原本は2003年、毎日新聞社から刊行。それに対し、若干の修正をくわえたものが、この中公文庫版になる。この“改訂版”が上梓されてからも、すでに7年が経過している。
原彬久さんの本は、これまで岩波新書で「吉田茂」「岸信介」を読んだが、政治学者がお書きになったものとしては出色の出来映えであった。
明治期の政治家ならともかく、戦後政治といえば、歴史学的な枠組みには収まりきらない生臭さを備えているので、書きにくかったのではないかと想像する。原さんはその困難を克服し、「吉田茂」「岸信介」において過不足のないすぐれた評伝に仕上げた。
ところで本書の場合は、岸信介に対する20回を超えるインタビューをまとめたものである。
関連年表をふくめ537ページの労作である。
《戦後日本最大の政治ドラマ、安保改定。首相として交渉の先頭に立った岸は、何を考え、どう決断したのか。改定準備から内閣退陣までを岸の肉声で再現する本書は、側近、政敵らの証言をも収録し、戦後政治の一つのクライマックスを重厚で濃密な政治過程として描き出す。オーラル・ヒストリーの先駆的な業績としても知られる、第一級の文献である。》(BOOKデータベースより)
わたしは左翼的な「反安保」の立場からの意見にはこれまで接したことがあった。
そこでは政治家岸信介とは悪役、敵役であった。だからこれまで関心をもったことがなかった。したがって、政治家岸信介にここまで肉薄しえたドキュメントは、はじめて読む(´ω`*)
Amazonの評価は想像以上に高いもので、それなりに読まれている。
A級戦犯に問われ、3年3か月巣鴨プリズンに収容されていた。そこから保守合同を主導し、自民党VS.社会党のいわゆる55年体制を作り上げたという経歴が、この政治家に黒い神話をまとわりつかせた。
岸信介がつきあっていた相手も、ほとんどが戦後史のいわゆる“悪役”。
赤尾敏、笹川良一、児玉誉士夫、田中清玄・・・闇の背景を持った、“悪役”としてマスコミに登場する人たちが、インタビューのなかで語られる。
海外の指導者では、まずチャーチル。岸信介がもっとも尊敬を捧げていたのが、このチャーチルで、なかなか感動的なエピソードが披露される。
日米安全保障条約が諸悪の根源であるような言説が、60年代末から70年代に青春時代を送ったわたしのような世代に影響をあたえた。
「A級戦犯だった人間が、なぜ日本の首相をやっているのか」
そういった感情が、反権力の思想とむすびつき、反政府・反自民の温床となっていく。当時は毛沢東評価が高く、赤表紙の手帳「毛沢東語録」を読んでいる友人・知人が、わたしの近くにもいた。
本書では安保改定をめぐる岸信介のインタビューに、全7章のうち、4章(3~6章)をあてている。
参考までに目次を掲げてみよう。
はじめに 編者序説
第一章 戦前から戦後へ
第二章 政界復帰、そして保守合同
第三章 政権獲得から安保改定へ
第四章 安保改定と政治闘争 新条約調印前
第五章 新安保条約の調印から強行採決へ
第六章 強行採決から退陣へ
第七章 思想、政治、そして政治家
編者補遺 インタビューから二十年、いま・・・
インタビュアー原彬久さんの腕のたしかさと見識をまざまざと感じさせるものがある。
岸信介がいたから、安保は改定ができ、名実ともに日本は独立を果たした・・・といってもいい過ぎにはならない。
野党や多くの評論家たちを向こうにまわして、ああだ、こうだと叩かれながらも、岸信介の信念はまったくブレることがなかった。
明治の政治家を彷彿させる信念の人であったという印象は、強烈である。ここに戦後政治の“クライマックスシーン”の一つがある。
社会党も左翼(平仮名書きのさよくをふくめて)も、21世紀に入ったころ、ほぼ滅亡した現在から振り返って、戦後政治家として吉田茂につづき、岸信介の名をあげる人は徐々にふえているはずである。
わたし的には、野党との抗争より、自民党内における熾烈な派閥闘争に目をみはらざるをえなかった。政権を成立させ、権力を維持していくことの困難さ。
主義主張とはかかわりのないところで展開される、政治的野望のむごたらしさ。岸信介は淡々と語ってはいるが、“渦中”にあったら、とてもこういうふうに冷静には語れなかったはずである。
反吉田→政界再編→自民党結成→安保改定
「インタビューから二十年、いま・・・」のなかで、原さんが総括しているところは、じつにスリリングで読み応えがある。
また本書には、関連資料として、
1.日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)
2.日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新安保条約)
のふたつが、巻末に収録されている。
はずかしながら、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」というものの全文を読んだのは、これがはじめて(;^ω^)
その後紆余曲折をへて、ますます注目されることとなった第五条、第六条は、政治家ばかりでなく、一日本国民としても一読し、頭に入れておくべき条項であろう。
なんといっても、覇権主義を強化しつつある中国、核ミサイル外交をすすめる北朝鮮は、わが国の隣国なのである。
膠着状態となっている沖縄問題をはじめ、米軍基地の廃絶、撤去をもとめる人たちは、日本の安全、防衛についていかなるかんがえを持っているのだろう。
有事の際、アメリカは、アメリカの若者=兵士の血を流して、本当に日本を守ってくれるのか!?
