二草庵摘録

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戦艦武蔵(新潮文庫)    吉村昭

2010年02月28日 | 小説(国内)
個人的な思い出からはじめることをお許しいただこう。
というのも、わたしは、この本のラストシーンに、およそ40年かかって、たどりついたからである。

中学2年の春であったか、宮下隆行くんという友人がいて、「おもしろから読んでみたら」といって、わたしに何冊かの書物を貸してくれた。
そのうちの2冊は、たしかカッパノベルスの三鬼陽之助の財界小説(あるいはノンフィクション)、もう1冊が、この「戦艦武蔵」だった。
刊行年月日は、1966年(昭和41)。今年、刊行43年をむかえる。
カッパノベルスのほうはすらすら読んだけれど、「戦艦武蔵」のほうは、10ページか20ページ読んだところで、返却期限がきて、そのままになってしまった。

いまから考えると、いくら背伸びしたからといって、どちらも、中学生くらいで理解の手がとどくような本ではない。
それ以来、吉村昭には、ほとんど関心が向かなかった。
いや、短編は、なにかのアンソロジーで、1つ2つ読んではいるし、古書店で見かけて、
「長英逃亡」「天狗争乱」「間宮林蔵」などを、手許においてある。
本書は、昭和史への関心が背景となり、40年をへだててあらためて手にとることになった。

これは、わが国では、ノンフィクション・ノベルのさきがけとなった作品として知られている。海外では、トルーマン・カポーティ「冷血」の出現が、くしくも1966年。
わたしは戦艦大和や零戦のプラモデルを組み立てて遊ぶのが好き・・・という年齢であったが、本書はその後も読みつがれ、ロングセラーとなり、記録文学の秀作としての評価はさだまっている。

『日本帝国海軍の夢と野望を賭けた不沈の戦艦「武蔵」。厖大な人命と物資をただ浪費するために、人間が狂気的なエネルギーを注いだ戦争の本質とは何か? 非論理的”愚行”に驀進した”人間”の内部にひそむ奇怪さとはどういうものか? 本書は戦争の秘話的象徴である「武蔵」の極秘の建造から壮絶な終焉までを克明に綴り、壮大な劇の全貌を明らかにした記録文学の大作である。』(裏表紙)

この本は建造についてが全体の4分の3を占めるという構成となっている。作者はそこに、小説家としてのもてる力の大半を集中し、長崎、三菱造船所で、世界最大の「軍艦」の建造が、どれほどの困難をともなったものであったかを、丁寧に彫り上げていく。
だから、進水し、戦場へおもむいてからは、まことにあっけない。
主人公といえるようなキーパーソンは存在しない。
いや、登場人物は、名前をもってはいる。しかし、パーソナリティーとして、小説の表には浮かんでこないのである。本来の主人公たる「武蔵」の名さえ、終わり近くなって、ようやく明かされるほど。それまでは、「第二号艦」として謎のなかに沈んでいる。
これはまさに「不沈戦艦」という名のモンスターであり、戦争における日本の勝敗は、この戦艦の登場にかかっている・・・というふうに、描写されていくのである。
この進水までが、じつに読み応えがあり、緊迫感がずっと継続している。

それに比較し、人間は「組織の一員」となって、いわば点景人物あつかいといわざるをえない。だからつまらない・・・というのではない。あの戦争が、日本人にとっては、そういったものではなかったか? 吉村さんは、そういいたげである。見方によっては、兵隊の物語ではなく、技術屋の物語として傑出している。

批評家磯田光一は、新潮文庫解説で、こう書いている。
『「戦艦武蔵」は、極端ないい方をすれば、一つの巨大な軍艦をめぐる日本人の“集団自殺”の物語である。むろん実際の“集団自殺”が描かれているわけではない。しかし、そこに定着されている人間たちのあり方は、どこか盲目的な“集団自殺”を想わせる』

昭和史とは、とりわけあの15年戦争とは、日本と日本人にとって、なんであったのか?
そういったいわば大局観のなかに、この小説を位置づけてみたい。
読みおえて、わたしはそんな印象を強めている。
あの大戦争も、仔細に検証しようとすれば、こういった断面の集積である。
「ばかげた愚行であった」「国民は当時の戦争指導者や新聞にだまされていたのだ」「日本人は、アジアにおいて加害者であり、英米に対しては被害者であった」「ノーモア・ヒロシマ。過ちは二度とくり返しません」
そういったことばの背景に、数限りない時間と空間のなかで、生きて死んでいった数億の人々がうずもれている。

読みおえたいま、遠くの空のあたりから、鎮魂のしらべのようなものが聞こえてきた。
すくなくとも、わたしの耳には・・・。


評価:★★★★☆(4.5)

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