二草庵摘録

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“愚行”の悪夢・その痕跡を訪ねる ~阿川弘之「私記キスカ撤退」を読む

2022年03月04日 | ドキュメンタリー・ルポルタージュ・旅行記
■阿川弘之「私記キスカ撤退」文春文庫1988年刊


いまとなっては、阿川弘之というより、阿川佐和子さんの父上といった方が通りがよい♪
1920年(大正9)に生まれ2015年(平成27)に逝去。わたしと比べ、一世代上の人で、志賀直哉のコアなファンであった小説家。
安岡章太郎、吉行淳之介らとともに、“第三の新人”と称されたことは多くの読者が知っているはず。
海軍の軍人三部作(山本五十六、米内光政、井上成美)でずいぶんブレイクしたのではないだろうか。

随筆(エッセイ)のたぐいはよく齧ったけれど、まとめて一冊というのは、この「私記キスカ撤退」がたぶんはじめて(;^ω^)
読みたい気持ちはあったから、上記三部作はじめ、5~6冊は手許に置いている。






   (本棚にある阿川さんの本の一部)

ただし短編作家ではなく、長編を得意としたので、安岡さん、吉行さんのようには親しむことができなかった。
第三の新人の中では、唯一といえる硬派で、海軍の下級将校を経験し、海軍出身の小説家として広く知られた。「文藝春秋」の巻頭エッセイを長らくやっておられ、そこで旧かな遣いのエッセイはときどき読ませていただいていた。

この「私記キスカ撤退」は、阿川弘之さんにはめずらしいドキュメンタリー。そのことで、このタイミングに読むこととなった。
この著書は、絶版ではないだろうが、品切れかもしれない。ベストセラーになるような本では、まったくない。第一に「キスカ撤退」といっても、そのキスカという小島がどこにあるか、知っている人は滅多にいない。

お隣のアッツ島で数千人の兵隊さんが玉砕(要するに全滅)したため、そちらの方が、戦史などでは有名であろうが、こちらキスカは、うまいこと全員、一兵もらさず無事退去できたので、明るいトピックとして注目はされている( ´◡` )

わたしは古本屋さんで買ったのだが、いつ読むか、そのタイミングを計っていた。
本書は、
・私記キスカ撤退
・アッツ紀行
・二十八年目の真珠湾
・海軍の伝統と気風につて

この4編からなっているが、「海軍の伝統と気風につて」は、求めに応じて書かれたと推測される短いエッセイ10篇が収められている。そのうち、「東郷元帥の功罪」「『あゝ同期の桜』に寄せる」は読みごたえあり・・・だった。

BOOKデータベースより引用しよう。
《太平洋戦史の中で奇蹟とされる日本軍キスカ島守備隊の無血全員撤収。「霧の作戦」はいかにして立案され、どのように実施されたのか?作戦成功までの全貌を描いた表題のドキュメントほか、玉砕の島を訪れた「アッツ紀行」「海軍の伝統と気風について」など、一貫して揺るがぬ著者の視点をあきらかにする好読物。》

ウィキペディアによると、この撤退作戦で、合計5,183名の兵士が脱出に成功したという。
<キスカ撤退>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%AB%E5%B3%B6%E6%92%A4%E9%80%80%E4%BD%9C%E6%88%A6

阿川さんはパソコン、ネットのない時代の人だが、無人の島、アリューシャン列島のキスカまで出かけ“現地報告”をおこなっている。
日本軍はなぜこんな僻地の小島を軍事占領したのか!?
太平洋戦争の歴史は、数々の“愚行”の陳列台であるが、アッツ島は玉砕したのに、こちらは幸運の女神が微笑み、かろうじて救出された。

地図や写真が必要に応じて掲載され、阿川さんが、なぜ、そしてどうのようにキスカに渡ったか、詳しく述べられ、紀行文のおもしろさを備えている。
愚行・・・とは一口にはいえない、凄惨な戦争の、貴重な一側面が、阿川弘之さんのペンで書き留められた。
つぎに収録された「アッツ紀行」も、大変おもしろかった(゚ω、゚)
しかし、この島では、守備隊の山崎保代大佐以下、兵士2 ,638人全員が戦死している。
「助けにいくことはできない。玉砕しろ!」
アッツ島は、参謀本部から見捨てられた島であったのだから、ひどいものである。

阿川さんはいわば“その玉砕の島”の現地から、島のいまを報告する。だから余計にキスカの撤退が輝かしいものに見える。
この本のもう一つの重要な側面は、気象観測と、予報士の苦闘に思いを馳せているところ。
平和馴れ、平和ボケし、コロナウィルスにからかわれて右往左往している日本。わたしもその一員である。

こういった戦記を読むと、自分の甘さがよく理解できる。
「たわけたことをいっているんじゃねぇ」と、叱咤激励する声を遠くに聞きながら読み終えた。






評価:☆☆☆☆☆

※下の2枚はネット検索よりお借りしました。ありがとうございました。

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