東西冷戦の時代はソ連の消滅で終わりをつげたが、政治的緊張が国際間で緩和されたわけではない。
現在においても憲法を「不磨の大典」として祭り上げ、改憲に反対する勢力は存在する。
政治家岸信介の政治家としての最大のテーマは、安保改定と改憲であった。改憲にはまだ高いハードルがあるように見えるが、改憲賛成派は年々ふえていると聞く。
日本人の大多数は76年の平和で“平和ボケ”しているという意見もあるが、わたしもその意見に賛同したくなっている。
基本的にノンポリであるわたしは、本書「岸信介証言録」を読み、政治家岸信介にたいするかんがえ、評価を、180度転換させた。
その意味で本書は政治にたいする内省を強いるものであった。今後岸信介に関する本を、もう1-2冊読んで、みたくなっている。
原彬久さんとは違った、別な批評家の視点からは、政治家岸信介はどう見えたのだろう?
評価:☆☆☆☆☆
原彬久さんの本は、これまで岩波新書で「吉田茂」「岸信介」を読んだが、政治学者がお書きになったものとしては出色の出来映えであった。
明治期の政治家ならともかく、戦後政治といえば、歴史学的な枠組みには収まりきらない生臭さを備えているので、書きにくかったのではないかと想像する。原さんはその困難を克服し、「吉田茂」「岸信介」において過不足のないすぐれた評伝に仕上げた。
ところで本書の場合は、岸信介に対する20回を超えるインタビューをまとめたものである。
関連年表をふくめ537ページの労作である。
《戦後日本最大の政治ドラマ、安保改定。首相として交渉の先頭に立った岸は、何を考え、どう決断したのか。改定準備から内閣退陣までを岸の肉声で再現する本書は、側近、政敵らの証言をも収録し、戦後政治の一つのクライマックスを重厚で濃密な政治過程として描き出す。オーラル・ヒストリーの先駆的な業績としても知られる、第一級の文献である。》(BOOKデータベースより)
わたしは左翼的な「反安保」の立場からの意見にはこれまで接したことがあった。
そこでは政治家岸信介とは悪役、敵役であった。だからこれまで関心をもったことがなかった。したがって、政治家岸信介にここまで肉薄しえたドキュメントは、はじめて読む(´ω`*)
Amazonの評価は想像以上に高いもので、それなりに読まれている。
A級戦犯に問われ、3年3か月巣鴨プリズンに収容されていた。そこから保守合同を主導し、自民党VS.社会党のいわゆる55年体制を作り上げたという経歴が、この政治家に黒い神話をまとわりつかせた。
岸信介がつきあっていた相手も、ほとんどが戦後史のいわゆる“悪役”。
赤尾敏、笹川良一、児玉誉士夫、田中清玄・・・闇の背景を持った、“悪役”としてマスコミに登場する人たちが、インタビューのなかで語られる。
海外の指導者では、まずチャーチル。岸信介がもっとも尊敬を捧げていたのが、このチャーチルで、なかなか感動的なエピソードが披露される。
日米安全保障条約が諸悪の根源であるような言説が、60年代末から70年代に青春時代を送ったわたしのような世代に影響をあたえた。
「A級戦犯だった人間が、なぜ日本の首相をやっているのか」
そういった感情が、反権力の思想とむすびつき、反政府・反自民の温床となっていく。当時は毛沢東評価が高く、赤表紙の手帳「毛沢東語録」を読んでいる友人・知人が、わたしの近くにもいた。
本書では安保改定をめぐる岸信介のインタビューに、全7章のうち、4章(3~6章)をあてている。
参考までに目次を掲げてみよう。
はじめに 編者序説
第一章 戦前から戦後へ
第二章 政界復帰、そして保守合同
第三章 政権獲得から安保改定へ
