二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

少年の夢想を鮮やかに紡ぐ ~ドリトル先生シリーズに登場する“家族”たちの物語

2022年11月19日 | ファンタジー・メルヘン
このシリーズは間違いなく児童文学あるいは少年文学の傑作シリーズである。すでに定評があって、何世代かにわたり多くの読者を愉しませてきた古典。
ちなみに岩波少年文庫には、小学3・4年以上と但し書きがある。
井伏鱒二の翻訳が刊行されたのは1950年代だが、ヒュー・ロフティングの原作は1920年代からはじまっている。
念のため、一覧表を掲げておこう♪

・第1巻『ドリトル先生アフリカゆき』1922年
The Story of Doctor Dolittle
・第2巻『ドリトル先生航海記』1923年
The Voyages of Doctor Dolittle
第2回ニューベリー賞受賞。
・第3巻『ドリトル先生の郵便局』1923年
Doctor Dolittle's Post Office
・第4巻『ドリトル先生のサーカス』1924年
Doctor Dolittle's Circus
・第5巻『ドリトル先生の動物園』1925年
Doctor Dolittle's Zoo
・第6巻『ドリトル先生のキャラバン』1926年
Doctor Dolittle's Caravan
・第7巻『ドリトル先生と月からの使い』1927年
Doctor Dolittle's Garden
・第8巻『ドリトル先生月へゆく』1928年
Doctor Dolittle in the Moon
・第9巻『ドリトル先生月から帰る』1933年
Doctor Dolittle's Return
・第10巻『ドリトル先生と秘密の湖』1948年
Doctor Dolittle and the Secret Lake
・第11巻『ドリトル先生と緑のカナリア』1950年
Doctor Dolittle and the Green Canary
遺稿を夫人とその妹が整理して刊行された。
・第12巻『ドリトル先生の楽しい家』1952年
Doctor Dolittle's Puddleby Adventures
短編集。前巻と同様、遺稿を夫人とその妹が整理して刊行された。
・番外編『ガブガブの本』1932年
Gub-Gub's Book, An Encyclopaedia of Food


これを参照すると、1922(大正11)から1928(昭和3)年に創作のピークを迎えていたことがわかる。
記念すべき第1巻「ドリトル先生アフリカゆき」の原作は1922年、ロフティング自身が刊行した最後の作品「ドリトル先生と秘密の湖」が1948年。
前作「ドリトル先生月から帰る」とのあいだに15年のへだたりがある。これはロフティングが愛読者の熱い声援に応えたアンコール作・・・なのだそうである。

「月へゆく」と「月から帰る」のあいだにも5年の空白がある。こちらでも作者は、主人公ドリトル先生を月に置き去りにし、シリーズを終わりにするつもりがあってのこと。
もともと、こんなに長くつづく物語ではなかったのだ。
したがって、各巻は時系列に沿ったものではないし、ストーリー展開にも、若干の矛盾撞着がある。気になるレベルではまったくないのだが。

本編のみで全12巻(短篇集をふくむ)、番外編1巻といえば、長編連作が多いファンタジーのジャンルのうちでも大部なシリーズに属するだろう。
わたしはこれらをつぎのように区分することにした。

<アフリカもの>
「ドリトル先生のアフリカゆき」 「ドリトル先生の航海記」 「ドリトル先生の郵便局」
<サーカスもの>
「ドリトル先生のサーカス」 「ドリトル先生の動物園」 「ドリトル先生のキャラバン」
<月世界もの>
「ドリトル先生と月からの使い」 「ドリトル先生月へゆく」 「ドリトル先生月から帰る」
<番外編>
「ドリトル先生と秘密の湖」(岩波版では上・下2巻) 「ドリトル先生と緑のカナリア」


リアリズム文学好きのわたしが、岩波少年文庫の井伏鱒二訳を全巻揃え、これほど熱心にドリトル先生シリーズにはまり込むとは、予想外であった(;^ω^)
第2巻の「航海記」を読んでいたときすら、このシリーズに読書の時間をこれほど費やすなどかんがえていなかった。
あえていえば「郵便局」を読みおえた段階で、「おや!? このシリーズはおもしれえぞ(^^♪」という気分がもくもく湧いてきた。

現在「ドリトル先生月から帰る」を途中まで読んだあたりだが、たぶん岩波少年文庫で、すべを読むことになるだろう。
新訳として角川つばさ文庫の河合祥一郎のものがある。しかし、イラストが今風といえばいえるけど、ちょっと無個性で、ひどすぎる。ヒュー・ロフティング自身が描いたイラストが、素人くさくユニークで、しかも多少の毒もふくんでいるからいいのである。この挿絵は絶賛に値する(^^)/ 岩波少年文庫から、さらにいくつか引用してみるが、いやはや、すばらしいですぞ。








