑事」を読む

2023年09月23日 | ミステリ・冒険小説等(海外)
■マイクル・Z・リューイン「夜勤刑事」浜野サトル訳 ハヤカワ・ミステリ文庫(早川書房 1995年刊)


チャンドラーを読んだことが引き金になって、ミステリが読みたくなった。わたしの脳は浮遊性の小さな昆虫みたいな頼りなさがある(;^ω^)
そんなことはどうでもいいけれど、ミステリのジャンルには、ディテクティブ・ノベルというサブジャンルがある。
早川書房が編集した「ミステリ・ハンドブック」(1991年刊)を参照すると、
ディテクティブ・ノベルⅡ(警察官が主人公。米タイプ)は、
1.夢果つる街  トレヴェニアン
2.刑事の誇り  マイクル・Z・リューイン
3.失踪当時の服装は  ヒラリー・ウォー
4.警官嫌い  エド・マクベイン
5.夜の熱気の中で  ジョン・ボール
6.魔性の殺人  ローレンス・サンダース
7.ゴーリキー・パーク  マーティン・クルーズ・スミス
8.夜勤刑事  マイクル・Z・リューイン
9.男たちの絆  マイクル・Z・リューイン
10.モンキー・パズル  ポーラ・ゴズリング

・・・の順位となる。もちろん、人気投票では、という意味。
「ミステリ・ハンドブック」は1991年の刊行なので、資料としてはもう古びている。
2015年に「海外ミステリ・ハンドブック (ハヤカワ・ミステリ文庫)」が出ているので、こちらが新版となるのかも知れないが、わたしは確認していない。

昭和人間たるわたしにとっては、胸がキュンとしめつけられるような、なつかしいラインナップである。2000年前後の6~7年間は海外ミステリにはまっていたのだ(´Д`)
で、この91年版の作品は、すべて手許にある、集めたから。

☆ディテクティブ・ノベルⅡ(警察官が主人公。米タイプ)

好みのディテクティブ・ノベルを当時「さあて、読むぞ、読むぞ!」と思って
張り切っていたけど、その後の精神的な推移、変動がつづいた結果、ろくすっぽ読まないまま、興味が半減してしまった。仕事もしていたしね。
その後、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァ―ルー夫妻の「マルティン・ベックシリーズ」 (全10巻)のうち、3冊ばかり読んだ覚えがあるし、書棚に昔の角川文庫が8冊収まっている。 

その時代に一番はまったといえるのは、エド・マクベインの87分署シリーズ。約30冊ばかり集め、そのうち、11~2冊は読んでいるはず。
https://ja.wikipedia.org/wiki/87%E5%88%86%E7%BD%B2%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA Wikipedia 87分署シリーズ(2005年刊行の「最後の旋律」で全56冊。)
結局のところ、探偵小説、主としてハードボイルドより、警官小説の方が好きだ、ということになるだろう。


   (87分署シリーズ、50作目の「ラスト・ダンス」ポケミス)


さてさて「夜勤刑事」である。

《若い女性が指を潰され、絞殺されるという事件が相次いで起きた。捜査にあたったインディアナポリス市警のパウダー警部補は、ふたつの殺人の関連を追い始める。その矢先、女子学生が謎の失踪を遂げた。錯綜する事件の裏にはいったい何が。都会の夜を守る辣腕刑事パウダー登場。現代ハードボイルドの雄が、私立探偵サムスンを脇役に配し、怒り、迷い、恋に悩む男の姿を描く傑作警察小説。》BOOKデータベースより

ニューヨークやロサンゼルスなどのメガシティではなく、シカゴの南のインディアナポリスを背景としているのが目新しいが、風景描写などはほぼ皆無なので、“近代都市”であればどこでもいい。
マイクル・Z・リューインはチャンドラーにインスパイアされてミステリの世界に入ったため、出発はハードボイルド。似すぎていれば問題だが、適度に距離をあけている。