第四章 安保改定と政治闘争 新条約調印前
第五章 新安保条約の調印から強行採決へ
第六章 強行採決から退陣へ
第七章 思想、政治、そして政治家
編者補遺 インタビューから二十年、いま・・・
インタビュアー原彬久さんの腕のたしかさと見識をまざまざと感じさせるものがある。
岸信介がいたから、安保は改定ができ、名実ともに日本は独立を果たした・・・といってもいい過ぎにはならない。
野党や多くの評論家たちを向こうにまわして、ああだ、こうだと叩かれながらも、岸信介の信念はまったくブレることがなかった。
明治の政治家を彷彿させる信念の人であったという印象は、強烈である。ここに戦後政治の“クライマックスシーン”の一つがある。
社会党も左翼(平仮名書きのさよくをふくめて)も、21世紀に入ったころ、ほぼ滅亡した現在から振り返って、戦後政治家として吉田茂につづき、岸信介の名をあげる人は徐々にふえているはずである。
わたし的には、野党との抗争より、自民党内における熾烈な派閥闘争に目をみはらざるをえなかった。政権を成立させ、権力を維持していくことの困難さ。
主義主張とはかかわりのないところで展開される、政治的野望のむごたらしさ。岸信介は淡々と語ってはいるが、“渦中”にあったら、とてもこういうふうに冷静には語れなかったはずである。
反吉田→政界再編→自民党結成→安保改定
「インタビューから二十年、いま・・・」のなかで、原さんが総括しているところは、じつにスリリングで読み応えがある。
また本書には、関連資料として、
1.日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保条約)
2.日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新安保条約)
のふたつが、巻末に収録されている。
はずかしながら、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」というものの全文を読んだのは、これがはじめて(;^ω^)
その後紆余曲折をへて、ますます注目されることとなった第五条、第六条は、政治家ばかりでなく、一日本国民としても一読し、頭に入れておくべき条項であろう。
なんといっても、覇権主義を強化しつつある中国、核ミサイル外交をすすめる北朝鮮は、わが国の隣国なのである。
膠着状態となっている沖縄問題をはじめ、米軍基地の廃絶、撤去をもとめる人たちは、日本の安全、防衛についていかなるかんがえを持っているのだろう。
有事の際、アメリカは、アメリカの若者=兵士の血を流して、本当に日本を守ってくれるのか!?
東西冷戦の時代はソ連の消滅で終わりをつげたが、政治的緊張が国際間で緩和されたわけではない。
現在においても憲法を「不磨の大典」として祭り上げ、改憲に反対する勢力は存在する。
政治家岸信介の政治家としての最大のテーマは、安保改定と改憲であった。改憲にはまだ高いハードルがあるように見えるが、改憲賛成派は年々ふえていると聞く。
日本人の大多数は76年の平和で“平和ボケ”しているという意見もあるが、わたしもその意見に賛同したくなっている。
基本的にノンポリであるわたしは、本書「岸信介証言録」を読み、政治家岸信介にたいするかんがえ、評価を、180度転換させた。
その意味で本書は政治にたいする内省を強いるものであった。今後岸信介に関する本を、もう1-2冊読んで、みたくなっている。
原彬久さんとは違った、別な批評家の視点からは、政治家岸信介はどう見えたのだろう?
評価:☆☆☆☆☆