二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

短篇小説の神さま・・・なのか ~モーパッサンの新訳シリーズとその周辺

2023年08月15日 | 小説(海外)
■モーパッサン傑作選「脂肪の塊/ロンドリ姉妹」太田浩一(光文社古典新訳文庫 2016年刊)

光文社古典新訳文庫のこのシリーズは、
1. 脂肪の塊/ロンドリ姉妹
2. 宝石/遺産
3. オルラ/オリーヴ園

この3点セットとなっている。新潮文庫からは、3点セットが青柳瑞穂訳でずいぶん昔からラインナップされていた。それを意識した選択であろう。
さて本編「脂肪の塊/ロンドリ姉妹」であるが、結論だけさきにいってしまうと、あまりおもしろくなかった。

「脂肪の塊」は、過去に2度、あるいは3度読んでいて、最後に読んだときの記憶が頭に焼き付いている。圧倒的な秀作であることは、まったく異論がない(´Д`) 
フローベールはよき後継者を得たのだ。
したがって、今回は「脂肪の塊」はパス。
そのうち、佳作といえるのは「『冷たいココはいかが!』」「ロンドリ姉妹」の2作で、まずまずの出来映え。もう一つは「マドモアゼル・フィフィ」かなあ。

《プロイセン軍を避けて街を出た馬車で、“脂肪の塊”という愛称の娼婦と乗りあわせたブルジョワ、貴族、修道女たち。人間のもつ醜いエゴイズム、好色さを痛烈に描いた「脂肪の塊」と、イタリア旅行で出会った娘との思い出を綴った「ロンドリ姉妹」など、ヴァラエティに富む中・短篇全10作を収録。》BOOKデータベースより

南フランス、イタリアの車窓からの描写は経験の裏付けがあってか堂に入っている。「ロンドリ姉妹」は、訳者の太田さんがいうように、ひねりのある艶笑譚として読めるので、退屈しのぎにはいいだろう^ωヽ*
ロンドリ姉妹の母親も、ちょっと笑わせる。長女がだめなら次女を、それがだめだったら三女もいます・・・てなことになって、ラストを迎える。その意味でツイスト感覚にすぐれていて、笑いがとれる。

だが「脂肪の塊」がすばらしすぎて、ほかとのバランスがどうもねぇ。モーパッサンのいろいろな作風が堪能できるので、好きな読者はいるだろう。しかし、しかしなあ。
軽すぎじゃないかい、モーパッサン先生。



評価:☆☆☆




■モーパッサン傑作選「宝石/遺産」太田浩一(光文社古典新訳文庫 2016年刊)

さて、新訳のモーパッサン傑作選の第2弾。

《やりくり上手の妻に先立たれ、失意の日々を過ごしていたランタン氏。妻が遺したイミテーションの宝石類を店に持って行ったところ、じつは…(「宝石」)。伯母の莫大な遺産相続の条件である子どもになかなか恵まれず焦る親子と夫婦を描く「遺産」など6篇を収録。魅力再発見の第2弾。》BOOKデータベースより

「宝石」
「遺産」
「車中にて」
「難破船」
「パラン氏」
「悪魔」

この5篇の中で、一番おもしろかったのは「パラン氏」であった。
金銭めあてに嫁いできた、悪妻アンリエット対お人好しのパラン氏。金利生活者(ランティエrentier)という身分で、年収が2,000万円もある、いまふうにいうなら“仮面夫婦”が主役。

こういう作品を書かせたら、モーパッサンはうまいし、ディテールの作り込みもすぐれている。ボリュームで84ページあまり。どちらかといえば、短篇ではなく、中篇と呼んでいいかもね(;´д`)
「宝石」は
“ふむう、そうきたか!”というのが正直な感想で佳作レベル、「遺産」もまずまずの出来映え。
しかし、要するに平凡な小市民的生活を送っている平凡な人びとの物語である。たとえば、ドストエフスキーのような“測り知れない深淵”なるものを期待してはならない。
モーパッサンが得意としたのは、風俗小説である。師のフローベールと比べても、思想性はないに等しい。

他の男と子をなしていながら、白昼堂々情事にふける計算高い妻に、徹底的にコケにされるパラン氏のあわれさに、作者は読者の共感を引き出そうとしている。おおむねその狙いはうまくいっている、と思う。
「パラン氏」を、何というのか、この種の男の典型にまで作り込んだのはモーパッサンのお手柄であろう♬
しかし、モーパッサンらしいどんでん返しを期待すると肩透かしだし、ミステリ系のストリーテラーがよくやるツイスト感にも乏しく、平板な印象はまぬがれない。

そして最後は「悪魔」。
この作はたいして期待してはいなかったが、皮肉なユーモアが横溢した秀作といっていいだろう。全体でたった17ページ。ノルマンディー気質の農民をあげつらって、老婆の死を笑いのめしている。
残酷といえば、これまた残酷。モーパッサン36歳のとき書かれたので、作家本人は自分の健康に不安は抱いていなかったに違いない。だからこそ、余裕たっぷりに書けたのだ。

S・モームは“作り物”としての短篇(おもしろいお話)を意に介さなかったので、モーパッサンの短篇をチェーホフのものより高く評価しているが、現代の水準からいえば、辛口たらざるをえない。
ブラックユーモアをふんだんにあしらった「悪魔」があったので、星4つに格上げさせてもらった。

代表作といわれる「女の一生」はじめ、「ベラミ」や「ピエールとジャン」なども出番待ちしていることだし、どーしようかなあ、つぎは。



評価:☆☆☆☆

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