BOOKデータベースの内容紹介は、今回は中止し、その代わり、出演者一同を、ヒュー・ロフティングがどのようにかんがえていたかをメモしておこう。
(「ドリトル先生月から帰る」の冒頭、先生の助手トーマス・スタビンズのナレーションを参考にして、一部分書き換えてある。)

1.しょっちゅう皆を叱りつけ、でも何くれとなく皆の世話をやくことだけは忘れない、よく気のつく家政婦であるアヒルのダブダブ。
2.ちょっとしたけんかと面白い話が好きで、楽しい散歩といねむりが何よりも好きな、勇敢で気まえがよくて、楽天家でスポーツマンである犬のジップ。
3.雪の上に落ちたピンの音までききわける、鋭い耳をもったフクロのトートー(ドリトル家の会計係で数字にとても強い!)。
これは神秘的に黙りこんで、何を考えているのかわからないようにみえ、まるで魔法使いのように、物事が起こる前に、わかってしまうような神通力の持主。
4.いつもでしゃばりすぎて、もめごとのたねをつくる張本人で、しかし、けっきょくは愛きょうをふりまいて人を笑わせてしまう、年とったぶかっこうなブタのガブガブ。
5.おしゃべりのすましやで、きれい好きで好奇心が強く、一分一秒もむだなく何かしら興味を見出している白ネズミ。
6.さびしい日夜、私たちを大いに元気づけてくれたロンドン生まれのスズメ、チープサイド。大都会のめまぐるしいほど激しい生存競争の中に生い立って、いっぱしのスズメとなった彼は、どんな不幸にもめげないたくましさがある。

このほかの主要メンバーとして、百八十歳のオウム・ポリネシア、チンパンジーのチーチーがいる。ほかには、奇想天外な両頭動物オシツオサレツ(河合訳では「ボクコチキミアチ」)もいる。
人間では、ときに語り手をつとめる少年トーマス・スタビンズ、ネコ肉屋(いまでいうペットフードショップか)のマシュウ・マグ、アフリカから留学しているジョリギンキ王国の王子で怪力の持主バンポなどが主要登場人物だが、まだまだ端役に類する不思議な、個性的人物が存在する。

ことにわたしが目を瞠ったのはどんな鍵でも開けてしまう、小悪党マシューを造形し、脇役に据えたこと。密猟の名人だし、先生が窮地に陥ると「まかしておきな」としばしば登場し、あるいは読者を爆笑の渦に巻き込む。
この男の存在によって、先生のお人好しぶりが際立ってくる。語り手スタビンズ以上の、まさに“名脇役”。

ドリトル先生は博物学者であり、医者である。そして驚くほどのお人よしで善人、お金にはいたって淡泊。しかし、ロフティングはしっかり“悪党”も描いている。売上金を持ち逃げされたり、裁判に訴えると脅されたり・・・と、ドリトル先生シリーズの空想世界は、この現実とパラレルな関係にある。
ロフティングには、この世を痛烈に風刺し、おもしろおかしく茶化してやろうという意図は薄いし、政治批判もあまりない。
核心にあるのは動物家族の肖像。
粒立ちも鮮やかな動物たちのキャラクターが、この似非家族を比類なくピュアなものにしている・・・とわたしにはおもえる。

従軍経験の中からこういうファンタジーが生み出されたことは、ドリトル先生の個性の在りように、大きな影を落としているのだ。負傷し、役立たずとなった馬が、ロフティングの目の前で、殺されているのを見て、耐えがたくなり、戦場から子どもたちに送った手紙がこの物語の発想の発端になったのだという。
動物たちの楽園は人間たちの楽園でもあるべきだ、と(。-ω-)
本シリーズは過酷な現実、つまり“戦争”を知ってしまった人が紡ぎ出した、荒唐無稽でユーモラスな、空想冒険ファンタジーの傑作なのである。

さらに、ロフティングがお金と、それにまつわる欲望を“憎んでいた”ことは、まず間違いない。

長くなってしまうので以下に評価のみまとめておく。



■「ドリトル先生のキャラバン」ヒュー・ロフティング(井伏鱒二訳)岩波少年文庫 1953年刊
評価:☆☆☆☆☆



■「ドリトル先生と月からの使い」ヒュー・ロフティング(井伏鱒二訳)岩波少年文庫 1979年刊
評価:☆☆☆☆



■「ドリトル先生月へゆく」ヒュー・ロフティング(井伏鱒二訳)岩波少年文庫 1955年刊
評価:☆☆☆☆






コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ありえないからこそおしろい♪... | トップ | ハクセキレイ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ファンタジー・メルヘン」カテゴリの最新記事