二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

池田清編「太平洋戦争全史」     河出文庫

2010年02月23日 | 歴史・民俗・人類学
昭和史に関心がなかったけれど、小林よしのりの刺激によって、
遅ればせながらようやく気持ちが動いてきた。
本書は、日米戦争に焦点を絞って、ごくポータブルに、事実関係を叙述した一冊で、国内での政治的、政策的変動にはほとんどふれられていない。前から気がついていたことではあるが、著者の立場によって、歴史とはこれほど違った貌を見せるものかという見本でもある。

小林よしのりのレビューにも書いた通り、観察者の主観の影響をまったく受けない、物理化学的な現象とは、大きな隔たりがある。本書に関するかぎり、右とか、左とかいう偏りはあまり感じられない。
歴史的事実。それは、観察され、記録された「事実」である。
だれが、いつどこで、どんな風に経験し、記録を残したのか?
20世紀において、歴史とは、そういった記録の膨大きわまりない集積なのである。

小林よしのりは、それを、単純化することで、先鋭化していったし、いまでもそういった戦略をとっている。それを是とするかどうかは、読み手の側にまかされている。
そういった意味で、わたしが彼から与えられたのは、「不安」だといっていい。
昭和史に対してまったく無知な若い世代が、彼の「戦争論」やその一連の「新ゴーマニズム宣言」各編だけで、昭和史はことたれりとするのは危険ではないか?

いろいろな意見や第一次資料などをコンパクトにまとめた本はないだろうか?
そこで本書にぶつかった。「太平洋戦争全史」となっているけれど、ほんとうは「大東亜戦争史」とすべできだろう、とあとがきに書いてある。いずれにせよ、まとめられたのが、2005年というところにも留意する必要があるだろう。戦後のある期間を風靡した左翼史観、自虐史観への批判が噴出してきたあとだからである。

河出文庫の本シリーズには「日中戦争全史」が別にある。
あの15年戦争は、いったいなんであったのか。それを単に知識としてではなく、自分自身の「問いかけ」として発してみたいと、ようやくわたしも思いはじめている。
とてつもなく膨大な資料や歴史書のなかから、なにを選び、どう読んでいったらいいか、手探りはその緒についたばかり。
いまは手許に石川達三の「生きている兵隊」(完全版)、火野葦平「麦と兵隊」、藤原てい「流れる星は生きている」なども集まってきている。
そういったドキュメンタリーを読み解くことによって、イデオロギーには収斂されようのない現実の局面が、一つひとつ見えてくるだろうと、期待している。

それにしても・・・。
なぜ日本は、これほど凄惨な戦争をはじめ、継続してしまったのだろう。
ニューギニア戦線で、インパールで、硫黄島で、沖縄でおこなわれた戦闘のありさまを知ると、しばしことばを失う。
戦後ずいぶんたってから、横井さんや小野田さんが「ただいま帰ってまいりました」といって帰還してきた事件を思い出す。「戦争は終ってはいない」とよくいわれるけれど、その通りだと、あのころは思ったものだ。

『歴史はすべての糸があらゆる他の糸と何らかの意味で結びついている継ぎ目のない織物に似ている。ちょっと触れただけでこの繊細に織られた網目をうっかり破ってしまうかもしれないという恐れがあるからこそ、真の歴史家は仕事にかかろうとする際にいたく心をなやますのである』

これは本書冒頭に掲げられたE・H・ノーマン「クリオの顔」の一節。
その通りだと、ふかく肯ずかずにはいられない。
昭和史は、わたしにとっては、まさに同時代史なのだから。



評価:★★★☆

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