二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

一隅を照らす ~スナップショットを堪能

2019年11月11日 | Blog & Photo
   (周囲にある草むらがレフ板となって、間接光がチロリアンランプを照らす)


一隅を照らすとは、天台宗のお寺さんには大抵どこでも掲げられている最澄さんの有名なおことば。
読んだわけじゃないけれど、「山家学生式」(さんげがくしょうしき)という著作の中に出てくるそうである。
《一隅を照らす、これすなわち国宝なり》という文脈の中で使われている。
そういう意味では仏教用語なのだけれど、わたしはこれを転用し、スナップショットのおもしろさについて、納得するところがある(~o~)

そこに、何かが存在する。
カメラを手にして散歩に出ると、眼の中に、ぽーんと飛び込んでくるものがある。それを探り、ある角度を発見する。
「ああ、そうなんだ、これ。これだなあ」
口に出していうわけではないが、胸の奥ではそうつぶやいている。

フィルムカメラには、35ミリか、50ミリの単焦点レンズが装着されている。
一眼レフなので、スプリットマイクロプリズムと、マット面の両方でピント合わせができる。
むろんピントを合わせるという行為そのものを愉しんでいる。
開放付近の浅い絞りをよく使うので、ピント合わせは厳密におこなう。
そして光を読む。
その行為を、最澄さんにあやかって、「一隅を照らす」と表現してみようということだ。
残念ながら、最澄さんの教えとは関係がないのだけれど(=_=)タハハ

わたしのほかには、観客はだれもいない。
だけど、被写体はわたしが現われるのを待っていたかのように、そこに存在する。
微笑みかけている・・・といってもいいくらいに。
なぜ、そんな思いが胸をふさぐのだろう?

被写体は、わたしに微笑みかける。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞ。わたしをお撮りなさい」と(´▽`)
トップにあげた写真をもう一度眺めて欲しい。
やわらかい光、やさしい間接光がチロリアンランプを照らしている。
何ということもない、そのへんの道端で、わたしは宝石(のようなもの)を発見したのだ。
これがスナップショットの醍醐味といわずして、何といったらいいのだろう。

美しさ・・・眼の快楽が極まっている。
この一枚を拾ったときは、それほどとは思わなかったのにね♪
世界は微妙なバランスの秤の上に乗っている。
昨日は新天皇ご夫妻の祝賀パレードをTVで見たけれど、あのときも「世界は微妙なバランスの秤の上に乗っているのだ」と思った。

そういう輝きを、素直にこころの台(うてな)で受け止める。
すべてがうまくいくわけではない。
だからいっそう、輝いて見える(^ー^)ノ 輝いて見えるのだ。


■ニコンFE2で撮影
1.冒頭のチロリアンランプ。


2.わたしが小学校時代に通った通学路にて。


3.台風の増水で、河川敷のグランドを土砂がおおってしまった。


4.わが家は今年も菊屋敷。


5.後ろは前橋市内を流れる利根川。おそらく水天宮の鳥居だろう。



■ペンタックスMXで撮影


1.高崎市内にあるそば屋さん。光が周り込み、竹がキレイ、時間の流れる音が聞こえるくらいに(*゚ー゚)v 


2.近隣にある道路際の倉庫。光、影、・・・そしてデリケートな色。


3.数年前にクローズしたカラオケBOXの壁面。
この店にはよく歌いにいったなあ、酒を飲んで、仲間たちとデュエットソングを10曲は歌った♪


4.道路一本はさんだ、わが家の裏手。
ゴルフ練習場が見えるけれど、ゴルフの腕を研こうと、ここへ何十回も通った。
一回千円で、え~と50発だったかしら(笑)。



// 以上おしまい
最後までご覧いただきありがとうございま~す(*゚v`)

※フィルムはいずれもフジカラー100。

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