探偵の名はアルバート・サムスン。過去に1~2冊読んでいるはず。しかし、ほぼまったく記憶にない。
「夜勤刑事」の主役はサムスンではなく、インディアナポリス市警で19年続けて夜勤をしているパウダー警部補。
パウダー警部補シリーズの方が、人気はかなり上。
ただし、このシリーズは、
夜勤刑事(Night Cover、1976年)
刑事の誇り(Hard Line、1982年)
男たちの絆(Late Payments、1986年)

・・・の3冊しか上梓されていない。多作すぎて目が回りそうなエド・マクベインとはわけが違う( -ω-)

だけど、一口にいってしまうと、「夜勤刑事」は、プロットが破綻しているのではないか!?
大団円に近いあたりで“つじつま合わせ”をしているが、すべての謎が、回収されきっていない。
主役のパウダーは家庭に問題をかかえている。妻とも息子とも、話らしい話はせず、非番のとき、畑で野菜作りをしている。
そのうえ、本人はハリネズミみたいにとげとげしい性格なので、他の刑事からは敬遠。組織の中のアウトサイダーというキャラクターである。

おもしろかったところを、つぎに一ヵ所だけ引用してみよう。

《「十ドルひろいましたんですのよ」
「え?」灰色の髪をしたかなり年配に見える女が、片手にハンドバッグを、残る手に折りたたんだ十ドル札をもって、目の前に立っていた。彼は封筒を下に置いた。
「十ドルひろったんですの」
パウダーは渋い顔をした。疲れてもいた。「どうやって(警察に)入ってきたんです?」
「十ドルひろったんですの」女は、同じ言葉を繰り返した。「ほら」言って、女は紙幣をパウダーの手に押しつけた。
パウダーは受けとって、開いてみた。十ドル札だ、たしかにね。「それで、どうしろとおっしゃるんです、奥さん?」
「十ドルひろったんですの」女は言った。「届けにきたんですわ」》(237ページ)

ここは大笑いできる。女は“十ドルのテリーちゃん”と呼ばれて、署内でも有名。
なぜかというと、十ドル札を手に、毎月警察に届けにやってくるから。
署員のほとんどは“十ドルのテリーちゃん”を知っていたが、夜勤のパウダーは知らなかったので、見事引っかかった(笑)。
探偵のアルバート・サムスンもちょい役で出てくる。登場人物としては、ほかにアデル・パフィングトンという、少女の保護観察官が、深みを感じさせるテイストを醸し出している、と思う。

しかし、チャンドラーと同じく、ストーリーテラーとしての才能はB級だろう。ギクシャクギクシャクして、ストーリーがどこへ向かっているのかわからなくなる。エンターテインメントなら、もっとすっきり作り込むべきだろう。そのあたりは、エド・マクベインやスエーデンのマルティン・ベックシリーズの方が安心して読める♬

日本のものでは、現代小説としては大沢在昌の「新宿鮫」シリーズがあるが、あまり読みたいとは思わない。
あえていえば、時代小説の3大作家のひとり、池波正太郎の鬼平だなあ。愛読させてもらったけどね^ωヽ*

あとがきで北上次郎さんが、憎いことをおっしゃっている。
《警察小説としての評価やハードボイルド小説としての評価よりも、きわめて稀な「正しい中年男小説」として読まれてほしいと思う。》(410ページ)
うん、そうか。
まあ、シリーズ中で傑作とされる「刑事の誇り」を読んで、またかんがえてみようっと。


   (早川書房の「ミステリ・ハンドブック」と「冒険・スパイ小説ハンドブック」)


   (“海外小説のミシュラン”と銘打たれた扶桑社の「ミステリー・スタンダード」)


   (「エド・マクベイン読本」早川書房2000年刊。モデルガンはわたしが所有するガス銃)


  (書棚にある角川文庫のマルティン・ベックシリーズ。旧版)



評価:☆☆☆

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