二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

極限状況から生還した男たちの証言

2021年11月20日 | 吉村昭
■吉村昭「戦史の証言者たち」文春文庫(1995年刊 あとがきには昭和56年夏と付されている)

うーむ、まいったなあ。こういう内容の本を読んだあとで、何をどういったらいいのか、丸一日半、考え込んでしまった。
重たい現実。
こんな体験をしたあとで、人間は生きて、平凡な生活を黙々と続けていけるものなのだ。

「戦史の証言者たち」はつぎの4章から成り立っている。
1.戦艦武蔵の進水
2.山本連合艦隊司令長官の戦死
3.福留参謀長の遭難と救出
4.伊号第三三潜水艦の沈没と浮揚

小説を書くために、徹底した取材をおこなうのが吉村昭さんの手法であることはよく知られている。とくに長編の大部分(ほとんどすべて)はドキュメンタリーあるいはノンフィクション・ノベルである。フィクションではないから現実にあったことを小説化しているわけだ。
吉村さん以前からドキュメンタリー、ノンフィクション・ノベルは存在したのだが、彼の場合は徹底してその姿勢を貫いたので、むしろ草分け的作家といっていいだろう。

関係者本人に取材を申し込み、録音テープやメモを残して、それを元にノベライズする。
たまったテープだけで100本を超えていたというからすごい!
本書のあとがきで吉村さんはつぎのように述べておられる。
《戦史小説を書く場合、むろん事実を忠実に追い、少しの誤りもおかさぬようつとめた。最も力をそそいだのは、証言者を探し求めて話をきくことであり、公式記録は、それらを裏づけるものとして使用した。つまり、関係者の証言が主であり、記録は従であった。》
作家吉村昭の真骨頂をしめすことばである。

本書はそれら膨大なテープの中から、ごく一部を、ご本人の承諾を得て活字化したものである。もちろん話ことばそのものではなく、活字化するにあたって、わかりやすく編集されているはず。
書かれたものは極限状況を潜り抜けて生還をはたした少数者の貴重な証言である。いまこのような平和を享受している日本人にとっては、これが圧倒的な臨場感をもたらさずにはおかない(゚ω、゚)

いつものように、内容紹介はBOOKデータベースより引用しておく。
《「戦艦武蔵」「深海の使者」といった多くの戦史小説の名作を生み出してきた著者が、その綿密な取材の過程で出会った体験者ならではの貴重な証言を生の声で再現し、解説する。巨大戦艦の進水の秘話、連合艦隊司令長官の戦死とそれにまつわる隠された事実、沈没した潜水艦の悲劇とその引き揚げ時に現出した奇跡など、驚くべき真実の数々。》

吉村さんのバックボーン、少なくともその一部分がここにある。これらの証言を元として、数々の作品が構想されていった。これらの証言なくして、小説のリアリティは存立しえなかったのだ。
この証言録を読んでいると、第一次戦後派といわれる作家たちが、いかに観念的であったかが理解できる。体験者ならではの具体的な、迫真的な恐るべき現実が立ち上がってくる。
極限状況とはこういうものなのだと思わずにはいられない。個人的なことを述べれば、涙がにじんで印字がかすんでしまったのも、一度や二度ではない。

「戦艦武蔵の進水」と「山本連合艦隊司令長官の戦死」は一つの証言だけだが、「福留参謀長の遭難と救出」は三人の証言が、「伊号第三三潜水艦の沈没と浮揚」は四人の証言が収録されている。
これによって“事件”が、より立体的に浮かび上がってくる。歴史家が“歴史”について語るのではなく、体験者でなければ“証言”などできるはずのない生々しさが、読む者に迫ってくる。
証言者は、普通の平凡な生活者として、戦後社会に紛れこんでいるのだ。

「こんなに長く、“あのこと”について語るのははじめて」と、多くの証言者がいう。吉村昭という聞き手を得て蘇った極限状況のシリアスきわまりない様相。
映画化したり、TVドラマ化したりできないリアルが、ここに刻み込まれていると、わたしにはみえた。
ある意味で退屈な、ありふれた日常の背後に、黒々と口を開けているもの。
本書によって、戦史小説の可能性をとことん追求したくなった小説家の情熱がよくわかる。

取材は単に素材を提供しただけではないだろう。各地におもむいて体験者にお会いし、“そのとき”の体験を聞きながら、小説家はいわば使命感にとり憑かれたに違いない。
「おれが書かなければ、この人たちとその背後の体験は永遠に消えてしまう」という、記録者としての強い使命感。

「戦争を知らない子供たち」というフォークソングがはやったことがある。はっきりいって、戦争体験はとっくの昔に風化してしまった。吉村さんは片方の目で、風化した戦後社会を見据えている。
吉村昭の小説を背後から真にささえているもの。その一端が「戦史の証言者たち」に象徴的に表されている。
また取材の折に提供された貴重な写真十数枚が添付され、戦場となった中西部太平洋主要図が巻末に掲載されているのがとても効果的。
あの戦争とはどんなものであったかを・・・、そのディテールを克明に語りかけるものとなっている。

書評家として点数を付するなど、もってのほかというべきである(;^ω^)



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